復刻!!四股立ちジャンプ!!最近はこの運動を見直しています。
何も関節を進展させてまでキックしなくても、
安静のままでも、跳べますよ!というサインを拾うエクササイズ。

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跳んでないジャンプ。やわらかい動き。
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2017.08.11 フライト
さ、、、、自転車は27インチ。何がおきるでしょうか???43歳のアクショ~ン!!
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屋外では、ま、こんな感じ。
じゃあ、、、室内では???
暑いから、靴はいてないから、、、控えめだけど、、、こんな感じ。。。

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テイク2も、こんな感じ。
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関節の伸展???っていうか、
膝を伸ばし切りなさい。足首も、股関節も使って???みたいな。
ま、そこまで解剖学に縛られなくても、
いいえ、縛られないほうが、、、案外、、、自然に。。。ということです。




上へ蹴ろう???みたいな執着が、どこか、エンジョイを奪ってるよね。。。
ふっと力を抜いて、やさしく今を受け止めて、
心も行動も、、、かるくかるく(♪)

それだけで、、、
偉大なる何か(笑)とやらが、、、我々に、、、
ギフトを届けてくれるんじゃないでしょうか???



いけませんか???(含み笑)



2017.08.11 技術について
ここはトレーニング指導者のブログですが、
けんだまで、こういうことが、できちゃいました。
3回やって、2回目は、剣が玉に入ったのですが、ぬけちゃったんですね。。。
それで撮り直しをせずに、やっちゃいました。

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本とか読んだら、いろいろ技術書かれたあった。
でもね、、、俺、どうやったら、ここまですいすいできたかというと、


力を入れずに、やってみた。
ふっと重力をかるく受けてみた。



ま、、、よく体のことをこだわる人。アライメントとかバランスとか、解剖学見地で言います。
でも、、、それって、、、その基準って???
重力と鉛直じゃないんですか???それが基準じゃないんですか???

だったら、、、

体を意識してる場合じゃなくて、、、
力を入れずに動くこと・・・・じゃないんですか???
頭で考えず、体で感じていくこと・・・・じゃないんですか???


と、いち運動指導者、いちトレーナーとして、思います。



そして、、、ぶらんこだったか名前は忘れましたが、
動画でいうとめけんの逆バージョン。
本には、糸を一定の力で自分のほう(玉のほうへ)へ引っ張って、、、と。
ようは、後方にひくように、って。

でもそれができるためにも、、、力、入れてたら、できないから。。。



各種スポーツには、さまざまな技術があります。
でも、それぞれの技術をより習得しやすくするためにも、、、
「力を入れない習慣、感じ取る習慣、力が抜けて楽しんで。。。」
というエンジョイする気持ちと行動が大事じゃないでしょうか???



ほんとうにいろいろ試しました。手ごたえもそれなりにありました。
たしかにわかる気はしましたし、実際に記事にもしました(消しましたけど)

「芯が入って」と「脱力」が一致もしましたよ。
もしかしたらね、、
運気が良くなる身体動作法???とまで発展しそうな勢いだったんですよ。。。


でも終わってみれば、、、やはり、、、、こういうことなんです。
力は入れない。何かをしない。感じてるような感じてないような。
やはりこの子供のような「自然体」。この手ごたえには勝ることはなかったのでした。

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重さを素直に受けたら、、、あ、っという感じで力を「抜いてもいいんだよ」って感じになって。
自動的に動く感じが、すごく心地よく、、、
これに勝る動きはないな。。。という結論です。



肚(はら)のこともだいぶわかったし、たしかにそうだな、と思いましたよ。。。
でも、、、硬いんだよね。。。うちのやり方に比べたら。。。

「どうやって力が抜ければいいのか」
「どうやって抜けるのか」
「なぜ抜けたほうが、動きキレるのか。しかも安定するのか」

今までこのことをブログに書いてきたと思います。



今、思うんです。。。



それをやめようって。



たとえば「懐かしい」という言葉の意味って、その感覚がわかれば共有できますが、その感覚がない人に意味を説明しようにも、その感覚がないから、言葉をいくら並べても、、、ってことでしょう。。。

