2017.01.19 仮面
多種多様ですが、一概にいうマナーの悪い人や不快を感じさせる人。
故意ではない場合も含め、彼らを見てふと感じたこと。
以前はKY(ケーワイ/空気読まない)という言葉が流行ったが、



自分が思うこと。






彼らは、、、



周りが見えてないのではない。



自分が見えてないんだ。





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このような質問をされたときだったり、
このような質問にたいする答えを書籍のタイトルなどで見かけたときです。
その、このような質問とは、、、、



じゃあ、、、どうすればいいんですか???



ブログのトップページでも申したように、
「そういう気持ちが、そういう行動になる」のです。

指導中は、私は基本、「たったひとつの答え」は申さない方針です。
ひとつの答えにたいし、多角的多面的に答えます。
選択するのは「本人」ですから。

また、「基本はこうかもしれませんが、、、私はこう感じます」という答え方をします。
これも同様の意志です。

「いろいろありますが、これは効果が高いかもしれませんね」
「じゃあ、、、それでやります!!」
私も言葉を失った瞬間でした。
判断せず、吟味もせず、「どうすれば。。。」さえが解決すればいいその気持ちを感じたから。



ブログでは方法論ではなく、「どういう気持ちで」を述べ続けています。
ホームページのほうは、多少のカタチは残しつつ、それでも「気持ちの部分」を謳ってます。
そのなかに「内容」も含まれるでしょうし、
「何かが違う」「豊かなあり方」が伝わる。カタチじゃない。

でもそれでも「じゃあ、何をするのですか???」「じゃあどうすればいいのですか???」



ダイエットひとつとってもそうです。私は太りにくく、代謝も高い。たくさん食べています。でも体型が変わりません。むしろ軸が立って、まっすぐ整ってきています。ただ、、、食べる上での「気持ち」という部分は謳ってきたつもりです。おいしい、と罪悪感なしに食べている。味わっている。感じている。その結果として、味わえるものを基本に食べている。旬なものだったりもします。炭水化物だって必須です。含水炭素という別名を持つ必須なもののはずです。でも執着でそうしてるのではなく、はめを外すときだってあります。でもまた元に戻っている。

それで出た質問が、「どういう秘訣が・・・」

私はためしにやってみた玄米食がおもいのほかはまり、おいしいし、便通も激変した。
身体が喜んでいるんだ、と思えたし、かといって、玄米も合わない人もいます。
だから、お薦めした覚えはありません。

その状況で出たコメントが、「武田さん推奨の玄米食ですが、、、」という冒頭。。。



「これをやれば運が上がるよ」とトイレ掃除をやるようなものです。
でもそれを「嫌々」だったり「仕方なく」だったりすれば、
やればやるほど運が悪くなるトレーニングをしてるようなものではないでしょうか。




「じゃあ、どうすればいいのですか???」
「こうすればいいです」



それに満足してしまうぐらい、自分を持ってないということです。
理由は簡単。先日申したように、、、
「自分(の心)が変わろうとしないから」「誰かが変えてくれる、と思ってるから」

だから、、、責任の範囲を超えて「じゃあ、どうすれば」になるのです。
どうすれば、、、ではなく、その気持ちを変えることだと。
気持ちの持ち方やあり方などを変えること。自分で、感じることだ、と。



その気持ちに沿った行動のひとつを、、、私はお届けしてるまでです。
その行動のひとつによって、、、多くの方が結果を出されたのです。




できた人ほど、感じ方を大事にし、カタチじゃなく感覚や感情を大事にします。
いい頑張り方とは、どういうあり方をいうのか???
我慢して、思考して、、、「点」と「点」をつなぐ「でっちあげの工夫」をすることではなく、



その気持ちに沿った行動だけで、、、、
“パタパタパタ、、、”と将棋倒し”のごとく




できる人ほどそうなりますし、うちは、そういうことを目指しています。
目指したのではなく、私の意志でそれを選んだ。

ここまで説明しても尚、、、
「じゃあどうすればいいのですか???」
私にも手に負えません。



たしかに先日、「一期一会を大事に」とは申しました。
傷つくのは、未熟だから???
違います。「一期一会を大事にしてるから・・・・」感情がストレートなのです。

嬉しかったりしたときはほんとうに嬉しいし、
傷ついたときはほんとうに悲しいのです。
でもそう「心に寄り添って、いたわってあげる」から、我慢しないから、自分を大事にできる。
自分のことを肯定してあげてる。自分の価値も、引き上げている。




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強さの意味
先日にもこれについては述べました。そういう気持ちで取り組むことが、強さを育むと思います。
今日は、これをもっと具体的かつ端的にします。

力みのないその調和が強さです。でももっともっと具体的に述べたい。
調和ってどういうこと。なぜ調和が強さなの???

