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武田 明人(たけだ あきひと)

1973年9月17日生まれ O型
独自の動作法を提唱。持論でありながら誰もが持つ自然体、
つまり実践者(お客様)をご自分で気づかせて発見していただくことをコーチングとしている。



私はもともと今のような「がんばらない」「自然体」「やさしい」「ほっこり」・・・そういう手法ではありませんでした。かつてはガンバリズム。歯を食いしばって、筋肉をいかに苛め抜くか、そういう人だったんです。

ここでは、表向けのきれいなプロフィールではなく、
もっとこう、、、ぐだぐだで、ドロドロで、バカだったなあと振り返れる、
そんなプラスにもマイナスにもリアルなプロフィールを綴っています。

年表みたいなきれいなものじゃなく、
武田トレーニングが武田トレーニングになった「ストーリーとして」
力を抜いてごらんいただきたいと思います。






幼少より奇才なところがあり、普通でおさまらない個性を持つが、自身は単に「流されず、自分らしく、天然で」。天然ゆえの愛され方も持つが、流されない自分もしっかり持つ。

高校では陸上を始めるも、人間関係や伸び悩みで退部。どうせなら大学進学で運動を学びたい、と当時から「運動の総合力」「〇〇バカからの脱却」を求めていた。(〇〇にはたとえば野球、陸上、などスポーツ名が入る)

高校3年の時に開催された東京世界陸上で見た海外トップ選手の「体の動き」。ジュニアで終わらない成長。ジュニア時にはさまざまなスポーツをしてる、など、世界トップレベルの選手に見た「動き」。何かが違う。それが私を突き動かした原点です。

運動、というマクロを知りたい。

しかし、大学受験は失敗。。。親の紹介で信用組合へ入社。夢とは真逆の生活。しかし独学で学びは続けており、今とははるかに小規模ながらも自宅でトレーニングも。しかし大学で学べなかったことを、どうしても取り返したい、その思いで、4年後。。。

1997年 某フィットネスクラブでアルバイトから、私の指導者人生が始まります。学びながら収入も得られ、ジムを利用放題の特典。さまざまな情報共有。水を得た魚のような充実した日々。しかし、、、

たしかに学びはしたものの、自分のほんとうの望みであった「動き方」は、知識が増えるばかりで、どこかつながっておらず、自身も当時、パワーに頼って動いていたこと。出力を高める方法ばかり得て、出力は出たはずが、数値は高まったが、、、実用性が足りない。。。

治療院に通った時期もあったが、パワーに頼らない手法を知りましたが、どこか「操作法」「覚えなければいけない」「数日後にはまた硬くなってしまう」などの問題。 体のしくみについては学べたものの、前進と後退を繰り返す日々。強化をオンと考え、コンディショニングをオフと考えていた当時の未熟な自身。つまり強化とコンディショニングとを別々に考えていた未熟な自身。

2003年ごろでした。じつは当時、力みも限界で飽和状態だったのか、重いスクワット、しゃがみの際には立ちくらみが襲い掛かり、スクワットを中断する、という危機状況だったのです。それぐらいもう限界に来ていたのでしょう。今考えれば考えられない事実ですが、当時はそうだったのです。限界という限界、、、八方ふさがりなのか。。。

見るに見兼ねた神様がそっとささやいてくれたのか。。。
ふと天から舞い降りた瞬間、ってありますよね。。。
それが私にも起きたのでした。



「じゃあ、、、力、入れずに、やってみたら。。。。」



普通に考えたら、ありえない選択。力を入れずしてどうして重りを動かせるのか。どうして体を守るのか。しかしこれは一大決心だったのです。そこで、まずは、できるところから試してみたんです。

そこで、いちばん簡単なアームカールを選択。するとどうなったか。。。すっごく二頭筋だけに効いてしまったのです。効き方がかつて味わった以上だったので、やめてストレッチをしたのです。(そう、、、当時の固い頭では、オン・オフでしか考えてなかったのです)。するとどうだったか。。。。

あれ???あれだけいじめたはずの二頭筋、、、やわらかくなってる!!

