うちが行っていたウエイトトレーニングは、まさこういうことだったのです。

身体を見るんじゃなく、重りを見なさい。(上がってくれる)重りに従いなさい。
でもその元は、あなたの意思ですよ。意思が重りに伝わって(挙げるではなく)上がるのですよ。
と、つまり、、、重りと身体との「疎通」でした。

外部環境と身体との「疎通」でした。意思は通ずるのです。

だからウエイトではそういった知恵が刻まれます。
つまり、、、身体がこのように「即通」されていくのです。
そこに「実用性」がある。

そう、、、理想の「即通」が利いた身体ですから、、、
日常やスポーツでも、「不思議なぐらいに動けている」「考えないほうが動けている」
という嬉しい結果になるのです。しかもケガもなく、身体まで整ってくる。努力以上のハイリターン。

こういった日常が待っていて、こういったスポーツやその練習が待っています。
それを積み重ね、身体も変わっていき、心も前向きになっていく。
難しく考えることもなくなり、その自信が心の豊かさにもなっていく。

ここではスポーツ補強における話。その練習が筋トレになってしまって、筋力を使って動かそう、、、身体へ意識を課して動かそう、、、という身体の内部の疎通ばかりだと、外部適応していませんので、いちいち動きを考えなくてはいけなくなります。浅はかに「点」と「点」をつなげた強化に走るのも、ムリありませんよね。「固めて固めて、、、」・・・・でも案外もろかったりします。「パワーパワー、、、」・・・・・でも案外使えなかったりします。「ケガをするから、、、また別のコンディショニングプログラム、、、、」・・・これって「追及」っていうのでしょうか???

ここではスポーツ補強以外の話。たしかに「練習内容」は「目的によりけり」です。でも、身体づくりであっても、身体さえできればいい、のではなく、人としての判断というか、何も競技をやりなさい、とは一言も言っていません。しかし、ストレスフリーで動けているだけで幸せになり、身体もそれに見合って整ってまたまた嬉しい気分になり、、、そのトレーニング(ワークアウト)も動けて心地よくて楽しくて、またまた自分が復元されて、幸せ度合いがアップして、、、という好循環。。。理想の疎通が嬉しい即通を生むんだと思うわけです。

すべての目的において、外部との疎通を味わい、理想の即通をさせ、活かしていきたいですね。。。
望んだ意思どおりにじつは叶っていて、あとはただそれを行うだけ。みたいな。。。



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