2016.05.31 ホップ
トップページの動画がやはり一番ですね。。。

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このように、着地のあとに跳ぶような動作(ジャンプ)。あるいはその連続(ランニング)。
これは、着いたままであるスイング動作とかとは違った要素の運動にはなるのですが、
やってることは、じつは同じです。


落ちること。


むしろこういったホップというかそういう類でこそ、尚のこと、落ちなければ。。。
物体になったかのような感じが欲しい。その精度の高さが、動きの精度にもなる。
真上とかに蹴っていては力んでロスの元で、その少なさが、動きの精度になります。


ただ、その落ちる前に、
半歩早い小さくわずかな引き上げみたいなものは自然発生するかもしれませんが。。


落下とタイミング。
重さと早さ。
脱力で自然体。


やはりこの精度が命だと思います。
(固める必要は、ありません。その精度が悪いから、固めようなどとしてしまうのでしょう。)



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基本的に私は、このような運動は行いません。ミスミス固まっちゃうし。。。

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ほんとうにやらないし、やりたくないし、やらせたくないぐらいなのですが、、、


じつは上の動画は、以下の動画のようなニュアンスで行っていたのでした。

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落下を受け容れることで、固まらない脱力になり、浮上も拾え、求心し、まとまってくれます。
でも、わざわざ時間を割いてまで、あのような運動をやろうとは、思いません。
(正しいウエイトで)正しく重りを受けたほうが、わかりやすいし、学習できるから。



「自分に何か足りない=力が足りない」
とするのは、「ちょっと・・・・・?」と思います。でも人は、欠けてるものに注視しますよね。
で、欠けてるものを充足しよう、と。でも結局、どれだけ充足されても、結局満ち足りないですから。

それでも同じ失敗、しちゃうから。。。

そういう目線から脱させ、あるべき進むべき方向へ導くのが、私らの役目でもあります。
ようは、その道のプロ。専門。そういう意味で専門なんだと思うのです。
と、これも私の主観ですので、強制ではなく共感でありたいと思っています。
そして、あり方をこれからも追い求めたいと思います。



自分も駆け出し当初は、いろんな人から教わり、学び、たくさんの専門書など目を通したり、
でも、いつの頃からはわからないのですが、気づいたときには、「自分の型」になっていました。
私は実践主義者なので、たしかに色んな経験を経て、もがいたり、いっぱいしましたよ。。。
その中から”きっかけ”はある程度思い出せるのですけど、就く前からきっかけがあったともいえるし。

エビデンスエビデンスっていう人や、だれそれ先生がそういうから、、、とか、
これらを否定するつもりはありませんが、でもそのままだと、ほんとうの意味で学べていない。
そう思う。

なぜなら、、、それは、、、、第二のだれそれさん、二級品のだれそれさんになってるから。
それが唯一無二になってしまって、自分で感じたり、ようは咀嚼できてないから。
基本がぶれてはいけないとは思うが、自分だけの答えにたどりついてこそ、プロ。

自分は好きで追求をしてきて、だからこそ、その行間だったり、専門から違う目線だったり、
こういうことが自然と入ってくるようになった、いえ、受け入れられるように成長した。
それが、経験のなせる業。かもしれない。と振り返ります。

落ちる。

私の動作論には、まるで「原型」だったり「モデル」だったりが、見えないでしょう!!
でも、そこまで感じさせるぐらいだから、自分として一級品なんだと思うんです。
たしかにいろんなエッセンスをそれなりは抽出したかもしれませんが、それさえも忘れてて。

今、整理した結果が、武田さんの7つの法則

【主観と客観の法則】
【静と動の法則】
【可塑性の法則】
【バランスと揺らぎの法則】
【対極の法則】
【熟練の法則】
【第3の手の法則】

この7つについて、また順を追って今後紹介します。

あとは、指導者としてお客様に望むことは、
「二級品の私ではなく、一級品の自分」となって欲しいところです。
最初はまだいいのですが、だんだん自分の感じ方を大事にして、自分の言葉になって欲しいと思う。

