2015.05.03 【続】光と闇
たしかに、ほっこり脱力やさしい雰囲気の私。
でもどこか、スイッチが入れば、人間味と無邪気さが溢れながらとことん入ってしまう私。
でもそれでいて、不思議とどこか調和までされている私。

ブログではいろいろ動作や運動のことやあり方をいっぱい語っているが、
現場ではさほど語っていないもの。
(ある意味現場の補足をブログでしているようなもの)

語るよりもいい方法を、それとなく身につけていたのでしょう。もっとリアルなものを。
実践主義で、「語る前に伝わる」・・・・そんな雰囲気が正確だと思う。
だから、、、

いかにも私のこの理論を遵守したおかげで、、、というおせっかいさが、ないのです。

そこに理想があって、そこに現場のよさがあって、すべてを覆い包めてしまう大きなものがある。



「犯罪者でさえも、自分が正しい」と信じてさえもいる(D・カーネギー)

人は自分を正当化する生き物です。私もそうだと思います。それで過去につらい経験もしてきました。あるいは、つらい思いになるときは、そういう自分になっているときです。だからこそ、いちど冷静になるのです。人を変えることはできない。人それぞれ自尊心がある。自分にできることは、考えに共感していただけた方にのみ手を差し出せるということ。ちゃらい人は嗜めるぐらいがちょうどいい。

このブログでは、「こうしなさい!」風のものはひとつも残していません。
「自分はこうだ!」としか述べていません。
それでいて、少しでも嗜めることができればなお良し。それができればラッキーぐらいしか思っていない。

現場では、わかりあう人との出会いですので、自然と信頼関係が成りたち、
しかもどこか強制された感がなく、導かれるようにこなせてしまう。
あたかも、、、お客さんが発明発掘した理論だと思えるぐらいに。

おせっかいにはなりたくない。

ただ、自分は自分としてどこまでも成長し、美しい世界をどんどん築いていく。
その世界に人が引き込こまれ、豊かさと幸せをプレゼントする。
そのためにも、自分自身が豊かさいっぱいで幸せであること。とはいえ、好きなことである以上義務感はない。
そういうすべてに自分の仕事のミッションがあります。


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