動作の質だけで話を進めます。

身体じゅうを意識させたり筋力に頼って動くよりも、無で自動的でどこか自然体でリラックスされたほうが動けます。しかし、無で自動化、リラックスされた自然体であればいいのですが、無意識のうちに人は、余計な力みや余計動きが身体に刻まれています。だから、まずはそれを取り除くことが必要になってきます。しかしありがたいことに、、、そういうことが、正しいウエイトトレーニングで可能なのです。そう、ウエイトトレーニングとは(とくにビルディングではなくリフティングであれば、、、)、力任せをや身体意識を加算することに意味があるのではなく、余計な動きを消すことに「真の意味と価値がある」。ウエイトトレーニングとは、そういうものです。

なのでトレーニングでは、そこを目指す冒険になります。

しかし、、、
じゃあ無に自然体になれば、それ以上の成長はないの???
本来の人間らしさまで行き着けば、、、じゃあみんな一緒ってこと???

そこなんですね!!

・・・・

じつは、、、この先があったのです!!

むしろ「この先こそ」ほんとうの強化なのです!!「この先こそ」ほんとうの動作なのです!!
自分がライバルに差をつける、自分らしい価値を設けるのです!!
「意識」や「力み」から、「自動化」へ。もう一歩、変化があったのです。「3段階めの変化が」。

次のステージは、、、「意思」の世界!「思考」の世界!「電動・叶う」の世界!

意識と混同してはいけないのですが、意識というのは「動けないから、その工夫を」です。
身体じゅうを信頼できないから、できない子供に注意を課すようなことをするのです。
だから、それを退(ど)かしたのです。でもそれで終わりではありません。

意思とは、「叶う・動ける・信じる」「動けるから、動けている」。その意思を強くすること。
いわば、、、大人の対応。信頼で契約するような感じ。
その契約を強化したり、信頼関係を深めていく感じ。

重りには、、、、モーターがついている!!

身体じゅうが、、、手なずけられている!!

「意思力」という「パワー」もあるのです!!

私の感覚だけでいえば、重りというのは触れて見つめれば重りが上がるものだから、身体もついてきて動いてくれる感じ。*身体へ注意を向けるのではなく、重りである外部に信頼を働きかけている。だから、挙げよう!と力んだわけでも、挙ようと意識したり操作したりしたわけでもないのです。あまりにスムーズなので何も鍛えられていないのでは???とも感じるぐらい。でも、、、動きというフィジカルが強化されているのです!!「上がる」という「意思」であって、重りを挙げよう!!と意識するのではない、というこの違いです。

また、こういった知恵は、自動的に身体に刻まれます。「意思は、届くものなんだ!」と。

意思が叶う。しかしそこに力みや意識はありません。工夫ではないのです。
信じる力は、むしろわくわく叶うものなので、力みはない。
不思議と叶っていく感じ。ただ、その不思議度合いを強くするだけ。

できない子供への注意を増やすのではなく、大人の契約(信頼)を増やし深めていく感じ。

そのために、トレーニングがあるのです。

以上、、、、、強化と動作の3変化(へんげ)と3つの姿でした。。。

(*)余談ですが、針の穴に糸を通す際、、、どこに注視しますか???
指先の筋肉ですか???体幹ですか???
違いますよね!!針の穴と糸の先ではありませんか???
・・・これも、ビルディングとリフティングの違いのひとつ。


スポンサーサイト
私は現在でこそ10年近く前にパワーリフティングという競技に出会いましたが、この業界に就く20年ほど前は、「ボディビルディング」と「パワーリフティング」と「ウエイトリフティング」の違いすらわかってなかた(笑)。でも、私は普段、ゴールドジムというハードコアな環境にいさせてもらえているので当たり前になってしまってますが、でも振り返れば、、、

「ボディビルディング」と「パワーリフティング」と「ウエイトリフティング」、ぜんぶ一緒じゃん!!
なんて方もいらっしゃっても不思議ではないと思うんですね。。。みんな重りに関わることですから。。。

そこで、これらの分類を簡略にさせていただく上で、
「ビルディング」と「リフティング」の分類をさせていただき、それぞれの長所などをご紹介します。
そのうえで、私が行う指導は、「リフティング」を選択していることと、その魅力をご説明いたします。

