ただ、そのカタチが、いかにも「点」と「点」をつなげたそ即席であることに問題がある、というだけで、
それがあまりに蔓延しているために、そうじゃない、という啓蒙もあるが、カタチは必要だと思う。
哲学のように、「こうあるべきだ!」というのも、じつはそれこそ固定観念になってしまい、


じゃあ、、、何が言いたいの!!


が薄れてしまい、こうあるべきだ、という誤った主観が、その法則本来の姿まで刷りかえられてしまう。




「ほんとうに正しいカタチ」とは、




誰にでも平等なもの!!




意思で手なずけられるうちのトレーニングも、「その人の意思次第」という平等さです。
こんなわがままを叶えてはいけない。節度を持て。などの雑念がいけないのです!!

たしかに、抗って闘って自己本位になるのは、良い動作や良い行動とは思いません。でも、、、これこそ平等でもあって、、、そう動いたとおりの結果・見合った結果になるのですから。つまり、、、叶うはずもない、課さねばならない、という意思表示でもあるわけですから。そうやって、、、固めなければ、、、操作や意識や指令を課さなければ、、、となった行動に見合った結果として、それ(闘い・抵抗)に見合った思わしくない苦しい結果・苦しむ結果になるだけのこと。

つまり、、、意思どおりの動きや結果になっていく、ということ!!



だったら、、、自分にとって、、、都合のいいように、、、、、



こういった大きなもの。大きな法則のようなもの。
それを主観や哲学で翻訳しないこと。そういう中立さ。
あとは、その中立さを、自分にとって都合のいい取り扱いをする、ということ。
それが誰よりうまいのがプロのトレーナーだと思いますので、安心して欲しいと思います。


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