私も、指導するとき、じつは案外、「こうしなさい・・・・・」よりも「こうなるんです・・・・」みたいな感じ。

たとえば、お客様が壁を越えるかどうか、で、良い言葉が思いつかないとき、私は指導中に無言になってパソコンで言う「考え中」の状態みたいに動かなくなることがあるんです。いえ、あえてそうしている(笑)。その考え中の状態がいつまで続くのやら、、、と思ったら、考え中のその状態のまま急に何気に重りを挙げたり動いたりして、その後に「こういう感じですね・・・」「こうなっていく感じですね・・・・」みたいに。よくあるんです(笑)。超リアルタイムの声を届けてるんです。でもそのほうが、ご自分で翻訳しやすいはずなんですね。。。

不器用なやり方ですが、
私にとっていちばん良いやり方で、いちばんいい冴え方をするんです。
そして私にとってその方へ一級品の自分へのヒントを届けるいちばんの方法なんです。

これもある意味、自分がまず自分として一級品であろうとするインストラクション。
だから受け手も、自分の一級品になろう!と感じるきっかけにもなる。
そんな感じでしょうか。



2016.05.27 ドラマがある

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自分のトレーニングは、ある意味、奇跡的な部分があって。。。

ようは、普通に考えたら、力を入れなければ挙がらない、だから筋力が必要。。。
あるいは、その補強のために、重りを扱うことで、筋力を高める。頑張って挙げるもの。
それが普通の考えで、苦しむからこそ、得られるものだ、というふうに。

でもうちは、、、魔法が働くように、苦しまずに挙がったり、不思議な上がり方をしたり。

ただこういうのを面白がっているのではありません。
こういうことが実現するからこそ、常識では考えにくい運動効果があるから。
疲れにくかったり、回復が早かったり、なぜか元気だったり
さほど頑張ったわけじゃないのに動けてしまったり、簡単に当たり勝ちしたり。

だからこそ、トレーニングは、流れ作業にはしないのです。

あたかも病院のカルテを持って、そのメニューというノルマに従うだけで、何も感じられない。
そういうのではなく、ひとつひとつ咀嚼できるようにしたい。
まあ、ある意味、余計なおせっかいととられても仕方ありません。

でも、、、

それでも、、、

そのおせっかいかもしれないことが、どうしても辞めれないのです。



結局、自分は、、、本当の意味で人を喜ばせたいのだと思う。
同時に自分も喜ばせたい。
たしかに自分は、感覚的で、わかりにくい部分がいっぱいある。それを隠すつもりもない。
でも、どんなに不器用でも、、、ありのままを差し出すことでしか、人を喜ばすことができない。

トレーニングっていうだけで、
義務感、ノルマ、きついもの、苦しいもの、挙句にはその苦しいことを楽しみなさい。。。
でも、ほんとうにそれだけがトレーニングなのか???



自分がここまで色々追求できたのは、、、
個人的に楽しくて追求してる部分のなかに、
人をたくさん喜ばせたい、予想外の奇跡を起こしてみせたい、という心があるから。



きついことや追い込むことだけではなく、
もっとドラマチックなものだって、
あったって、いい!!



そう思っています。
そこに、迷いはありませんし、そうとしかやはり自分にはできないのです。



2016.05.26 ブラック
結局感じるのは、できない人は、やる前からできないと思っている人で、
話が聞けない人は、信じる心がなく、疑う心があるから聴けないわけなんです。

だから、、、

つまり、、、

できないと思っていたとおりの現実になるし、
信じないぐらいだから、聴かないその意志どおりの結果になるわけです。


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こういう動画を見せてるのは、筋力に頼ってないってことを見せるため。
筋力に頼らない自然な動きなら、負担も少ないし、効率も良いばかりか、心地良い。
そういう動きで鍛えるから、そういう身体になっていきます。
そうやって、予想外の運動効果があって、いろんなことに波及していき、楽しくなる!豊かになる!