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私が感じる強さとは、、、ひとことで、、、




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もちろん、、、やる続けることは、大事ですよ。
その上での話です。
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感覚や感情をバカにしないで欲しい。
そういうのを捨ててしまうシステムが、人が悲鳴をあげる原因だからだ。
そもそもそういうシステム化では、速度が遅い。
いちいちカタチを待たなければ動けないからだ。

常識で判断すればわかることも、データーを待たなければいけない。

それまでの時間帯は、ずっと、人は悲鳴にさらされる。

もっとひどいのは、そのシステムはほぼ「思考」から作られることだ。
目的のためには手段を選ばない。売れるものなら、どんなものでもどんな手段でも売る。
そこまでしなければいいけないぐらい、だったら、なぜ襟を正さないのか???
目先の利益、少々の我慢、、、それはいったい、いつまで続くのか???

そもそも、思考に縛られてしまえば、「何が、襟を正すことなのか」という判断さえもできなくなる。
感じられないからだ。感づかないからだ。当たり前のことなのに。
そうやって、「思考」というものさしでしか判断できなくなる。暴走列車です。これでは。

ただ、世の中は変わらない。
でもせめて自分だけは、
今の声を聞こう。今の情報を感じよう。運動やトレーニングではとくに。

そして、良い声だけじゃなく、悪い声にも耳を傾けるべきだ。
でもそれは、、、ほんとうは、良いも悪いもない。程度の問題。
純粋な心の声なら、、、大いに受け容れよう。




理解してもらえないのが、私は悲しかったんだ
期待したことが裏切られたので、むなしくなっているんだ
居場所がない気がして、つらかったんだ




世間には期待してはいない。
仮に環境を変えても、同じような境遇になる、ともいうし。
ただ、、、自分の感覚や感情を大事にしたほうがいい、とだけはいえる。

そして、、、そういう世界を作っていきたい。
自分の取り巻く環境だけは、感性豊かな透明な世界でありたい。
運動(俺のトレーニング)を通じて。。。





尾崎豊  卒業




2016.10.04 無責任
おいしいものには、脂肪と糖が含まれる。。。

そうやって、脂肪や糖を毛嫌いする。脂肪や糖が悪者扱いされる。
でも、太ってなかったり健康だったりしたころは、
「毛嫌いせずに、何でも食べなさい!」
なんて言ってなかったっけ???そういう気がしたりしましたけど。。。

そういうのって、「食」にたいする冒涜でしょう???

自分の立場でころころ考えが変わる奴のいうことは、信用しない。



何かのCMで「前だけ向いてたらいいんだよ」みたいなせりフで若者を諭したら、
「それって、無責任だと思います」
という若者。

その若者こそ無責任だということです。

まるで聞き分けの悪い中高年と一緒でしょう???
今に集中しようとせず、今に責任を持とうとしてないんですから。そういう聞き分けの悪さ。
これこそ無責任だ。

結局、リスクマネジメントやらたとえでいうお役所仕事みたいになって、人生を「流す」。
「じゃあ、お前は、何がしたいんだ!!どうしたいんだ!!」
っていうのがないんだ。人生を流すほうが、無責任だ。




前の記事か二つ前か忘れたが、
食事をただ単に腹を満たすだけで終わるような、
ペットや家畜のえさ同然みたいになるのって、、、人として間違ってる。

せめて、、、味わって、語れるぐらいでないと。
それは、できる人間として、最低限、必要なことだと思う。
味覚を楽しむ、というか。何も食材のうんちくはいらない。とってつけたような栄養学もいらない。

食べて、、、どう感じたか???