ボディビルディングは、身体作り。見せる筋肉。審査競技です。
ウエイトリフティングは、オリンピックスポーツです。一気に頭上へ引き上げるスナッチと二段階で挙げるクリーン&ジャークから成る。力も必要ですが、それ以上に身体能力と専門技術が求められます。
パワーリティングは、種目自体はトレーニング種目(スクワット・ベンチプレス・デッドリフト)ですが、これがスポーツになったもの。挙げるというシンプルさにも、じつは技術があります。

私はそのパワーリフティングをやっていて、
より重さ(重力)とのリアルな向き合い方に身体能力の秘訣を感じ、日々求めています。
補強でウエイトリフティングの一部も取り入れています。

まずは「ビルディング」から。「ビルド」つまり「作る」「建てる」わけですから、身体づくり優先です。重りを扱うことで筋肥大や筋への刺激を優先させます。筋に血流を送り込む、いわば「パンプアップ」を求めています。筋をいかにいじめるか。そこにかかっていますので、いじめやすい動作を選択することになります。つまり、動きにブレーキがもっともかかる動作で行います。でなければ、効きませんから。ですので、関節に負担がかかる動き。

次に「リフティング」。「リフト」ですから、挙げること・動くこと優先です。重りをいかに負担を少なく動かせるか。全身に均一に分散させられるか。動きが第一で、筋力は最小限。つまり、最小の努力で最大の力や最高の動きが発揮できるか。それだけの「いい動き」「いいバランス」が問われます。そこに“専門技術”がプラスされたのがウエイトリフティングという私の解釈です。補足しますが、ウエイトリフティングをスポーツ強化として行うときに、力んだ瞬発力を鍛えてしまうであれば、やってることは「ビルディング」になってしまう。そういう解釈です。

ここで誤解があってはいけないのですが、ボディビルダーが動けない、と言っているのではなく、動ける選手もいるはずです。ただ、そういった方が「リフティング」に切り替えたら、きっとすごい能力を開花させるでしょうね。。。末恐ろしいぐらいに。。。

また、筋への感覚や繊細さであれば、「ビルディング」をされる方のほうが感受性が高いと思います。それだけ、身体へうちへ注視させた動作だからです。「筋肉を意識して・・・」「からだじゅうを意識して・・・」といった「内的注意」による動作。リフティングはどちらかといえば、「身体側ではなく、重り側」へ注視します。「筋肉をどう使ったのか・・・」よりは「重りがどう上がったのか・・・」といった「外的注意」による動作。

ただ、その筋への刺激というのはむしろトレーニングに慣れた経験がなせることで、初心者がいきなりそれができるはずありません。まずは正しく重りを受けて、調和することを学ぶべきです。初期こそ「リフティング」であるべきで、そこから「何を」優先するかで、「ビルディング」なのか「リフティング」なのか、が決まってきます。

先ほど申した「内的注意」「外的注意」においては、科学的根拠(エビデンス)でも言われており、動きのパフォーマンスにおいては、「内的注意」よりも「外的注意」のほうが機能的だとされ、筋への刺激や肥大においては内的注意の動作が優位とされる。

実用性を求め、動きの面だけで考えれば、まさに(うちなる自分を)感じる前に動けて欲しい!身体を意識せずして動けて欲しい。もっというと、意識ではなく、叶ってしまうぐらいの勢いが欲しい。スポーツ技術ももし「ビルディング風」であれば改善の余地もあるでしょう。身体じゅうを意識させて研ぎすまし、筋力を発揮させて苦しい動作を求めたものであれば、それは「ビルディング」になってしまいますので、改善の余地はあると考えられます。

また、スポーツ補強されるのであれば、リフティングで補強すべきだと思います。また、期分けトレーニングと言って、その期間はその目的の期間、だとあえて絞っておき、次の期間ではまた別の目的・・・・といった風に、期間期間にわけて行うトレーニング戦術があるのですが、「身体作りの時期」「筋力値を高める時期」など期間を設けるにしても、その「身体作りの時期(筋肥大期)」こそ「リフティング」であるべきです。一度非効率な動きにしてしまい、そういう身体を作った後から動ける身体へ変えよう、、、とするのは、遠回りですし、ハイリスクです。

また、私も含めリフティング選手は、それなりに身体もできています。筋肉はうまくついています。つまり、ビルディングでなくてもからだ作りは立派に叶います。筋肉は、つけようとしなくても、ついてしまうのです。しかも、動ける。整う。負担も少ない。そんな魅力があります。

