2017.05.28 プラス思考
ウエイトトレーニングを行う目的は、さまざまです。
ですが、そのウエイトトレーニングをどう位置づけるか、
これは、すべての目的(達成)において、大切なことだと思います。

少なくとも、重りをやっつける、とか、ようは、相手を蹴落とす気持ち。
そういう気持ちではいけないんだと思いますし、けがなど自分に返ってくる気がします。
蹴落とさずして、動作はかなう。そういうポジティブなものを刻むこと。

自分が、目的を叶える。相手に左右されない。自分を信じる。

自分を、持つ。自分が、ある。

そういう気持ちが、先入観のない感覚を刻み、正しい情報収集になるのだと思います。

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自分がある。
これだけで、正しく何かを感じられ、
力を入れずに、動かせてしまうものなんです。

これを感じる、とかそういうのも捨て、ありのままを感じる。
でもそのためにも、自分が必要で、
「ありありと感じるのか、のほほんと感じるのか」では全然違うし、
「ありありと感じるのか、力みや義務感でがっちがちで感じない」では雲泥の差。

自分が、ある。

このためにも、リラックスが必要で、自分だけを残すぐらいの感じ。
だからこそ、ありありと感じ取れるんじゃないか、と。
だから、体をどう使うのか、という思考じゃなく、自分がそれをどう感じ取るか。
たったこれだけで、動きが調和し、体が作られていくんだと思います。

そう、一度は却下したこちらの内容も、
今振り返れば、正しかったということ。

ただこの当時は、少し動きが硬かった。でも、今は、あきらかに改善され、
とくに初心者において、効用がありました。デッドリフトで背中が丸くならなくなったり、
もちろん体幹を固めるという稚拙な話じゃなく、「力を入れずに整うさま」という意味です。



たしかにものごとの理解には、段階があります。

高い目線で見れば、低い目線の問題も、たいしたことがなく映るけど、
低い目線からだとそうはいかない。でもこれを排除してやろう、とするのが余計なお世話。
本人が成長しない。

だからこそ、目線を高める努力が大事になる。
敵を作らず、今の実感にわくわくすること。ちいさな「できた」を大事にすること。
できなくても、いい面を拾い上げること。自分を持って、相手を見ること。

重りを感じるにも、自分があってこそ、だと思います。
自分が中心で、重りがある。
そういう友好関係が、いい動きを築くのだと思います。

いい動きのときは、気分だって、いいもののはずです。
修行ではないんだと思います。

我慢や苦痛に耐える。打ち勝つ。そうではなく、イバラは避ける。
いばらだと感じる自分を見つめなおす。
イバラを作る自分に見合う現実が起きてるんだ、と見つめなおす。

自分があって、相手がある。
豊かな自分があって、相手がある。
それが、ウエイトトレーニングの動作であり、トレーニングで築かれるものであり、
すべての目的達成において、そういう気持ちが高まることが向上することなんだ、と思う。
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こちらは10年ぐらい前の動画たちです。
旧ブログ時代からのもので、そう、、、振り返れば、10年過ぎたんですね。。。
10年前よりは情報が盛んになり、体への意識も高まってきた時代だとは思います。

ですが、以下の動画をご覧いただき、
体の使い方、っていうイメージを、払拭できれば、と思います。


ふ~わふわ~♪
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ジャンプは、跳ぼうとしないもの。
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ほっこりジャンプで画面からはみ出す3mジャンプ!!
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何気にできてしまったこと。日常が変わって、日々変わって、、、あら、こんな感じ
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今でも肩甲骨は健在ですよ。でも「それ」ができる多くの人が、
肩や肩甲骨の可動域を広げたい、大きく動かしたい、と願ってそうなったと聞きます。
しかし私は、、、、そんな意識は全くなく、

気づいた時には、、、できていた!!

ブルース・リーの動画を見て、マネしたら、できたんですね。。。
じゃあ、、何が原因???
「余計な力が、抜けたから」「余計な意識が消えたから」



動画見て、体の使い方をあざ笑うわけじゃありませんが、
ほっこりするでしょう???
難しいものが、簡単に覚えるでしょう???
四角い頭が、、、まる~くなりませんか???

今でも思います。
体のどこかに意識が行くと、それだけで、動きがぎこちなくなります。
きっと、ありのままを感じ取れないからじゃないかな????

