2015.06.04 ノーリーズン
馬の話ではなく、リーズン(理由)がノー(ない)という話。

理由を求めすぎてかえってうまく行きにくくなることもあると思う。

というか、、、ほんとうは、、、ほんとうの理由は、、、誰も見えていないだろうし、
見たとしてもきっとそれは、、、上っ面かもしれないし。。。

だから、、、

事実としてどうなったのか。どうなるのか。
そのために、何をしたのか。
それだけでいいような気がする。

ただ、、、、そのために「何をしたのか???」という部分の分析が難しいわけなんです!!
無意識で意思と逆に働いたこともあるでしょうから。。。
そう考えれば、、、「どういう思いで」「どうしたのか」という部分が大事なのかもしれません。
とくに「どういう思いで」という部分が、、、






(ケース1)

事実として、、、動けちゃった!

正しく重りを扱っただけなのに!!(正しく重りを扱う動作とは、信じて動く動作です)



(ケース2)

事実として、、、動けちゃった!

意思が叶っていると信じたことで。
力をくれる、と信じたことで。。。
動かしてくれる、と信じたことで。。。






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