ひとことで、動ける筋肉や強さ、ようは「実用性のある身体」を差します。

しかし、鍛え方ひとつとっても、スポーツ補強なのにボディビル風のトレーニングになっていたり、
健康志向なのに、ぜいぜい苛め抜くようなあらぬ鍛え方になっていたり、
第3者からみたときに、「じゃあ、何を目指しているのか???」と疑問も感じるときがある。

もちろんすべてが無意味ではない。それなりに効果は出ているし、満足してされていることですから、間違いとまではいわない。しかし、叶えることよりも鍛えることが目的になってしまうこの現状に満足したくない、一歩抜け出したい、痛みばかり・義務感や任務でやっているそこから抜け出したい、そんな方も少なからずいらっしゃるはず。今回はそういう目線にターゲットを絞ってお話しようと思う。

あえてここから切り出すが、ボディビルをされる方が、ボディビルトレーニングをされるのは、彼らにとっての「使える筋肉」だということです。ポージング動作ひとつひとつとっても、各筋肉に指令や意識を研ぎ澄ませ、絶妙にセパレートを浮き立たせたり、パンプアップさせたりします。これにはそういう感受性が必要。だから、彼らにとっての「使える筋肉」「使える筋力」となります。

では、そうでない場合。見せるのではなく、実用性での話。見た目がすべてじゃない、って話。
そういう目的なのに、同じようにボディビルトレーニングをされていていては、使える筋肉とはいえませんね。つまり、動けてナンボ。負担がなくてナンボ。軽く心地よくてナンボ。スムーズでナンボ。そのうえでの見た目です。

動けたときには、バランスよく筋肉はつくもので、
動きの質に見合った身体になる。当然凝りもケガもなく、スムーズになるもの。
そういう動作で鍛えるのです。いえ、、、重りは、そういう動作で扱うものだったのです!!

「力が強いからスムーズ」なんじゃなく、「動けるからスムーズ」
・・・・ここを間違えてはいけない。


こういった強化において、基本となる定義があります。

それは「力に頼らない動きで動けている人が鍛えるから、ますます動ける身体になる」ということ。
この時点で何らかの力みや変な癖などがあれば、それがなくなったほうがいい。
でも、そこに気づかず、力任せに鍛えてしまい。。。。そういう結末に。。。。

普通は(普通といっていいのだろか???)
筋力を鍛えるために重りを扱うものだ、
過負荷を与えることで、逆らう筋力が発揮され、それが鍛えることだ、
と思っているでしょう。

だからますます・・・・・
これが「成果が出る人だけが成果が出て、そうでない人がいまひとつ」という理由。

しかし、、、

ウエイトトレーニングこそ、
正しく行うトレーニングこそ、、、
脱力と調和を育むもの


だから、、、できる人と同じ土壌に上がれるのです!!そこにほんとうの魅力があるのです!!

重力は、敵ではなく、攻撃をしかけているのではなく、
「私を受け止めれば、あなたの望みを叶えますよ」
そう言ってくれているようなもの。

素直に自然に対し、甘え、降参してしまうことで、自然からありがたいギフトを授かるのです。


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でもこちらがそれを認めず・受け容れず・許さず・信じないから、それ(重力)が攻撃のように移り、
「じゃあ、、、筋力をつけて」「じゃあ、、、身体意識を施して」
これって、、、おかしいでしょ???ってなことを普通に多くの方がやっているのです。

われわれも自然の一部。信じ合い・認め合い・許し合い、受け容れることで、
“本来あるべき姿”が呼び覚まされるのだと思います。
こうしてできた(最低限にしか使われない)筋力のことを、私は「使える筋力」と定義しています。

【参照】過去に書いた使える筋力の記事


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