多くの「感じる」は、情報による予備知識を感じてる、つまり、考えてる。
今、感じるんじゃなく、過去の情報を感じてる。
体に関心がいくのは、いいことだと思いますが、

だから、任せていいんだ、という自己信頼。

重力を受ければ、体は浮上します。
それは、いま、感じることであって、情報として知るものではない。
重心とかそういうたぐいもそう。情報として凝り固まった芯では困ります。

むしろ、、、
自然にしてれば、
自然と芯ができて、体は気持ちいいぐらいにまっすぐになる。



体をどう使うのか、というノウハウに走るとき、
感じることがおろそかになる。
だって、、、結果ばかり求めて慌ててるから。。。

自動車にも道路交通にも安全な速度があるように、
それを犯すと、やはり、、、
安全運転が一番で、心にゆとりを持つことが、正しい情報収集になります。

そう、、、動画は、正しい情報収集をした結果なんですね。。。

正しい情報収集。



体の使い方とは、、、考えることや繕うことじゃなく、じゃなく、感じること。



リピーターの方にはおさらいの話。うちは、体幹の筋力で姿勢を作るのではありません。力や強制手段で姿勢を作るのではなく、重力との対話のなかで、自然とひきだされるもの。良い姿勢といえば、たとえば背筋がまっすぐで、百会から天に伸びるようで、肩はリラックス。肩甲骨も寄ってて。など。でもこれを、力で取ろうとしてしまうのではなく、重力との対話。より具体的には、、、おもりを正しく扱えた矢先には、結果、そうなってますよ。という話。

落下する重りを自分が感じ、自分が調和し、受け止めることで、自然と体の高い部分から浮いてくれるのです。バーを持つ腕は下方に行けども、体は天から浮き上がる。力で蹴りあがるように浮かすのではなく、不思議な力に誘導されて浮いていく感じ。動画には、べた付けスクワットも入れていて、これこそ、天から、らく~に、上がっていく。そういう浮上に、動きの機能を感じています。

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百会から浮かそうとして本当に体を動こうとすると、動きがぎこちなくなります。
でも、落下一辺倒で終わるわけでもない。
ハイヤーセルフじゃありませんが、そういう分野に当てはめてみても、
ごり押しで上げるのでは、執着が邪魔をしているでしょう。

姿勢は気持ちの表現でもあります。
猫背でうつむき加減の方に元気や明るさやはつらつさを感じないし、
姿勢がいいというだけでポジティブな感じに映ります。

でもだからといって、力でごり押しで姿勢を作ると、無理のあるポジティブになって、
ようは我慢いっぱいで余裕がないというか。
自己信頼というか、自分(の感受性)を頼りにしてて、素直に自然を受け入れていく。
大丈夫、良い姿勢になってしまうから。みたいに。。。

なんでもかんでも力で解決するのではなく、受け容れた実感を、その精度を、高めましょう。



トレーニングを続けていくと、普段でも、落下だけで終わらない感触になっていくのです。
動きの技術、というのでしょうか???姿勢にもそれは表れます。
スポーツにも技術はありますが、その底辺となるもの。

私は専門スポーツはわかりませんので、スポーツの技術は教えることができません。
しかしそれでも、トレーニングを受けた多くの方が、そのスポーツで結果を出しています。
底辺である「動きの技術」が大事なんだと思います。

そういえば、ウエイトリフティングの技術を私も少し導入して、クリーンの動きがよくなったことは触れました。ウエイトリフティングは競技スポーツ。その専門技術を少し聞いた(しかもまた聞き)だけなのに、案外すぐに(そこそこに)できてしまったのです。専門スポーツの技術は、動きの技術ありきで、それの補助という位置。それが今の私のとらえ方です。

うちは、、、その「動きの技術」という「底辺」かつ「マクロ」なものを引き出していっています。



まずはご案内から。

ホームページに日記というかブログのようなものも始めました。
ブログは専門的なものが多いですが、
こちらは「心のツボを刺激する」ようなものになってます。
こちらをクリック


もうひとつ、パーソナルトレーニングに新メニュー。その名も【エキスパートクラス】
競技者や指導者などが対象。通常クラス以上の質と内容。
内容も、より高度なものを求めます。徹底的にやります!!
効果などのリターンも大きいでしょう。

90分 15000円、割引はございません。

そのエキスパートクラスにちなんでの内容が今回。
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フロントスクワットに見る
「あそこまでしゃがんで、しゃがみきって、切り返さずに、立ち上がれる」
これは、、、筋力ではありません。技術です。

こういう技術は、とても高度で、多くが力んで脚力で蹴ってしまします。
でも、、、どんな高度なものでも、基礎があります。
【エキスパートクラス】ではそういう部分を求めます。

基礎が、基礎で、終わらない。

クリーンとかスナッチ、そういうたぐいも、力みじゃなく、技術を習得しましょう。
技術ありきの、筋力やパワーです。
そういう部分に妥協はしません。



基礎はこういうエクササイズにあります。
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余裕でしょう???おもりは決して「発泡スチロール」じゃありませんからね。。。笑
でもこういう馬鹿にしそうな運動でも、こうしてやれば、馬鹿にはできないでしょう???
この「おもり」が「発泡スチロール」に見えてしまう技術。