脂の乗り具合でもいい。
コクや苦味や旨みでもいい。受けつけ具合でもいい。
旬ならではの、、、(待ってました、この感じ!)でもいい。
買った場所(スーパーなのか八百屋や肉屋や百貨店なのか)によって味が違う、とかでもいい。

我々は、、、家畜ではないのですから!!



それと同様で、、、トレーニングもそう。

何が目的でやってるのかわからないような追い込み方で長時間の追い込み(?)
トレンドで真似事で。。。
マニュアルどおり。ガイドラインに「右向け右」。

やる気や本気さ、まじめさ、ひたむきさを、私には感じとれないのです。

本気で変わる気あるのか!!って思います。




ばかばかしくて、まじめな奴ほどバカを見る。
呆れてしまうから。
でも、、、それでも、、、信じているんです!!

まじめだから、、、成功してきたわけだし!!

まじめな奴ほど、、、成功するんです!!

だって、、、素直だし、、、素直だからこそ、ちゃんと感じられるから!!




でも、片マジメではないのよ。。。
これって、、、ひたむきさに欠ける依存ってことでしょうから。
こういうのが私には、むなしくも悲しくも感じてしまうのです。




「頭では理解はできるんですが。。。(体では・・・・・)」という声。



ずばりいいます!!



「頭でも絶対わかっていません!!」



いえ、、、「理解の手順の時点で間違っている」



・・・



話を聴くだけだから、わからないんです。



話を聴きながら、、、体で身振り手振りなど、しましたか???
模倣動作とか、やりましたか???
重さがあるものだとして、、、それを疑似体験というか振りなり何なりしましたか???



そういう人に限って、身体が動いてないんです!!
動く前に、、、思考してしまうんです。



それだけではありません。
関節が圧縮される、牽引される。この感触ですよ。。。って。
それだけで、、、、「難しいですね」とか言うのは、感じることをせずに、頭で整理しようとするから。

体のその感触だけで「止めておけばいい」のです。
それをやるだけでいいのです。
なかには「これってどういう意味があるんですか???」という始末。



運動って、、、頭が入る前に、先に体で感じて・・・・・でしょう。。。
「体で感じたこと」・・・・そこで止めておくぐらいでもいいぐらいです。
どうすれば、動きやすく、負担も少なかったか。。。その「どうすれば」をやればいいだけなのです。



判断は、、、あとから自然とついてきます。



すぐに「カタチ」に走ったり、



だから、、、「頭でわかるけど、体では・・・・・」になるのです。



もちろん、、、急に100%できなくても、ぜんぜんいい!!
そういうものです!!
でも、、、1%はできているのですから!!

ようは、、、、全身で感じてさえいれば、、、動けてなくても、1%以上は成功しています。
99%の失敗を見てしまうから、、、悲観的になるのです。
1%の成功は、100%の成功と変わりないのです。

でも99%の失敗を見るのは、頭の判断でしかない。
そういう人は、仮に99%成功しても、1%の失敗を見てしまうことでしょう。
しかも、その1%を、あたかの100%の失敗をしたかのようになるわけですから。。。。

できる・できない・・・・ではなく、、、、、ますは感じるかどうかです。

その1%の成功を大事にして欲しいと思いますし、
私もその1%の成功である「感じること」「受けること」いえ、、、「感じようとしたこと」「実践したこと」
そこを大事にしています。

「褒める指導」がモットーですから!!



参考図書:石原加受子 「いいこと」ばかりが起こる幸せの6ステップ




2016.08.02 アンチ優等生



優等生に限って、、、模範解答を求める。。。残念だ。。。



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キザな奴が多いから、


疲れるんです!!


中身がないから、、、飾り立てる。外見やらおしゃべりやらで。
感じられないから、、、、考えてカタチやシステムでごまかす。理論武装。長いものに巻かれる。
こういうのを、、、、キザっていうんです。


こうやって、、、不完全な大人ができあがり、
美しいランドもバカにしたりする。
できてもないのにわかった気になったキザが生まれる。


薦めてきた奴も以前はいたが、
間違っても俺は、、、キザにはならない!!


腐らず、自分でいよう。



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