たしかに物事には「あり方」が重要です。意義が大事です。
しかし、、、実質、、、「あり方だけ」では「誤解」という隙間があるのです。
これは、うちのトレーニングを振り返って感じたことでもあって、

動作改善、理想の動作、自然体、、、だけでは、以下のような誤解が付け入る隙がある。
じゃあ体幹なの???とか、じゃあ身体意識なの???とか、某有名メソッドと一緒にされたり、とか。
あるいは、ぼんやりとしか伝わらず、、、「言わんとすることはわかるけど、、、、」で終わってしまう。

思い切ってこの事実を受け止めてみました。
でも、いいものであることに変わりない。
しかも独創性の極みみたいなものでありながらも、それでいて妙に調和されてもいる。

でも、、、これまでと同じように「あり方」では同じ結果になる。
「あり方論」で終わってしまい、理想論や空論みたいな結末になる。
でも、、、事実を事実として伝えたい。事実を広めたい。



「どうすればいいの」・・・・それだけが伝わればいいんじゃないか???



その「どうすれば」のなかに「あり方」や「理想」や「考え方」も含まれるから。
そう考えれば、ブランド志向や命名も、悪くないんじゃないか???
ある意味誤解を防げて、シンプルに内容を射抜けているから。



「(重力)疎通動作法」・・・・・・・みたいなネーミングも悪くない。



重りとの意思の疎通で重りが動かせる。重りと意思を疎通させなさい。たったこれだけです。
たったこれだけなのに、、、身体が勝手に即通され、地球との疎通が巧くなるのです。
ようは、、、何をやってもそれなりに動けてしまう。
慣れた専門スポーツや日常動作なら、動きが覚醒する。

あとは、「そう動いたとおりの身体」が作られます。
整った身体、負担の少ない身体、温かい身体、それ以上に「動ける身体」として。

力むのはよくないし、力だけの解決に問題があるし、力で動作が成り立つわけでもない。また、身体への意識で自分を縛るのもバカバカしいし、それが機能的ではないことは、科学的にも照明されている。
こういったあり方論は、行動を起こした結果としての「判断」で気づくもの。

あり方論から卒業し、「こうしなさい」をもっと前面に出していこうと思いました。



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