現場で、重さを味わって、初めてわかることだから。。。

あ、この感じって。。。

あとは、もしトレーニングを受けるなら、だまされたと思ってやってみること。
この「だまされたと思って」がすごく大事だと思う。
素直が一番ってことです。あとは感覚がないのに言葉にしようとしないこと。



力が抜ければ、うまくいくのです。



ほっと軽くなる。ふっと軽くなる。
運動やトレーニングは、私のやり方では、こうなのです。
悩みや力みや課題などが、、、ふっと軽くなる。



一生懸命はいいことですが、
そのなかに、何がが必要なんだと思います。



抱えてしまうと、波動も質が落ちると思う。
自分も味わったのでよくわかる。
そう考えれば、、、今までやってきたことって、、、すっごい奇跡的にうまくいってたんだって。

その感覚がない人に言葉の説明をしようとしても、無理がある。
うれしい、とかもそう。説明できますか???言葉で。。。
だから、ブログで持論を出すよりも、ニュアンスや実感を述べようと思う。

惹きつけるものを書こうとするのは、感覚がないのに言葉の説明をしてるようなもの。
それをもうやめようと思った。
うれしい。。。軽い。。。楽しい。。。そういう実感を中心に。。。


久々にジョギングをしました。走り方も忘れかかってたぐらいだったのですが、キレキレでした。で、その翌日、ジョギングしました。短い距離を何本か。。。って、ダッシュじゃないの???いいえ。。。じょぎんぐ。。。

そう、、、よくね、、、ジョギングではリラックスできてるのに、ダッシュになったとたん、人が変わったかのように力んでしまうこと、ありませんか???たしかに力やスピードはジョギングとは違うでしょう。でもそれ、、、疑問に感じませんか???

ダッシュでも、ジョギングの気持ち(その早送りという気分)で動くと、私でも、リラックスして速く走れた感じでした。けってないのにけれてましたし、回転もしやすく、進んでもいましたよ。。。私なりには、ですけど。。。


ダッシュのことも、
ジョギングっていうぐらいが、
ちょうどいい



念を押すけど、エムという意味じゃなく、
ジョギングのようにゆっくりダッシュするいみじゃありません。
ジョギングのような感じと気分で速く走るのです。ジョギングの早送りです。

自在ですよ。5倍速でも何倍速でも。。。

坂道ダッシュのトレーニングをやる日に、
さ、、、坂道ジョギング5本、いっとこうか???みたいに(笑)



ウエイトも一緒で、ゆっくりした動きでリラックスできてる土台があってのスピードです。
スピードを意識したとたんに人が変わるのは、いかがなものか。。。
ゆっくり動いてても、、、ブレーキで力んでいないのです。

同じメカニズムで(早送りですから・・・)速く動くのです。古い動画を。冬場の動画。

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暑苦しさを脱し、古い夏場の動画。
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驚きましたか???読者さん。。。。
あれほど、、、重力と向き合って、誰より重力に向き合ってきた私の、言葉と題名に。
ってね、、、違うんですよ。。。

ここ数日に書いた
・感じてるような感じてないような
・何を感じるか、という深さよりも、脱力と信頼

この内容そのままなんですね。。。

手放すっていっても、放棄したり、敵対したり、するんじゃありません。親子関係みたいなもんですかね。。。子供が大人になっていくときの親子関係みたいな。親離れ子離れしますが、つながってるでしょう。。。いつまでも幼児のままの親子関係じゃなく、、、という話です。信頼で結ばれてる。でも親にとっては、いつまでも子供は子供。

ここで動画。10kgプレートでお遊戯。
10kgはあるんですよ。。。発泡スチロールじゃありませんからね。。。

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一度は重力を受け止めています。でも動き始めれば、0kgになってるんです。
いつまでも10kgじゃないんです。
かといって、下手な脱力で力を抜くだけでは、こうはいきません。
いえ、力を抜くだけでこれができるのなら、すごいことです。才能があるんだと思います。

うちは、、、才能を磨くトレーニング。わかりましたね。。。

じゃあ、おまけです。
力感がないが、スムーズなのは、重力を手放し、信頼できてるからです。
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だから、重力を受けることは大事。
でも、その重力にいつまでもこだわったりしばられたり、しないことでしょうか。。。
多くが、調和せず力で解決しようとします。
しかし、、、調和すれば、ここまで可能性が広がるのです。

見える力や筋力だけで解決しようとしてては、いつまでもこの領域に立ち入れません。重力は、宇宙の一部だと私は感じます。宇宙は、我々に、いつも力をくれてて、そのサインに気付いた人だけがうまくいく、とか言われます。サインに気付くこと、、、じゃないでしょうか???