それが、さっきのフロントスクワットの技術です。

もっとも普通のスクワットもやりますよ。
でもあのスクワットで筋肉に負担がなく挙げられてこそ、本物です。
真似て、できるものじゃありません。

でも、、、基本を押さえれば、、、できるものなのです。



もっとも、、、ものごとには一方があれば、他方も存在し、
一方がなければ、他方も存在しない。そういう古来の考え方があります。
落下には、浮上が伴い、
浮上には、落下が伴う

沈んで、ぼてーっとなって広がるような心身の下がり方じゃなく、
気張って、焦って、テンパって高揚するでもなく、
あるんですよね。。。



宇宙的になるけど、自分って、この世の自分だけじゃないっていうか。
ハイヤーセルフ?だったかな???
空高いところに、無限の自分・神の自分がいる???

運気がよかったり、引き寄せ上手な人は、ハイヤーセルフとの連絡が良い、だとか。
だから、天に向かう姿勢ってのは、ポジティブで、、、幸運的で、、、
力を入れずに、天に向かう力ってのが、あるのかもしれないですね。。。



2017.04.16 宇宙的な発想
私の動きや動作の考え方は、ほかにはない、とよく言われます。
たしかに「体の使い方」に着目する人らは多いと思います。
しかし、私のように、西洋的なバーベル運動で動作を磨く、というのは、ないような気がします。

でも、、、宇宙的に考えれば、、、、すごく自然だと思ってます。
ここでは、私が知る限りの宇宙論を述べ、話を展開します。

無意識の領域って、すっごく大きく広大で、顕在意識は氷山の一角。
たとえていうならば、、、広大な海。
そう、、、無数の陸地じゃなく、広大な海だと考えましょう。

もらい泣き、とか、空気を感じて距離を置くとか、、、そういうのも無意識が感じることで、
共鳴とかいうらしいですが、
ようは、、、自分一人だけじゃなく、すべてがつながってる。広大な海のなかで。

運動でも、ようは、、、調和が乱れたときに、けがをしたり、うまくいかなかったりします。
共鳴などの反応は、調和を求めた無意識からのシグナル。
調和しない抗い足掻き我慢などは、そういう科学的発想は、そろそろ限界なんだ、ということ。

もっとも、我慢したり偽ったりしたら、その感情も相手に伝わるから、、、結果もね。。。。
これは不調和から。
かたちに従うだけ、指示待ち状態で、感じないのも、いま現代にかけてること。

さて、、、、あっちこっちに話が散らばりましたが、、、

思うんです。

我々は、、、調和機能を備えていて、、、それは、重力や時間のながれにたいしても。。。
不調和を起こすから、、、問題が起きるって。。。
そう、、、逆らってまで科学的にパワーを出しても、、、
ようは、、、打ち勝つ。抗う。

これはある意味不調和を自分から起こす。
だから結果、、、その悲鳴は無意識に刻まれる。

バーベル運動を、力んで筋力に頼って、筋力強化だけのためにする。
でもそれは、、、そうやってつけたものは、無意識が喜んでいるのか。。。
感情に問えばいいのです。無理してたら、、、喜んでいないってこと。

無意識からの情報なんです。感情は。

でもそれでバーベル運動が否定されるのは、、、残念だ。

バーベルを否定するということは、重力を否定することです。
その重力には時間のながれも伴います。
固めてバランスをとるんじゃなく、、、動的なながれを感じることじゃないかな。。。

その調和は、体が知っているはずで、
そういう動きを私は、多くの方に引き出してきた、そのお手伝いをしてきた。
我々は、、、調和を求めている。
支配被支配、ゼロか100か、じゃなく、中庸というか、

好きこそものの上手なれ。

そのとおりです。その好きには、我慢がないからです。
自分の感情に見合う行動ができてる。
調和なんですね。。。これも。。。だから、学習の仕方もうまいだろうし。

・・・

・・・

工夫をして、思考に走り、効率ばかり求め、考える。損得勘定に走る。
でもそれ以上に大事なことが抜け落ちていませんか???
今、私のブログを見た人は、きっとあなたが求めたもの、だったりしませんか。。。

私がこうして働く限り、

きっと必要とされる場が来る。

かたちばかりの裁きじゃなく、
愛のある見方。
これからも続けていきたい。




思考で裁かず、軽やかに。。。







あるCMではありませんが、最近の時流かもしれませんが、、、
「競うことに興味がない」
私はこれについて、賛成ではあるけど、部分的には賛成していない点があります。

力んで我慢して抗ってまで頑張らない私のやりかた。
でもそこには、、、大事な根底。根本があります。

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競うこと自体は否定していません。
でも、、、競う競わない以上に大事なこと。
いいえ、、、正しく競うとは、、、、つまりは、、、

