「重りを与える=筋力をいつも以上に使うことで筋力が強化される」
この発想から脱することでしょうね。。。

「安全限界」と「効果限界」という言葉をあえて使います。ここでいう「安全限界」とは、これ以上重くしたら危険ですよ。安全が確保されませんよ、というライン。「効果限界」とは、これ以上軽くしたら、効果がまったく得られませんよ、といいうライン。ここではこのように仮定します。

ウエイトトレーニングがなぜ「動作改善になるのか」

対象物であり、しかも自然として完全体である「重り」が与えられます。この重りからたくさん知恵を吸収し、受け容れ、そして手なずけられたとき、最高の動作の質が実現します。「安全限界」「効果限界」を思い出してください。つまりは、この両者の間であればいいのです。「安全限界より下」「効果限界よりも上」であればいい。あとは「戦術の問題」で配置が決まってくる。

重すぎて重さを手なずけきれなければ、力んで失敗動作になるか、扱いきれずにケガにつながるか。
軽すぎれば対象物がわからないので、重りを扱った意味もなくなる。誤った身体意識などが付け入る隙が生まれる。そう、、、、(身体への意識は)誤っている!!のです。

動作の注視は、非機能的な「内的注意」ではなく、機能的な「外的注意」でありたい。動作が大事だからといって、身体側ばかりを見てそこ(筋や関節など)を意識させて動きを作っているようでは、、、動けない筋肉作りとやってることが変わらない。うちはそこから脱しています。軽すぎてはいけない理由はそこにある。身体意識という内的注意を避けたいのです。でも、重すぎて手なずけきれないのを「力み」でカバーするのなら、使えない筋力となる。

話を変えよう。

重りが与えられて、動きにブレーキ???じゃあ、、、百歩譲って「遅い動き」だとしよう。
私に言わせてもらえれば、速い動きの基本は遅い動きにある。
速い動きも遅い動きも、動きの質が一致するのだ!!同じように「風穴を貫通するスカッと感」で。

その遅い動き(実際はさほど遅くはない)であっても風穴を通りぬけるスカッと感が大事で、
それを実現させてくれるのが、重りになります。
その遅い動きという基本が「力んでいて」どんな実用性があるのか???でも普通はそうでしょう。
その堅物さから脱していくのです!


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ではその堅物さから脱したと仮定したとして、、、、、

あえて言ってしまえば、

そもそも、重りを扱った後の身体は、、、恐ろしく軽く動けてしまうのですから!!
身体にも「手なずけ」という知恵が刻まれていることでしょうし。。。。
頭で考える以上に、、、身体は賢いのです。

・神経系で興奮するから、速い
・固めたり力んだりブレーキをかけるから、遅い
世間やトレーニングルームでの当たり前かもしれないことは、普通に「一風変わっている」ということ。

そもそも、、、重りは、“動くもの”ですから。。。
意思で動かせるぐらいのものですから。。。。。
見えるものだけしか見なくて、、、ほんとうに納得ですか???

運動はたしかに、“お遊戯”、、、とまで砕けてはいませんよ。。。
でも運動は、修行や苦行やお勉強でもないと思うんですね。。。
どこか「エンターテイン」があって、魅力的なものなのです。そこが考え方やあり方の軸だと思います。

堅物(かたぶつ)・続き



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