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2019.01.07 大雑把理論
天然なトレーナーの(動作に関する)見解です。



究極のことをいいますと、、、



解剖学に走って情報収集するんじゃなく、
動きには原因と結果があるのですから。
結果でそうなることを、みすみす自分から原因とみなして動くというポカになるから。



じゃあ、言いますね。。。



心のなかに、自然な落下を
心と体に、落下感覚を




それさえあれば、少々動きが乱れても、ぜんぜんいけてるというか、
乱れも少ないし、固まってないし、っておうか。。。。




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でも、その落下の心や落下感覚って、
頭ではわかっても???じゃないですか???
それだけ、秀才というかよろいを着まくってますからね。。。



だから、刻むんです。
その落下の心と落下感覚を。。。。
とっても単純。。。原始的。。。天然ほっこり自然体!!

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らくらく。。。るんるん。。。90kgでしたけど。。。
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あまりに頑張った感がないでしょう。。。
努力や苦労の痕跡さえ、ないでしょう。。。
でも、、、これでいいんです!!

いいえ、、、これが、いいんです!!



サボり症(笑)のため、一度しか跳びません。。。瞬き厳禁(笑)
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簡単そうな立ち幅跳びは、一気に枠外へ
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運動のセンスがあってもなくても、どっちでもいいんです。
ない人が、あるようにしようと「努力」はいらないし、
ある人が、ないようにしようと「規制」はいらないんだ。

ただ、
ない人は、なくたっていいんだ、と肯定すること。
ある人は、もう十分あるから、とこれ以上求めないこと。

すると、、、

一段高い何かに、、、

出会えるかもしれないよ!!



なんてことを、うちの指導では、しています。


以前の動画で気に入ったものをチョイス。

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メカニズムをいいますね。。。



・・・・・・・・・・



おおおおお!!



いえ、まだ何も言ってません。。。。って吉本のフリが入りました。。。



はい、仕切りなおし!!メカニズムは???



・・・・・



重さを、、、受けただけ!!



身体も動作も、ほったらかしにしただけ。



・・・・・・・・・



しんどいことは、、、不自然なこと。



それが、、、正解なんだという結論。



メカ二ズムは、あとから理論としてわかればいいぐらいの感じで、
むしろすべては、、、結果論というか、できるためには、知らないほうがいい。
知ってしまうと、、、余計な思考がおきてしまい、、、単純なものがややこしくなってしまう。



足裏にはセンサーがある説(?)
力や動きの連動の細かい話(?)



そういうのは、結局、、、余計なすねた動き、ようは力み。
それをとっていけば、、、案外たどり着き安かったりしないでしょうか。。。



ようは、、、人が自然に近づけば、、、解決するような。。。



その自然物である重りを扱うウエイトトレーニング。



それを力むとか科学的やらっで不自然な動かし方をしてしまうことに
個人的にはもやっとしていて、
正論を問うわけじゃないけど、、、きついなら、ややこしいなら、、、おかしいって俺は思う。



なんて俺も、、、今年はいっぱい迷いまくったけどね。。。
つい最近もね。。。
でも思った。。。もういいや~って。。。これで、もういいや~って。。。


2018.11.06 重さになる
結論から言います。

動きの極意(?)は、

重さになること。




簡単そうな立ち幅跳びは、一気に枠外へ
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けらないキックが信条です。
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言い換えば、


落ちること。


・・・


今年は本当に、検証の年だったと振り返ります。
もともとできていたはずだったのに、「もっとあるんじゃないか」というなんというか。。。
それでいろいろやってみました。たしかに手ごたえはありました。

でも、終わってみれば、、、、

このことに気づかされるんです。

それは、、、




本来あるべき連動ってあるわけだから、
こっちからそれを起こしてしまうと、
本来あったものが、削がれる。




情報は、丁寧に扱わないといけない、とほんとうに気づかされます。
それだけで「それがすべて」としてしまうのは、とてもリスクがある。
多面的に複数の情報を見たり、客観的に感じたり、そういう能力。

動きでいうならば、、、

私の動作に科学的根拠はありませんが、
自分から連動を起こすことで、
足とかお腹とか、体のどこか一部分がしんどい、というのは、疑問だ、ということ。

そして、、、

それらを一切取っ払って、自然になって、落ちてしまうことで、
あっけなく動けたとき、
どこも、体のどの箇所も、しんどくないのです!!