サインに気付けば、、、うまくいきます。

ごり押しせずして、、、叶います。

整った体や身体能力、動けるからだ。けがのないストレスフリーな日常や若さ。
ポジティブとは、頑張る気張るという空元気じゃありません。
サインに気付くことだと思います。


ウエイトトレーニングは、力を入れない技術を習得するためにあります。
そういう技術が、実用性となり、怪我のない、こりもない、動きやすい体作りになります。
というのは、、、私の考えです。

ですが、ものごとの偏見をなくし、まっすぐに純粋に重りという自然物と向きあえば、
私のいうことのほうが、的を得ていると思っています。
でも、力を抜けばいい、というものでもありません。これでは怪我もします。

そういう単純な話ではありません。これだとあまりに内容が薄い。

ああすれば、こうなるから、ああしなさい、これで納得できますか???
納得したとしても、それは一時的なしのぐすべ(対処療法)であって、
そういう安易さに見合う事態になって、自分に帰ってくることでしょう。

だから、、、型にはめる人は、型にはまるだけのうわべの満足しかなく、本質が得られない。
大事なのは、本質です。そこを感じる楽しさ。楽しめる能力。
能力という硬いものじゃなく、好奇心だと思います。

硬い、という言葉がでました。感じれない人は硬いのです。
数値だけですべてを判断したり、方程式だけですべてを裁き、暗記や型にします。
「見てるようで、見れてない上司」って疲れますよね。。。そこです。

逆に、「見てないようで、見れている人」って、どうでしょうか???
変な硬さ、型にはまるような窮屈さがなく、無邪気さがありながらも、的を射抜く。
数値に隠れた人の個性や人間性だったりを汲み取れる包容力。。。

私が理想としてるのは、そういう後者のようなあり方です。
苦言をいうと、この内容がわかりにくい、という人は、前者のような人材だと思います。
さて、前置きが長くなりました。


こういうスクワットで、ようは、完全にしゃがみきったあとで、どうしてどうして力を入れないのにすいすい挙がってしまえるのでしょうか???普通なら、絶対に、力んでしまう。あるいは、ものすごい脚力が要るのでは???と浅はかな判断。そこには、感じ方という感じ方があるのです。

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10kgプレートでお遊戯。
脱力して、重さも感じていますが、感じ方という感じ方があるのだということ。
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過去に、私のトレーニングで「感じよう、感じよう、としてるんです」と言って、目を閉じて研ぎ澄ますようなことをして挙げてたんです。結果、硬いものは硬いままで、中身がまったく変わっていない、という例がありました。私も正直、対応に苦戦したのですが、このように、型ではめ込む人は、「両極端」な発想、、、つまり「ゼロか100か」という発想になるのです。

見てるようで見れてない人、じゃなく、
見てないようで見れてる人、のほうがいいじゃないですか???

感じ方も一緒です。

力を抜けばいいんじゃなく、力が抜けてるぐらいの何のしがらみもない状態であること。
力を入れる必要がない、そこへ持っていくのです。
重力が降ってかかります。これを感じなければ、怪我もします。
でも、過剰に感じてしまっても、ぎこちないことになります。

感じない、、、でもない。
感じてるんです。でも、研ぎ澄ますわけじゃなく、
普通にしてるぐらいなのに、かえってよく感じられている。



私は、こういう表現を活用しています。



感じてるような、感じてないような



だから、、、感じられるのです。
だから、、、力を入れるなどの余計なしがらみがなくなるのです。
ゼロか100か、じゃなく、一見いいかげんな表現かもしれませんが、、、

「見てないようで、見れている上司」
みたいになりたいですよね。落下する重りは感じています。
でも落下に支配されないで、
不思議なあがり方をしてしまう。

でも、落下を、感じてはいる。



ま、、、国語力の問題です。



運動は、バカではできないと思います。
脳みそが筋肉では困ります。
筋肉こそ、脳ミソであるべきです。



多くが、こういったトレーニングで、「力を入れること」を学ぼうとします。
その「力を入れる数値や能力」で「能力」を算出しよう、とします。
だから、、、ありきたりの答えしか出ませんし、
そういう官僚的なフォースに押さえつけようものなら、弱者は「ぐう」の一言も出にくいもの。

でも、、、安心してください!!