これも、信じるか信じないか、です。できると思うかできないと思うかです。

だから、

「こういうのって、やはりある程度の筋力が必要で、姿勢を固める意識がないと」
「そのための基礎的な筋力をつけたい」
「がんばりたい」「頑張らねばいけない」

とおっしゃるなら、私の応えは、ひとつです。


... 続きを読む
2016.05.26 向上心の意味
私は指導で見ているのは、そのお客様がうまくいったことよりも、むしろ、
その方がどういうふうにしてうまくいかなかったか。
というか、うまくいかなかった種類を見ています。

ちゃんと吸収しようとする人は、話の聴き方も違うし、
同じミスでも、ミスの仕方が違う。同じ過ちでも、違う。
そういうミスや過ちなら、私も「大丈夫ですよ!」と安心しますし、期待もします。

でも、聴く耳を持たない人はいませんが、
手っ取り早く、、、とか面倒だから義務感で、、、とか。
そういう人は聞き方が誤っていますし、ミスの仕方や過ちなども間違っています。

最近感じているのは、、、
人が助けてくれるものではなく、自分で這い上がるものだということ。

いたれりつくせり、感じることなく、ただ流れ作業で受身だから、その程度しか手に入らないのです。
やる人は、正しく感じられる人。私は、感じていただくいようにアプローチしてるだけ。
でも、感じない人にまで感じていただこうとは思いません。ただ、その程度の満足で終わるだけ。
あくまで、自分の向上心がそのまま結果になって表れるだけ。ただ、それだけです。

楽しんではいけない、、、というのではなく、
意志を持って、楽しむこと!!大事にすること!!

忙しいなか、時間を割いて、、、だったら尚のこと、、、
昔から私は、そうでした。愛情の裏返しで心を鬼にしていました。それは今でも変わりません。
たしかに誤解されることもしばしばありましたが。。。



関連記事はこちら

大人になったら/GLIM SPANKY



うちは、重力という観点だけではなく、時間という観点でも捉えられています。
ときどき動作やそのあり方を確認するには、いつもの重力目線から時間目線に変えてみるのもひとつ。
その時間目線で捉えた内容が今回。

過去にも何度もこういう類は紹介してきましたが、再確認も込めて。

時間は、常に、流れている。
当たり前といえば当たり前なんですが、これが差すものを考えてみましょう。
ようは、止まらない。常にながれている。ようは、「今この瞬間」も「もう過去」。

だから、瞬発力養成やその意識のために、「ぐっ」と「今」頑張るのは、
ワンテンポ遅れています。
始まる前から始まっていて、そのながれに合わせることが大事。

瞬間よりも、ながれ。

でも、それでも、瞬発力を込めたいとき。あるはずです。
でも、今こめたら、、、力みでワンテンポ遅れています。
そのために、、、ながれを活かすのです。溜める、ということで。



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正確には、溜まる、だと思います。
瞬間的なのか、ながれなのか。身体はむしろ勝手に判断してくれるはずだから。
だから、、、溜めを意識するのも、また違うと思うわけで。



以上、、、

ながれに合っていれば(ようは、早ければ)、そのときそのときに自然と身体が対応してくれる。
というのが、今回の主旨でした。
動画も、そんな動画です。歩行とかも自然と膝下あるきにはならないと思います。



ウエイト動画がスナッチやクリーンが中心になってしまっていましたが、
あくまで私は、パワーリフター。(休んでいますが、、、でも来年、復帰予定です)
今回は、パワーリフティング種目である「スクワット」「デッドリフト」を。

重さは軽くても、、、そういう人がやれば、、、きっと違うはず!!

という思いを乗せて。。。(うん!!大丈夫さ!!きっと!!)


でもラックがないから、最初はスナッチを仕方なく。。。

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やや引張りが甘かったデッドです。次の回数のことを考えて、サボり癖。。。
でもいいんです。試合では、一発挙げだから。次の回数のこと、考えなくて良いから。

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動きの要点は、、、

重さを受けて、力を入れないって部分ですね。。。
重さを受けたら、重さが助けてくれまますから。。。
とくにデッドの腕なんか、、、“ぶらんぶら~ん”ですもん!!

自然と鉛直になって、、、バーベルの軌道が、ものの見事に「垂直」でしょう???
でもこれ、、、すっごく当たり前っていうか。
そういう「アシスト」を、「重り」が、してくれるんですね。。。

だから、、、力を入れるほうが、ばかげているの。。。
入っちゃうと、、すっごく身体がきつくなるから!!
でもこの感覚、、、武田ワールドを体得したら、当たり前になるよ。。。


もちろん、、、身体もちゃんと、作られるさ!!
何も、筋をパンプさせるように、意識して動かさなくても、そういうやり方じゃなくても。
むしろ、機能も叶うし、トータルで考えたら、うちがやるような感じのほうが、、、と思う。



あ、スモウデッドは、今、封印しています。。。



じつは私のなかでは、もう12年以上も当たり前になってることがあって。。。
それは、、、

力が入れば、ぎこちない。力を入れないほうが、動く
力を入れない・力が入らないのが、自然で当たり前!
力を入れる・力が入るほうが、逆に不自然で、機能しない!
力を入れない・力が入らないからこそ、どこまでも可能性がある!