これが、この道のプロとして、検証した結果です。
感じ方や直観は、すごく大事で、大いなるメッセージも込められている。
自分は先に、この直観がさえていて、今までやってきたんだと思う。

でも、結局それは、間違いではなかった、ということ。

振り返れば、数年前、高校の同級生と忘年会。
そのひとりは新体操で中学から大学まで。ばりばりの選手でした。
その彼に、帰りのタクシーのなか、あえて窯をかけるような質問をした。

俺「体幹って、大事なん???」
彼「ううん、、、、(考え込むような顔)。それより、、、重さ、かな。。。。」

当時、体幹トレーニングを希望する女性アスリートがいて、
私は真摯にお断りしたのですが、
動けてるけど、力みがあって、変な感じでした。

その彼女に、先ほどの新体操の彼とのこの話をしたところ、
説得になるかと思うも、さらに反感を買いました(笑)。笑える思い出です♪



また機会があれば、新しい屋外動画も検討中。
ウエイトやる理由って、、、
筋力をどうこうするんじゃなく、



重さになるため!!



ですからね。。。



俺の言葉でいう「落ちる」ため、ということ。
ただ、、、重さになる、落ちる、そういう実践感覚は、うちで磨いてください。



繰り返しになりますが、
情報処理は単純ではありませんからね!


2018.10.09 O型論と幼児化
先日大山公園の日本庭園に行けば、蚊にいっぱいかまれてしまい、
暑かったせいか、蚊もいてたんでしょう。
蚊にかまれるたびに、思うこと。。。


O型やからな。。。


なぜO型が蚊にかまれやすいのかは不明ですが、
そこではなく、O型っていちばん原始的な血液型といわれるそう。
O型という原種があって、派生してほかの血液型が誕生したのだか???


私がこのように、自然な動き、最先端じゃなく原始的、といったものを好んだり、といったことも、
実際は力みまくったあげく、疑問を投げかけたところから始まったのですが、
じつは、じつは、、、もとをただせば、、、



O型という資質が、そうさせていたのかもしれません。。。



幼児化された体の使い方でちゅよ。。。
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機械的に「筋力値」を操作するんじゃなく、「力を入れず」に「あるがまま」に。
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かつての時代に比べれば、ゆとりが見直され、
たしかに、頑張るよりも楽しむことが見直されています。
それでも、まだまだ硬い時代じゃないかとも思います。

私も振り返れば、好きな仕事内容だから、若いころは、いっぱい勉強しました。
いっぱい鍛えまくりました。いっぱい力をつけました。筋肉も意図的につけました。
でも、破たんをきたすことが「できた」。

原始的だから、がむしゃらだった。
でも、
原始的だから、古いもの、なかったときのことが恋しくなった。


実際に、ロジックを超えた域にたどりつけたし、
成長を止めたことで、壁を越えて成長できた。


これは何かで知った話。
どの血液型も、年を取れば、O型に戻る???
本当かどうかはわかりませんが、そうであっても不思議ではない気もしています。

何がいいたいか、、、ようは、だれでもいけますよ、って話。
あとは、本人の気持ちだけだよ、って話。


尚、今から触れる話は、初心者や一般。健康志向の方は、スルーしてください。
うちは、アスリート向けと一般向けで内容は変えています。
ベースとなる部分は同じですが、少し区分化しています。

その区分化のひとつが、瞬発力養成を取り入れるか否か。です。

でも、一般向けでも、瞬発力を養成してなくても、普通に向上してたりもします。
もちろん、養成したほうが、なんというか、、、
「瞬発力の、品質が、よくなる」



さて、、、瞬発力っていうだけで、どのようなイメージがあるでしょうか。



すいません、そこはあえてスルーして、私の考えを述べます。



じゃあ、、、いいますね。。。



瞬発力の作り方。。。。



・・・・



・・・



タイミングだけじゃないでしょうか。



時計の針が、6時にくるその瞬間が大事で、
あとは関係ない感じ。
そのタイミングだけです。

かつてはその前後のながれを重視してましたが、
今は、6時の瞬間だけです。
(厳密には、時刻の6時をさした状態じゃなく、30秒のとき、秒針が「6」に来た瞬間です)



