前の前の記事はこちら
前の記事はこちら

速度が変わっても、同じ動きになってしまうスクワットです。
[広告 ] VPS


最終的なトレーニングのゴールは、意思どおりに動かせることをもっともっと育むこと。

振り返れば、私や私のトレーニングに慣れ親しんだ方の場合、重さを「受ける」「受け止める」ことが自動化していたのだと思います。だから、(重りや身体を)「意思どおり」にも動かせた。「意思」が叶った。「上がった」「動かせた」。そう振り返ります。

上のスクワットでは、やわらかいだけではなく、
「速度が変わっても、重りと身体がいつまでも一体化している」
「その一体化に“硬さ”や“強制的さ”がなく、むしろ“自在性”まで含まれている」

バランスというのはじつはこういう意味で、
「(重さを)受け止めたこと」=「重さが暴れないために固めること・固まること」ではなく、その真反対。
「受け止めた」=「自在性を約束しますよ」=「でも、バランスは約束されてますよ」

こんなすごい「都合のよさ」なのです!!
だから、受け止めたことが「自在性」に摩り替わり、その自在性は「温かい何か」に守られている。

歩行などもそうで、落ちて加重する結末ではなく、進んでしまうのですが、膝下歩きなど乱れたバランスにはならないし、ましてや「身体じゅう(ある筋や関節など)を意識させてバランスを取る必要もない。下の動画が良い例です。
[広告 ] VPS


ですので、まずは「受け止める」・・・もちろん「うわべ」ではなく「正しく」「本質として」

動画でいうそのスクワットも、重さを受け止めた「最初の担いだ状態」がいちばんきつい。
でも、繰り返しますが、
「落下の受け容れ」=「動きの自在性」

しゃがむ動きでは、むしろ、「ブレーキをかけるようにしゃがんではいない」
でも「関節がかくんと抜けて重りを交わしてしまう危険なしゃがみ方でもない」
「動いている」「動けている」のです。

ケアの記事でも触れましたが、高い百分率で筋肉が使われることで、負担が大きくリスクも高くなる。「受け止める=動ける」というバランスは、、、とても心地よく、身体に均一に負荷が分散され、リスクもとても少ない動き。

重りの軌道や身体の構造がどう動くのか、に意識が行き、操作法を求める、カタチを求める。
しかしこれらは結果論ですので、
そこから入るのではなく、もっと「根元」や「本質」に眼を向けるべきです。

「弧を描きなさい」とかそういう話ではなく、いちばん負担の少ないニュートラルを探せ、ということ。
「重りの真下に身体が来るか」「身体の真下に重りがあるか」しかありません。
もっといえばこれらは、、、
「重りの落下」にだけ「注視」すれば、叶うもの。身体への注視に惑わされるな、ということ。

こういうことを現場で味わっていただいています。



関連記事
スポンサーサイト
Secret