これはマシンでのチェストプレスでも同様のことが起こりました。大胸筋にも同じことが起きたのです。こうして最終的に、スクワットなどの全身運動につなげていきました。でもまだ当時は「力を入れない」だけしかわかっていませんでした。まだ理論で頭の硬い自分は残っていて、その硬い頭ではじき出した理論が、、、三本足理論。2004年にアイアンマンという雑誌に連載されたのです。

その当時では、力を入れると連動が悪くなること、固めないことで連動するという部分はわかっていたのですが、中心から末端へ、という硬い頭は健在で、自分から操作して体の使い方を考えていました。これでもかなりの「引き算」だったのですが、、、

2006年からブログを始め、パワーリフティングを始めたこと。重さ、というものへの向き合い方。そして自身が天然児。これまでさまざまなことを学び、吸収してきたほぼすべてを「引き算する」決断に至ったのです。三本足理論も含め。。。

力を入れないことで動きが的確になり、しかもコンディショニングにさえなった。オンの中にオフを見つけ、オフの中にもオンがある。そこまで気づきだした。しかし、結局それは、その大元は、何だったのか???

そうして消去法で引き算して引き算して消して消して、、、と自然に還れた結果、あれもこれも消していった結果、、、力を抜いて抜いて抜いていった結果、、、ものすごく大きな何かをつかんだのでした。

言い換えれば、、、

「体の使い方じゃないんだ」
「成功は、用意されてるんだ」
「力みが、それを拒んでいただけだったんだ」


これまでつけていた余計な動きをなくすことが大事で、
今までは知識を駆使し「別の動き」を足して「余計なものを」消そうとしていた。
つまり、余計な動きは消えても、別の余計な動きが加算されていた。。。


「奇跡のりんご」という書籍はご存じでしょうか。無農薬のりんご畑で有名な木村さんが、農薬に代わるものを求めたが一向にうまくいかず、最終的には山の土をヒントに、荒れ放題のリンゴ畑にしたことで、苦労はたくさんあったが大成功した。本が発売されて10年以上のちにその書籍を初めて読んで知ったことですが、自分も似たような経緯だった、ということ。

自然物から自然を学ぶ。自然の普遍さを学ぶ。
そう、子供のまま大人になれた人こそトップアスリートじゃないだろうか。
しかもその自然物を扱う西洋的なウエイトトレーニングに、東洋的な神秘がある。

こうして、温かい、ホワイトなトレーニングができたのでした。




長くなりましたが、おそらくうちの手法は、ほかにはない。これまでさまざまなアスリート、主婦、中高年から若い方、そして専門家(治療院の治療家や武道雑誌の編集者など)などを見させていただいたのですが、皆さん一様に、、、

「これは初めてだ」「こんなの初めてだ」

とおっしゃいます。変わったことを求めたのではなく、まっすぐ本質をおいかけた情熱が、自分をここまでにしてくれたのです。押してダメなら、引いてみた。始まりはそこでした。そして常識に縛られず、知識に縛られず、引き算していった勇気が、現在の自分を築いてくれました。

体のしくみについての情報があふれます。
「しかしそれだけ機能があって機能的なのだから、任せて大丈夫」
という「任せて大丈夫、な体」っていうのが、ほんとうの答えではないでしょうか。。。

こういうことを、、、
ファンタジックに味わうこと。味わえてしまえること。
それが、、、武田パーソナルのホワイトなワークアウトです。

いくつも失敗を重ねてきたグダグダだった20年近いその経歴は、
ホワイトへ導くための伏線だったのかもしれません。。。
こういう世界に出会えた自分は、「運がいい」。

だから指導者としても、自然体ホワイト優雅でハッピーなものを届けたい。



繰り返します!



先に、幸せで満たされてることに気づくこと!

幸せになろう!満たされよう!としてあれもこれも足すのではないのです。
これではどこまでいっても幸せや満足は、ありません。
そういうのが世間のやり方!

うちは、引き算をして引き算をして、、、
子供に還るのです。素顔に戻るのです!
そして
本来の「すばらしかった自分」を「思い出す」
のです!!




だから、、、



力を抜け!!




そういうワークアウトになっていったのです!!


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