これは、自転車をこぐときはわかりやすく、この瞬間に「当てる感覚」
走るときも、そう。あるくときもなんとなく。
自然落下を大いに肯定し、脱力する。自然と当たる。

そう、、、いっとき、新式動作と触れたその動作がそう。
今一度、これを見直している途上です。
おさらいします。

まずは、自重運動(腕立て伏せ・スクワット)から。旧式は、こんなふうに、ふわふわと。

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で、「新式」は、こういうふうに、キレます。

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切れる、だけじゃなく、
落下時には、、、
じつは旧式のときよりも、もう一段「脱力」と「信頼」ができてる。
「信頼」というか「委託」というか。任せられている。信じられている。


では今度は、バーベル運動なら。。。なじみの旧式は、やわらかい。
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新式は、、、、、、跳ね返「る」
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4か月ぐらい前の動画で、まだやりはじめなので、この動画には、硬さがあったけど、
もう少し信頼していれば、落下時や6時に当たる時はもっとやわらかくできたんだと思います。
切り返すんじゃなく、勝手に6時にあたって自然と。。。でしょうか。

たとえば同じ運動効果がでたとして。競技能力だとしてもいい。
・片や重たい重量で鍛えまくって
・片や軽めの重量でほこほこルンルンに
どっちのほうが価値があると思いますか???

それでも前者だという方は、それでもかまいません。でも疲れませんか???いつも不安との戦いです。だってそもそもが、「がんばらなければ、の裏側に、だめな自分」となってると感じるから。。。

さっきのダイエットの話とつながりますが、、、同じように結果が出てる人。
・片や食事制限・カロリーコントロールを徹底的に
・片や好きなように、好きなだけ食べて

でも日本人気質のせいなのか、苦労がなければ許せない、みたいな思考。


軽めの見本です。
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軽めの見本ですが。。。
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「重い重量を求める=不安の結集」
私の解釈です。軽めであっても、「重いものができないとしても、ぜんぜん大丈夫」という根拠のない自信が大事ではないでしょうか。その勇気が大事ではないでしょうか。その勇気が持てずに、不安の一身で重いものを求める。これでは「弱いまま」ではないでしょうか。

私がやるパワーリフティングという競技でさえも、あくまで「試合のときだけあげればいい」のです。いっつもマックス(限界の重量)でやるわけではありません。普段は軽めで技術を練習します。重いものなんて、私なんかは大会3週前ぐらいから、です。でも練習で失敗した重量を、本番で挙げたりもします。それぐらい、普段の軽めの練習の時点で「信じてる」から

でもみなさんは、挙げるスポーツをやるわけじゃないからなおのこと、重量を挙げたいささかの安心感よりも、挙げないでも大丈夫、という強い自信が大事。そもそも、トレーニングたるもの、誰かと競うものじゃないんです。

大事なのは、、、これで大丈夫!!という強い自己信頼にほかなりません。。。


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2018.09.14 アナログに
以前、こういう「バーを下へぶら下げる運動」では、かたくなに
「天井を向いた部位から落ちなさい」
「下へ引っ張られるんじゃなく、上からつぶされなさい」
と指導してきた。
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今は、、、、


「下へ素直に、、、引っ張られて、、、いいんだよ」


って言ってます。


いいや、むしろ、このほうが正解。
以前は、天井を向いた部位に固執してた。
今は、、、そこを意識しないんだよ。スクワットでも。

でも結果的に、、、うまく動け、伝わるんです。しかもやわらかくまとまって。
主観客観とも。。。
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高い部部から落ちる。
そういう先入観があったのかもしれません。
今は、たとえば下り階段を走る際、、、



素直に、足から落下すれば、いいんじゃないかな。。。。



こういう運動も、素直にそこを。。。
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・・・



まるで自宅が、研究室みたいになってて(笑)
動画が取れるのがありがたい。
客観でも判断できますからね。

主観と客観を結びつけるのは、直線じゃだめで、
「どこに本質があるか」
そこを見極めることが重要かつ難解。。。

無心になって、余計なことをしないこと。それは最低限のこと。
まずはそこを求めます。
その上で、、、どう感じたか。感じ方の追求。それを客観で照らし合わせます。

客観に支配されて、かえってあれやこれやと余計な動きをしては本末転倒。
客観は、結果論だから、気楽な気持ちで。。。
と、まあ、家にバーベルがあるのは、ありがたいものです。

うちが行うのは、単純な筋力強化じゃなく、使えるからだへ改造すること。
じゃあ、、、使えるからだって、どういうことをいうんだろう。。。
どんなにすばらしいメニューや種目やメソッドだとしても、それを行う「本人の体の使い方」がなってないと、効果が半減します。「あれだけ筋力がついたのに。。。」とその種目や運動で発揮できても、実用性がないケース。あるいは怪我が絶えない、など。
どうしてそういうことになるのか???