・・・

・・・

人をどうこうする、という感情的じゃなく、
自分が最大に発揮できるかどうか。
自分に集中できるかどうか




競わない競わない、、、
でも自分が自分のために向上してるかどうか。
自分に一生懸命かどうか。

それが、結果的にいい競いかたになるし、自分が向上するのです。



私の挙げ方は、そういう挙げ方だし、そういうやり方です。
重りをどうこうしたい、、、じゃなく、、、自分が最大限に出せるかどうか。
自分で、、、感じていくかどうか。。。

他人軸になって、それに打ち勝つための、思考や戦略じゃなく、
自分軸になって、自分でうちから感じていくことで、どう自分が活かされるか。

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重さを自分が感じることで、自分で感じることで、
どうすれば一番うまくいくか、を、感じ取れるのです。
「受け止めることで、引き出される」

だからそこには、、、戦いもないし、我慢もありません。
動きを覚えなければ、、、という余計な義務もありません。
忘れていいのです。覚えなくてもいいのです。

ただただ、、、自分が自分で自分のために、感じていくこと。
それが記憶であり、知恵でもある。
でもどうして、こんな簡単なことができないのか。。。



考えてしまうからです。



いばらを選ぶからです。



もっと、世間軸に基準を合わすのではなく、自分軸になって、
私のやり方がぶれないのは、ある意味、インストラクションでもあります。
競うことが目的じゃなく、目的を達成することが大事です。
競うのは、自分の内面のこと。自分が向上できたかどうか。

その内面を磨くのです。

自分の感じ方を、、、磨くのです。




自分がおいかけてるものを、前回紹介しました。
次回記載するとしたら、「芯があって軸が通る」みたいなことを書く予定でした。
でもおいかけてみて、いろんなことがわかりました。

おいかけた動き。
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従来の動き。
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ひとことで、、、

上の動画は、動きが硬い。

それが結論です。



そういうことがわかったのです。



芯も軸も捨てて、感じるままに。



これが現時点での結論です。



中心もリラックスしたいものです。



2017.03.20 感じ方の開拓
これは、今では却下した内容です。
でもいろんなことがわかりました。
こういうのも、大きな収穫。
... 続きを読む
2017.03.18 温まる選択
私の考え出した動作は、やはり他にはないものかもしれません。
常識で「考えられる」ことを選択せず、本心で感じられる選択をしているから。
でも、「感じ方もどき」には注意を払う必要があるように思います。

つい世間に歩調を合わせ、それと照らし合わせるという答え合わせにあるのではなく、
先入観を捨てて、今を感じ、自分で感じることが重要です。
私の動画は、自分でいうのも何ですが、ストレスがないやわらかい動きだと思います。

論理で動きを作ることは、たしかにできます。
しかし、
感じ方で感ずることのほうが、正解に近いのではないか、

ウエイトトレーニング、ようは、おもり。これは、動きの先生です。そう思います。
我々に「感じる選択」をさせてくれるのです。
元は、どこで感じるのか、どう認め、尊重しあえばいいのか。
犠牲や我慢、あるいは支配、ではないと思います。

自然体。
それを教えてくれる「自然物」(おもり)
結局、それだけのような気が今ではしています。

感じるためにも、リラックス。
感じられれば、さらにリラックス。
意志もはぐくまれ、そうしたい、これが理想だ、となってくる。

それだけのような気がします。



マイノリティかもしれませんが、
だからこそ価値があるかもしれないし、
本当の意味で、運動を愛する人間として、つとめていきたいです。
いいえ、、、つとめます。



個人的な話、いや、動けて動けて、快適なんですよ。。。
(っていつものことかいって話になりそうですが、、、いつも以上に、、、という意味で)

たまに走ってみたりするんですが、、、
鎖骨も肩甲骨も上腕も遊離したかのような腕振りになって、
やばいぐらい身体が軽い(と感じる)んですよ。。。速い動きにも対応しやすくなってきて。。。

ただ、、、

と、ここからが本題です。

その肩甲骨とか股関節とか、ようは中心部位を意識してしまうと、、、硬くなるのよね。。。
できた結果から原因をそれに求めると、失敗するよね。。。
ようは、、、「結果」で起こることを「原因」としないこと。

脱力(リラックス)して、落ちるからこそ、叶うのです。
たしかに中心を使おうとして、中心は使えますよ。でも、落ちないからね。力んでるからね。
それより、感じられてないでしょう。だって「体へ意識を課して」「思考してる」んですから。

まっさらな感覚が大事で、
思考で作られた感覚や感情に、だまされてはいけません。


「思考」を捨てて、「感じ」ましょう。
「感じる」にも、まずは「リラックス」しましょう。
それが「正しい原因」となって「結果」を導きます。


現在進行形で改善中のスナッチ。画だけみたら溜めてるように映りますが、原因は、違います。
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(画が気に入りませんが)クリーンはやや慣れただけあって、ほ~らこんな感じ。
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