それは、いきなり襲ってきました。

落ちる動作だったときって、
もう少し、やわらかくなかったっけ???


どういうことかというと、、、
自分のトレーニングの終了間際、バーベルカールをやってみたのですが、
うちのトレーニングって、、、このことが魅力だったですよね???

「鍛え終わったあと、使われた筋肉が、ものすごくやわらかくなる」

挙げるのではなく重りが上がっていく動作でいつもどおりやって、力こぶの筋肉をストレッチしてみた。
すると、、、やわらかいにはやわらかいが、、、少しだけ疑問符が。。。

「あれ???少しだけ筋が突っ張るぞ」
「以前ってこうだったっけ???」

以前の落ちる動作のころには“なかった硬さ”に感じられた。何度うまくやっても同じだった。。。
それならば、、、あえて思い出しながら落ちる動作で。。。
ふたたび、ストレッチ。。。落ちるころとの違いを比べてみたかたのです。

すると、、、

ストレッチをやった瞬間に、、、

真っ先に“焦り”が走り出し。。。嬉しさや安堵感はだいぶ遅れてやってきた感じ。


でも、、、間違いなかったのです!!
「あ、これや!これ!!」
「突っ張りが、、、ない!!まったくない!!」

その後、、、スクワットでもためし、ショルダープレスでもためし、デッドリフトでも試した。
やはり、、、同じ結果になったのでした。。。
とても複雑な気分になってしまいました。。。

もっとも、、、「落ちる」といっても、「落ちて」「受けて」「下がるだけ」が「落ちる」ではなく、
「落ちる」なかから「拾えている」「拾って動けちゃっている」感じ。
「落ちる」ことで「拾えている」「上がっている」感じ。

少し時間が経って、、、少しずつ落ち着きを取り戻し、、、それでもやはり、、、
普通の人よりはやわらかいが、、、「落ちる」のような圧倒的さがない。
たしかに、動けてはいる。でも、、、どんなに動けてたとしても、、、

少しでも硬い以上は、、、間違っている!!

そう結論付けました。事実がすべてだからです。動けていても、少しでも硬ければ、間違いなんです。
どんなにうまく「上がる」ができても、「落ちる」よりも硬い。
10年ぐらい続いた「落ちる」。それを半年前から変えてみた。しかし思えば、、、

10年も前からすごいことを自分はすでに手に入れていたこと。

実際にこれまでの「圧倒的な成果」は、ほぼすべて「“落ちる”出身の方ばかり」
「落ちる」は、なんといっても、、、私も教えやすいし、お客様も「なぜだか知らないけど、、、落ちる・受けるだけなのに、(その行く末で)動けてしまう」と「感じ取りやすい」し「楽しめる」

時間がたったので、自分も身体を動かしてみて、、、「たしかに単純」「たしかにシンプル」と。
そして、、、微妙な不思議さが、、、なつかしい。。。心地いい。。。
重力は、我々に平等に与えてくれる恵みでありながら、
重力は、我々がきちんと受け容れさえすれば、いくらでも力を貸してくれる・好きなように拾わせてくれる。

昨日にああいう記事を書いた後で、このような議題になってしまうのは、、、複雑な気分ではあるが、、、
事実にぬかしなし。。。である以上は、、、ということと、
こっち(落ちる)のほうが心地いい、ということと。。。

何か、、、まとわりついていたものが剥がれ落ち、、、思い出した気がします。
「無駄がなくなって、あるべき姿になれたときに味わえる気分」と、
「これまでお客様に味わっていただいた気分」とを。


(追伸)
ただ、「重りを見れば、上がります」と言うフレーズは、落ちる動作のときと唯一共通しています。
やはり、身体に意識を置く「内的注意」という動作ではなく、身体の外部を注視する「外的注意」です。
また、見た目では「落ちる」も「上がる」もほぼ同じ動きに見えます。(主観の違いと、見る人が見れば違いがわかるのと)


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