答えは、、、ひとつ。。。



不自然だからです。



不自然な筋力をつけたからです。
不自然な動きを課せられたからです。



それ以外の何者でもありません。ですが、強化というのは、おおむね、そういった「不自然なもの」を「足そう足そう」としてしまいます。それ以前に、おおむね、それが不自然なものだと気づかないものでもあります。そして、「強くなった=どんどん不自然になっていくこと」。それがまるで勲章のようになる。そうならないといけない、と思う。思わされる。

ではその不自然を、もう少し紐解きましょう。

不自然というよりも、むしろ、「自然に打ち勝つ能力」を求めてるんじゃないか、と。「負荷に打ち勝つ」そのための筋力。そのための操作法や体への意識。打ち勝たなければ、負けて滅ぼされる。だから、強くしよう。。。
でも、結局それで、筋肉が硬くなり、動きも硬くなり、一時的に便宜上強くはなっても、いずれは自然の力にやられてしまうわけなんです。それでまた、便宜上のストレッチをする。コンディショニングプログラムをやる。



そういういたちごっこを、やめませんか???



それがうちの取り組みです。うちがやる「体の使い方」とは、いわば「足し算」じゃなく、「引き算」。新しい不自然な動きを足すんじゃなく、これまでやってきたその余計な動かし方を、消す。それが、可能なんです!!

おもりという自然物は、何も語ってはくれません。しかし、われわれに、こういうことを言及してるとは思うのです。「逆らえば、逆らうほど、自然から遠ざかって、無理がたたるよ」「逆らうんじゃなく、受け入れれば、いちばん快適だよ」

まるで農薬を使う使わないの農業みたいな話になってますが、でも一致するんです。他分野でも。われわれは、自然を支配して生きてるじゃんく、自然の一部として、生かされてる。体も借り物だし、ひとりで生きてるんじゃなく、周りによって生かされてる。

重りは、挙げることを考えるんじゃない。
受け止めること。
それができれば、基本の80%は、できたようなもの。

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重さを受け入れること。つまり、余計なことをしないこと。
ましてや「自分から、躍起になって、挙げよう!」としないこと。
脳から神経へと興奮させて、、、ではない、もっとやさしい動きを。

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でも、ほんとうの強さは、脳からのそういう興奮が高いこと、逆らう能力が高いことじゃなく、
自然を周囲を受け入れ、調和していくこと。余計な何かをしないこと。
結果的にしか残りえないもの、それだけを大事にすれば、、、

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筋力は不要、とは言ってません。しかし、その筋力というものを深く述べるなら、
負荷(自然)にたいし、逆らう出力になるんじゃなく、
自然を受け入れ、調和し、余計なことをしない結果、入力を大事にした結果、自然に出力されたもの。

だから、その出力は、力んでないし、筋力だけの力、ともいえない。ブレンドですね。
でもそれは、、、頭で考えて、作り出すものじゃなく。。。
そうやっていけば、どんどん体が、不自然なものを、吐き出していって、どんどん動きもよくなっていく。うちは、そうやって自動化されて、自然になっていくことを「動きの絶対音感」と呼んでいます。逆らえなくなっていくんです。どんどん動きが優雅になって、覚えなくてもそうなる。足すこと(力むこと・自然に逆らうこと)に違和感を覚えるんです。


こうして自動化されていくんです。
1回しか跳びません。瞬き厳禁(笑)
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2018.09.10 何でもあり
なお、私は、あくまで、トレーナーです。
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ただし、、、動き(体の使い方)を重視するトレーナーです。
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調和って、大事。。。。



それだけ。。。



いいえ、、、不調和が、、、いろんな症状を起こすんだと思います。



でも、、、難しくはありません。。。



ゆるめること。ぎゅっと縛ってた何かを、ゆるめること。。。



最初はそこからです。



ファンタジーな何かを楽しめれば、、、



変わっていくと思います。



運動って凝り固まらず、、、きつさに耐える、ってことじゃなく、、、



けんだまも、案外、重さがあるんですよ。。。



形式にこだわらず。。。



でも、これは、、、バーベルを扱うときも、まったく同じ。。。



やさしい心で向き合えば、、、



やさしい答えが、かえってくるんだということです。