これは数年前の私の動画ですが、
着地したときなど、どこかに力が入らないのが自然で、それが当たり前になっています。
だから、、、跳べるような気がします。

サボり症(笑)のため、一度しか跳びません。。。瞬き厳禁(笑)
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こちらは半年近く前。
踏んだり蹴ったりしていないし、足などどこにも力を入れてない感じです。

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私がいいたいのは、、、
運動は、力を入れないから、できるのだ
身体は、力を入れないから、機能するのだ

ということ。



もちろん、ウエイトトレーニングも一緒で、これはいちスポーツです。
力んでやってたら、身体は作られますが、機能しません。

むしろウエイトは、力を入れてはいけないし、入った時点で、動きのミス。
入らない・入れないからこそ、出力が出ます。
また、姿勢やバランスも、そうやって築かれます。

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そもそも、、、力が入っていたら、スポーツできません。



でも、ほとんどが、「(力を)入れたい目線」だと思います。
だから、、、その出力を得ようと、頭の計算だけで判断します。
その筋力を強化しないと。。。みたいに。。。

でも、、、脱力したほうが、圧倒できるのです。それこそ、ほんとうの体力です。

なのに、、、筋力が足りないなどと、ますます力ませることを欲するのです。
そして、計算してしまうのです。脱力が答えなのに、力ませる数値ばっかり追いかけて。。。
こういうのを、官僚的といいます。賢そうな分析に見えて、じつは稚拙です。
でも、うわべの妙な説得力にだまされます。そうやって、同じ過ちを繰り返すのです。

どこかで、観念しないと。。。

当然ですが、入れない目線だと、無限の感じがしますので、
うちでは、そうやって、数値以上の実用性をかなえてきたわけです。
もちろん、、、凝りもなし、怪我も激減。ま、、、当たり前ですけどね。。。脱力できてるんですから。

その理想の脱力を「重さを受ける」ことで、「脱力」を「自動化」させます。
冒頭でも申したように、

力が入れば、ぎこちない。力を入れないほうが、動く
力を入れない・力が入らないのが、自然で当たり前!
力を入れる・力が入るほうが、逆に不自然で、機能しない!
力を入れない・力が入らないからこそ、どこまでも可能性がある!




【関連】私は、アンチ・コア
【関連】動きの絶対音感





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もしかしたら、こんなふうに考える人ってけっこういるかもしれませんね。。。

姿勢が良い人は、力(空気)が抜けておらず???
姿勢が悪い人は、力(空気)が抜けている???
姿勢をよくするには、力(空気)を入れて、力を鍛えて。たとえば、体幹の筋肉や腹圧を意識させたり、、、

でも、私の考えは違います。

姿勢が良い人は、重力をうまく受けれている人。
重力を受けるには、、、力んでいては受けれません。
重力を受けるには、力が抜けていなければいけません。

姿勢の悪い人は、偏ってるだけだと思うのです。
すべてが均一になって、ちゃんと受けれたら、かえって力は不要になるぐらい。

話は変わりますが、
脱力できてるほうが、力が伝わるのです。威力が違うのです。
しかも、自然と守られていて、そういった防衛反応は、自然と働くのです。
詳しくはこちらの記事を(私は、アンチ・コア)

話を戻すと、
姿勢が悪い人は、どこか偏っていて、防衛反応があまり機能していない。そう思います。
でも、力んでいては、防衛反応は働かないでしょう。
力を入れない、とは、防衛反応だけを残すぐらい。。。ようは、しぜぇ~~ん(自然)って感じです。

だからこそ、、、重さを正しく受けることは、とても大事なのです。
重さは、、、(身体を固めるのではなく)そうやって受けるものなのです。