あえて素顔で表現しますが、、、

たとえば、、、

「地面にしっかり加重できたから、前に進んだ」
「脚で蹴ったから、挙がった」
「筋力があったから、挙がった・動けた」

と考えて、「じゃあ地面をしっかりキックしなさい」「じゃあ、筋力をつけなさい」と
「苦しみなければ成長なし」みたいに、「苦行は当たり前」となって、
そういう答えを受け取らざるを得ないような。。。

自分はそういう世間でいう「当たり前」として諦めさせられるような固定概念に、普通に疑問を感じる。
苦しまなくても結果が出る人もいれば、苦しんだ割にはそれに見合う結果が思わしくなかったりします。
「待てよ???」という心は大切だと思うし、その人だけが特別ってわけでもない、と思うのです。

特別に見えるのは、あることを知っているからではないか???
自分はそういうことを運動で求めていて、
周囲に流されることなく、豊かな何かを求めるようになったのです。

なぜだか知らないけど、そう動きたいように、動けちゃっている
そういうところへわかりやすく身体を観念させてくれるのがいいウエイトトレーニングだと思うし、
まっすぐ見つめた結果なのです。

どうせ答えがかえってくるのなら、
「苦行苦行・・・」が帰ってくるのではなく、「心のつっかえを取り払うような・・・」
そんな指導者でいたいと常に思ってます。


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