力を入れる能力で判断できない世界があるのですから!!(力を入れない)

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力を入れてばっかりするから、そこで裁いてしまうから、、、見える世界が狭くなってるだけ。
二階から階下を見下ろしたら、1階でやってることが丸見えで、ちっぽけに映るもの。
力で解決する。力む。だから、、、怪我をするのです。

そもそも、、、いつまでも力を入れ続けることって、できますか???
できないのであれば、、、無理をしているのです。
その「無理能力」を鍛えるのですか???

私なら、、、できる能力を鍛えます。

力を入れなければ、、、、いろんな力を味方にでき、大きな力が出るのです。
結果的に、、、感じています。いろんなものを。不思議な感覚です。
ファンタジーなんです!!

でも、とくに運動はそうで、、、システム化されたものじゃなく、見えない不思議があって、
そこを楽しむもの。だから、分析や深読みはしない。
結果的に、、、体は、、、感じているから。。。何を???それが余計。

三次元だけで思考する。いくらでも思考できますが、どこかファンタジーがない。
限界がくる。あきらめる。
でもほんとうは、、、人は、もっと、、、夢や希望を、謳歌できるのです!!

さ、、、力は入れない!!自然体!!それで、実現するのです!!
信頼。自動化。ファンタジー。
脚力???連動???考えない考えない!!
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いきなりですが、、、数年前の屋外動画から。

サボり症(笑)のため、一度しか跳びません。。。瞬き厳禁(笑)
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フォワードランジは、フォワードしよう、、、ではなく、ながれに合って落ちているだけ。
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遊び感覚で、、、一部ポカがありますが、、、

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いかがでしたか???
考えることが白けてくるぐらい、遊び感覚でありながらどこか理にかなってて。。。
それでいて、負担もなく心地よく。。。

うちは、うちのトレーニングでは、
こういうふうな「頑張らない」「考えすぎない」動きを引き出します。
そのためにも、意識の在り方が大事になります。

意識が、はじめから、「戦うこと」「頑張ること」「試練を課すこと」「我慢すること」になってますと、
それらをもっともっとほしがってるという意思表示になって、
「さらなる戦い」「さらなる頑張り」「さらなる試練」「さらなる我慢」となっていきます。
動きを考えるのも一緒です。考えることがほしがる、さらなる迷いを引き寄せる。

ですので、ここは、いちど、、、意識を見直す必要があると思います。
自分を満たすこと。自分に素直であること。自分にも相手にも仲よくすること。
すると、その意識が、さらなる幸運を招き寄せます。

こんなふうに、おもりを受け止める。やさしく受け入れることで、
逆にスムーズで心地よく動かせます。
重い買い物袋なんかは、ぶら下げるように持てば楽。

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もう少し見てみると、

挙げる動きでは、「挙下」ようは、下がることを受け入れたほうが挙がる。
下げるほう、ようは戻すほうは、おもりの落下と伴走するように、呼吸を合わせる。
つまり両者も、、、「落ちる」を伴います。
そこには、「自分への満足」と「戦わない豊かさ」があります。

こんな感じで。
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意識に見合う現実がやってきます。
自然は、自然物は、宇宙の縮小版です。
人の頭で考え得ることにも、限界があります。
いいえ、、、考え得る限界を超えるインスピレーションが大事だと思います。

屋外動画は、こういったウエイトで培った自然の知恵を、発揮した結果。
だから、おもりがなくなれば、あとは自然に動けばいい。
重力と仲よくでき、その重力が、動きを作ってくれます。信じる心。豊かな心です。
私のクライアント様も、それぞれの競技で実力を発揮しています。点と点をつなげないことです。

ここでまた、人の頭で知識を穿り返すと、また、動けなくなっていきます。
あるいは、思考の迷路迷宮にはまり込んでしまいます。
法則に合う合わない以上に大事なのは、、、
それをやってて楽しいか。心地いいか。ということ。

