早さとは、時間の表すもので、ながれやタイミングが早い感じです。
じつをいうと、ムリに早くしているわけではなく、本来あるべき早さに戻れたときに、動きが冴えるもの。

ただ、たしかに周囲よりはワンテンポ早いとは思いますが、、、
歩行や走ることが半歩早いもも上げ、半歩早い進み方、に摩り替わるぐらいですから。
でもこれも、通常のながれではないか、と。踏んでから蹴るものではないし。。。

もっというと、力み・筋意識・身体意識などによって後天的に「タイミングが遅らされた」ことが元凶。
あるいは、運動不足などで動きが自己本位で力任せになってしまったことも、あると思う。

だから、、、ひとつ動くごとに負担がかかり、余計に力が必要とされ、、、
ただ、、、それでそのための筋力を鍛えよう、、、というのはずれた代替になってしまう。
コンディショニングを考えたりしたとしても、根本の「動き」が変わらなければ、、、ということ。
さらには、その「動き」の改善に、「身体意識」などを用いてしまえば、、、早くなれず追いつけないまま。

また、身体意識で「早く」動こうとしても、意味がない。これもまた、きっとぎこちない動き。
そもそも「意識的に動かそう」とするのは、自分に「負の思い」があるから。
そこから変えなければいけない。

プロセスをなくせ!と。プロセス作りが結局、ワンテンポ遅らせるから。

だから、大事なのは、、、「なぜか、、、動けちゃった」という「正の思い」に還ること。
でも、、、根付いた負の思いや行動から、なかなか抜け出せないでしょう。
だから、、、ウエイトトレーニングがあるのです!!


「重りが先に、上がるから」
「身体が動けてしまい、重りも挙がっていく」
そこに「プロセスは、ない」のです!!

「動く前に、動けている」「動く意思が先に重りに届き、あとは勝手に」
・・・・・その「勝手に」を磨きかけるのが、ウエイトトレーニング。

負担が大きいのは、遅れているから。そういう力感はもう卒業。でも、意識して早めた身体意識ではない。

「なぜか、、、動けちゃってて・・・・・」という「早さ」になる。

その学習に、大人のしがらみを壊していく手法に、ウエイトトレーニングが位置づけられています。
私の指導では、、、という条件つきですが)。

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