私のトレーニングでは、
機能ありきで安全でバランスのいい総合的なものを求めていますので、
魅力に自信を持っていますので、「リフティング」を採用しています。


【続】ビルディングとリフティングの違い
リフティングとムービングを考える(これで納得!さらなる補足を)

動きの生産性とは、動きの質に対する労力のこと。
生産性が高い、ということは、労力が少なくして、動きの質がいい、ということ。
うちは、生産性の高い動きを「ウエイトトレーニング」で発掘でき、日常までは反映させるもの。
副産物として、そう動いたとおりの「ストレスフリーなすばらしいコンディション」「整った身体」が叶うもの。

その動きの源は、、、
不安や不信からからだじゅうを意識させる自己評価の低い行動や気持ちではなく、
それは「叶うものだ」と意思を掲げた自己評価の高い行動や気持ち。


[広告 ] VPS


[広告 ] VPS

これは、私が読んだ「ディズニーのサービスの神様が教えてくえたこと」のうちのひとつの物語のある一場面。そこには自分も感動したし、勉強にもなったし、大切なものを思い出せたのです。

内容はかなり端折りますが、ディズニーのあるキャストが接客で過ちを犯し、そのお客様(ご家族)は横浜で小さな定食屋を経営する店主。そのキャストは休日にそのお店に行く。そこである若い男性客が食い逃げを。すぐさま店主が彼を捕まえ、店内へ。叱責し事情を聞く。仕事が見つからず、食事も充分ではなかった、とのこと。

店主は彼に、「おれのメシ、うまかったか???」彼はこくんとうなずく。その後の店主の言葉でした。
「仕事が見つかったときに、また食いに来い!今日の分は、そのときまでツケといてやる!」
彼はお辞儀をし、店を出て行ったのですが、居たキャストが店主に問います。それでいいのか、と。

店主はキャストに軽く叱責して、こう切り出します。
「たしかに悪知恵を働かせる奴もいるかもしれないが、この店に入った奴は俺の客だ。今日の客は、未来の常連なんだよ。それに商売ってのは、信頼関係を築いてこそ成り立つんだ」

キャストの「じゃあ、、、二度と来なかったら」との問いにも、
店主「来るまで待つさ!待ってる間は『来なかった』ということにならないだろう???」

・・・・・

読むたびにいつも感じますが、カタチのサービスではなく、ほんとうの意味で愛がある、温かい、そういう大きなもの。疑いで人を裁くのではなく、かといって同情でもない。ほんとうの意味でのサービスや信頼関係。それを支える信念やポリシー。またひとつ自分を振り返り、ますます自分も「褒める指導」「促す指導」「信じる接客」をしていきたいとモチベーションを引き上げています。


久々に、けんだま動画です。文字で説明するより、見たほうが伝わるので、アップしました。
動画は「とめけん」ですが、簡単に行うコツと簡単に失敗するコツがあると感じています。
(注:私はその道のプロではありません)

糸がぴーんと一定の張り具合が持続して上がり下がりするわけですが、
あるところまで上がったら、それ以上球を上げるのではなく、「もぐること」。
これがうまく入るコツだと思っています。

ワンとツーでは糸の一定の緊張。スリーではそれ以上上げずにもぐっている感じ。
[広告 ] VPS



これをワン・ツー以上の挙げ方をしてしまうと、見事にバランスが乱れ、刺さりにくくなる点と、思ったよりもパワーが逃げてしまう点。スリーの動作を100として、ワン・ツーを50とするならば、むしろ努力は50なのに、200ぐらいが叶っているニュアンスです。

ワンとツーは、普通のウエイトトレーニング。スリーが、ウエイトリフティング種目になります。
上記とまったく同じメカニズムです。50の労力で200ぐらいが叶うニュアンスです。
(これを100の努力や100以上のことをやれば、乱れた力みになるというニュアンス)

スリーでは見た目はややワン・ツー以上の上がり方になっていますが、主観では上げてないんです。
[広告 ] VPS



余談ですが、、、

半分の労力で2倍以上の成果。
むしろ100の労力を使ったほうがかえって、、、、、、(割愛)、、、、、
こういったことはほかでもあるような気がしませんか???

先の記事にて歩く走る際のキックのことも含め。