これも誤解があるが、落ちる、という真似事だと、
足で踏んでしまったり、足音をばーーんと叩きつける誤解がある。
うちの動きは、、、ある意味、、、執着を捨てる動き。

これまで知識や教養によってはぐくまれたしがらみを、一切剥いでしまう。
だからこそ、、、素直になれ、単純純粋になれ、理にかなうようになるのです。
トレーニングは、とくにうちのトレーニングは、、、執着をはがすトレーニングなのです。

だから、、、すべきこと、意識の在り方、これらが決まってきますよね。。。



自分がうまくいくために、他を蹴落とすような、そういう挙げ方で鍛えたら、
蹴落としたそのあとで、必ず、自分が蹴落とされるような事態に陥ると思う。
あるいは、さらなる蹴落としたくなるような試練がやってきたり。。。

でも、、、意識の在り方を改善すれば、、、

友好的なものがどんどんやってきて、ものごとがスムーズになり、
鍛えるって、こんなに負担のかからないスムーズなことだったの???
こんなに心地いい楽しいことしてて、それで効果的でうまくいくの???

みたいな好転サイクルになっていくことでしょう。



型にははめず、世間と自分は分離する。

戦うことや意識して反対を押し通すことじゃありません。
これだと立派に距離が近づき抱き合ってる状態。
そうじゃなく、魂が喜ぶような選択を。満足感と友好性を。


ウエイトトレーニングの観点を覆すようなことを申しますが、、、
うちでは十何年もこれが当たり前なのですが、、、、

おもりに対し、戦わず、やさしく向き合う。仲良くする。
自分にも、厳しく、責めたりしないで、やさしくなる。
そういう包容ある気持ちが、そういう精神のレベルに見合う動作(結果)になって応えてくれる。

それがウエイトトレーニング。落ちる、という私の動作法。

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もっとすごいのは、そういう動作を日頃から意識しなくても、
自然に動けば、
自然とそういういい動作になってくれるところ。

掘り下げて動作を考えずして、自然と、しぜ~んと、、、叶ってくれる。

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これは、おまけです。今でも健在でしょう。。。
とくに特別なコンディショニングとかはしてませんよ。
ただ、コンスタントにバーベルと戯れてただけ。普通に過ごしていただけ。

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最近意識に関する本を読み始めて、不思議となじめる自分がいます。
まだまだその領域では初級者ですが、気分が変わりますね。。。ついてることも多い。
でも振り返れば、俺のやってきたものも、動作法や考え方も、似てるんだな~って。

その著者のいう精神レベルやプラスパワーを高めるような気持ちと似た感じで、
俺やクライアントさんは、取り組んでいたのかな???って。
だから、もっとアウトローじゃなく、堂々と、主流だ、と言い切る自信を持ちたい。

しかも私は、こういう動作は、誰かから教わったわけじゃないんです。
ですが、それに出会えたのも、見えない何かがかかわっていて。。。
クライアントからも「有名な先生も(落ちるに)似たようなことを言う」と共通があったり、

いろいろ我々は、きっと、不思議な何かに包まれていて、
自分さえ、愛をもって過ごしていけば、徳のあることをやっていれば、
光が差してくる。それが私が気づいたときにそうなっていた落ちるという動作だったし、
著者の言う意識の世界じゃないかな???って。

平和で友好的。どこか徳がある。
でも犠牲じゃなく、希望はしっかり持っている。
幸せになるために生まれてきた。その能力を兼ね備えて生まれてきた。
何かに見守られている。ウエイトでいうならば、むしろ重力に守られている。

それで、宇宙的やヨガのように映るのでしょうか???私のやり方は。。。

今、指導者の仕事が楽しいのは、自分が運動だけでも幸せを感じてるから。
指導法がやさしく、相手のいいところばかり見えてしまうのも、
過去の経験もありますが、そういうことだったのかもしれない。

こうしなさい、じゃなく、ワクワクするような世界観。
凝り固まったマニュアル的なサービスじゃなく、温まるおもてなし。
意識だけじゃなく、これまで受けた影響も、すべてつながってたのかな???



参考図書:浅見帆帆子「あなたは絶対運がいい」ほか