ほぼ力を入れてないです。入れたら、逆に、ブレーキです。
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どんなものごとも、できてくるにつれて、力が抜けてくるもの。無駄が省かれてくるもの。
ですので、うちは、力むことができなくなっていく感じ。

でも、急に力を意図して抜いたところで、それはただの一過性。その瞬間だけ力が抜けたとしても、次の瞬間には力が入ることでしょう。あるいは、動きが乱れてしまい、力を入れなければいけない危険な状況にもなるでしょう。いえ、調和していない抜き方をすれば、ようは自己本位的な力の抜き方をすれば、ウエイトではかえって大怪我をします。

そこで、鉛直(えんちょく)。

高い位置から重りのついた糸をたらせば、その糸の向き、重りが差す向きが、鉛直です。
ですので、これまで何度も繰り返すように、
「高い部分の物の真下に、低い部分のものがやってくる」わけで、(リラックス・自然・効率)
「低い部分のもの、ようは土台の上に、ものを乗せるのではない」のです。(力み・抗い・負担・ロス)

まずはその鉛直を知ることです。

垂らすぐらいですから、力んでいないし、力も入っていない。

あとは、その鉛直には「ながれ」があります。
「上から、下へ」というながれです。
止まって固まってるんじゃないのです。落ちているのです。
いつまでもどこまでも、ずっとずっと。。。始まる前から、終わったあとも。


だから、そのながれに自分を合わせること。

これも、いたって自然。力をいれる必要もないし、むしろ力を入れたら、逆にできなくなる。


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・・・・・・・・・

力が抜けないからといって、体幹に力をいれたり、、、
どこぞの部位から中心から末端などの連動を意識させたり、、、
でもそういうことをしても、結局、りきんでいますし、硬いですし、

これらはすべて、「鉛直にたいし、より一層背くこと」を助長しています。

素直に鉛直を受け入れ、なじむこと。あわせること。
自己本位を捨てること。
あとは関節自体が円運動してくれますので、あらゆる動きも可能になるわけです。

カタチやフォームの前に、ガイドラインの前に、
抜本的な基礎を見つめることだと思います。
鉛直に背くから、鉛直のながれに背くから、ケガや負担やパフォーマンスの低下になるわけで、

あえて極論をいえば、

「普通」にしてたら、うまくいくはずなのです。

その「ここでいう普通」を学びましょう。



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もし、グ-グルとかの検索で出てきたのなら、ごめんなさい、ですね(笑)。だって、すっごくパワーがあるとかスピードがあるとか、変わったことができる、とか、そういうふうに思われるでしょうから。私の考えは、そうではなく、

力んで出した数値は、当てにならない

ということ。実際そうでしょう???
同じ重量を挙げる選手どうし、じゃあ同じパフォーマンスができるかどうか???
重量を挙げれても動けない人もいれば、逆に重量を挙げれないのに動ける人もいます。

正比例では図りきれないわけで、アバウトで正比例だとしているだけのことで、
図式で散らばった点の平均値ではじき出したその正比例の線があるとすれば、
その線から「大きく外れている少数派の点」にこそ、大きなヒントがある。そこを見れるかどうか。

ですので、力んでまで出したその数値には意味がなく、
ほんとうに必要なものって、
私が経験的に感じるのは、、、、


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うちらの間では、余計な力が抜けていることが当たり前で、
「どうしてそこで力が入るの???」
って他人を見てて感じたりするぐらいです。

結局は、鉛直以外の方向を自分から起こすから、力むのでしょうね。
はじめから鉛直の力があるのですから。。。
それに逆らうから、ケガのもとでしかないわけで、負担の元、動きのロス、なわけで。
従えば、受け容れれば、負担が少なく、しかも動けるってことで!!

あとは、関節は円運動してくれますので、たしかにさまざまな運動ができますが、
すべては、「落ちながら動けている」ってとこですね。余計な力なんか入りようがないです。
あるいは、余計な力が入っているから、鉛直を受け容れられないのだと思います。

重力を意識する???ってわざとらしくしないでもいいわけで。
力を抜かなきゃ???ってこれまたわざとらしく抜く必要もないわけ。
もっと自然っていうか。。。

道具や器具ひとつ扱うのでも、ぐぐぐぐ・・・・って握ったり固まったりしてたり。
エクササイズひとつ行うでも、、、なんでそんなに力んでるの???
しかもそれにたいていの人は気づきません。

鉛直になじむことと、力が抜けること。
逆らわないことと、受け入れ拾うこと。

自然物である「重り」を扱えば、、、正しく扱えば、、、わかるじゃないですか!!

正しく!!ですよ!!正しく!!

そもそも重心とか軸とかって、重さを指しているわけですから。
重心も軸も、身体の部位じゃないですからね。当たり前ですけど。。。
それぐらい、、、重さが基準で、身体があるってことでもあるんじゃないんですか???

身体のしくみなどの知識に支配されてたら、このことに気づきません。
そもそも、ほんとうの知識は、、、わかるってことは、、、
動けた結果、あるいはできた結果でわかることであって。

力を抜くだけでは、重さや鉛直がわかりませんし、呼吸やリズムもわかりません。
絶妙な調和を、ウエイトトレーニングで。
やはり、自然物は、偉大です。ウソをつきません!!

だんだん、、、力を入れるほうがばかげてきますし、
だんだん、、、動きを考える(意識する)ほうがばかげてきます。
そうやってどんどんしがらみをなくしていく。これが、武田パーソナルのやり方と成功法則

凝り???ケガ???これらなんか、忘れてしまうぐらいになるし、
疲れてないな???回復早いな???って後から気づかれたりします。
王道を進む、とは、、、シンプルなものにたどり着く、ということ。




時間はもちろん、、、かかりますよ!!あたりまえですけど。。。



でも、、、かけて欲しい時間です。



ただ、ひとつ付け加えると、「継続は力なり」とはいうも、
それは、「一回一回が充実してこそ」の継続であって、
惰性の継続や力んだ継続、これまでと変わらない継続なら、そういう結果になります。

その一回一回を充実させるか否か。それを継続できるか否か。

そこが大事です。こうして、変わっていけるのです。

徐々に変わるケースもあれば、しばらく停滞するもあるときに急成長することもあります。
でもあくまで、良い継続ができた結果です。
それができた人にだけ、牡丹餅が落ちてくるのだと思います。

ただ、自然な動きは、誰しも持っているはずですので、
「あの人にはできて、私になんてできない」
などということは本来ありえないのです。
もっともそういう部分もうまく手なずけていけるのが、武田パーソナルでもあるのですが。



2016.03.26 王道!
いきなり結論を申しますが。。。


素人が行う数々の凝った種目よりも、
ホンモノが行うスクワットだと思います。



それぐらい、

動きができた人がやれば、

単純な種目が、、、栄えるものなのです!!



そこを、目指しましょう!!



そして、、、それを、その動作を、誰しも持っているのです!!



誰しも、子供を経験しています。大人を剥がせば良いのです。

そして、、、剥がれていくものなのです!!

それが、、、ウエイトトレーニング!!筋トレではなく、ウエイトです。



あれやこれやと動きを凝ってしまったとき、

きっとそれは、さらに大人にしてしまうだけのこと。

できないときほど、足そうとするもの。



剥がして、なくして、観念していけば、、、

きっと見えてきますよ!!

力みの一切ない、すばらしい動きが!!



もちろん時間は、かかりますが。



当たり前です!!



ある程度やせてから、、、トレーニングを受ける
だったら、、、痩せる前にきてください。。。

ある程度できるようになってから、、、トレーニングを受ける
だったら、、、できるようになる前にきてください。

できる前に・変わる前に来てくてください。

そのうえで、大事なこと。
できない、変わっていないことを、受け容れることが大事です。
そのうえで、変わりたい、できたい、と希望を掲げるのです。

できないことを笑えるぐらいで、ちょうどいい。

そこから、そういうポジティブさが、できることに、つながっていきます。
ちいさな“できた”を大事にしますしね。
できたことは、疑わず素直に受け容れられ、できなかったら、深刻にならず笑って受け容れる。

才能や身体の反応以上に、大事なことだと思います。

・・・

面白いことに、
うちが掲げる動作は、
重さを受け容れることで、動けてしまうって部分。

筋力自慢、知識自慢の人に限って、大やけどを追います。でもそれが、動作の本質です。
重さを笑って受け容れ、いったん受け容れ、
でも動きたい気持ちがちゃんと伝わり、自然と挙がっていく。自然と動けていく。

自分はできない、自分は弱い、ぐらいで、ちょうどいいと思います。
でもそれを隠すのではなく、受け容れることで、強くなっていくのだと思います。
ほんとうの強さとして。