いきなりですが、、、数年前の屋外動画から。

サボり症(笑)のため、一度しか跳びません。。。瞬き厳禁(笑)
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フォワードランジは、フォワードしよう、、、ではなく、ながれに合って落ちているだけ。
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遊び感覚で、、、一部ポカがありますが、、、

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いかがでしたか???
考えることが白けてくるぐらい、遊び感覚でありながらどこか理にかなってて。。。
それでいて、負担もなく心地よく。。。

うちは、うちのトレーニングでは、
こういうふうな「頑張らない」「考えすぎない」動きを引き出します。
そのためにも、意識の在り方が大事になります。

意識が、はじめから、「戦うこと」「頑張ること」「試練を課すこと」「我慢すること」になってますと、
それらをもっともっとほしがってるという意思表示になって、
「さらなる戦い」「さらなる頑張り」「さらなる試練」「さらなる我慢」となっていきます。
動きを考えるのも一緒です。考えることがほしがる、さらなる迷いを引き寄せる。

ですので、ここは、いちど、、、意識を見直す必要があると思います。
自分を満たすこと。自分に素直であること。自分にも相手にも仲よくすること。
すると、その意識が、さらなる幸運を招き寄せます。

こんなふうに、おもりを受け止める。やさしく受け入れることで、
逆にスムーズで心地よく動かせます。
重い買い物袋なんかは、ぶら下げるように持てば楽。

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もう少し見てみると、

挙げる動きでは、「挙下」ようは、下がることを受け入れたほうが挙がる。
下げるほう、ようは戻すほうは、おもりの落下と伴走するように、呼吸を合わせる。
つまり両者も、、、「落ちる」を伴います。
そこには、「自分への満足」と「戦わない豊かさ」があります。

こんな感じで。
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意識に見合う現実がやってきます。
自然は、自然物は、宇宙の縮小版です。
人の頭で考え得ることにも、限界があります。
いいえ、、、考え得る限界を超えるインスピレーションが大事だと思います。

屋外動画は、こういったウエイトで培った自然の知恵を、発揮した結果。
だから、おもりがなくなれば、あとは自然に動けばいい。
重力と仲よくでき、その重力が、動きを作ってくれます。信じる心。豊かな心です。
私のクライアント様も、それぞれの競技で実力を発揮しています。点と点をつなげないことです。

ここでまた、人の頭で知識を穿り返すと、また、動けなくなっていきます。
あるいは、思考の迷路迷宮にはまり込んでしまいます。
法則に合う合わない以上に大事なのは、、、
それをやってて楽しいか。心地いいか。ということ。

これも誤解があるが、落ちる、という真似事だと、
足で踏んでしまったり、足音をばーーんと叩きつける誤解がある。
うちの動きは、、、ある意味、、、執着を捨てる動き。

これまで知識や教養によってはぐくまれたしがらみを、一切剥いでしまう。
だからこそ、、、素直になれ、単純純粋になれ、理にかなうようになるのです。
トレーニングは、とくにうちのトレーニングは、、、執着をはがすトレーニングなのです。

だから、、、すべきこと、意識の在り方、これらが決まってきますよね。。。



自分がうまくいくために、他を蹴落とすような、そういう挙げ方で鍛えたら、
蹴落としたそのあとで、必ず、自分が蹴落とされるような事態に陥ると思う。
あるいは、さらなる蹴落としたくなるような試練がやってきたり。。。

でも、、、意識の在り方を改善すれば、、、

友好的なものがどんどんやってきて、ものごとがスムーズになり、
鍛えるって、こんなに負担のかからないスムーズなことだったの???
こんなに心地いい楽しいことしてて、それで効果的でうまくいくの???

みたいな好転サイクルになっていくことでしょう。



型にははめず、世間と自分は分離する。

戦うことや意識して反対を押し通すことじゃありません。
これだと立派に距離が近づき抱き合ってる状態。
そうじゃなく、魂が喜ぶような選択を。満足感と友好性を。


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ウエイトトレーニングの観点を覆すようなことを申しますが、、、
うちでは十何年もこれが当たり前なのですが、、、、

おもりに対し、戦わず、やさしく向き合う。仲良くする。
自分にも、厳しく、責めたりしないで、やさしくなる。
そういう包容ある気持ちが、そういう精神のレベルに見合う動作(結果)になって応えてくれる。

それがウエイトトレーニング。落ちる、という私の動作法。

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もっとすごいのは、そういう動作を日頃から意識しなくても、
自然に動けば、
自然とそういういい動作になってくれるところ。

掘り下げて動作を考えずして、自然と、しぜ~んと、、、叶ってくれる。

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これは、おまけです。今でも健在でしょう。。。
とくに特別なコンディショニングとかはしてませんよ。
ただ、コンスタントにバーベルと戯れてただけ。普通に過ごしていただけ。

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最近意識に関する本を読み始めて、不思議となじめる自分がいます。
まだまだその領域では初級者ですが、気分が変わりますね。。。ついてることも多い。
でも振り返れば、俺のやってきたものも、動作法や考え方も、似てるんだな~って。

その著者のいう精神レベルやプラスパワーを高めるような気持ちと似た感じで、
俺やクライアントさんは、取り組んでいたのかな???って。
だから、もっとアウトローじゃなく、堂々と、主流だ、と言い切る自信を持ちたい。

しかも私は、こういう動作は、誰かから教わったわけじゃないんです。
ですが、それに出会えたのも、見えない何かがかかわっていて。。。
クライアントからも「有名な先生も(落ちるに)似たようなことを言う」と共通があったり、

いろいろ我々は、きっと、不思議な何かに包まれていて、
自分さえ、愛をもって過ごしていけば、徳のあることをやっていれば、
光が差してくる。それが私が気づいたときにそうなっていた落ちるという動作だったし、
著者の言う意識の世界じゃないかな???って。

平和で友好的。どこか徳がある。
でも犠牲じゃなく、希望はしっかり持っている。
幸せになるために生まれてきた。その能力を兼ね備えて生まれてきた。
何かに見守られている。ウエイトでいうならば、むしろ重力に守られている。

それで、宇宙的やヨガのように映るのでしょうか???私のやり方は。。。

今、指導者の仕事が楽しいのは、自分が運動だけでも幸せを感じてるから。
指導法がやさしく、相手のいいところばかり見えてしまうのも、
過去の経験もありますが、そういうことだったのかもしれない。

こうしなさい、じゃなく、ワクワクするような世界観。
凝り固まったマニュアル的なサービスじゃなく、温まるおもてなし。
意識だけじゃなく、これまで受けた影響も、すべてつながってたのかな???



参考図書:浅見帆帆子「あなたは絶対運がいい」ほか
       


こちらは10年ぐらい前の動画たちです。
旧ブログ時代からのもので、そう、、、振り返れば、10年過ぎたんですね。。。
10年前よりは情報が盛んになり、体への意識も高まってきた時代だとは思います。

ですが、以下の動画をご覧いただき、
体の使い方、っていうイメージを、払拭できれば、と思います。


ふ~わふわ~♪
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ジャンプは、跳ぼうとしないもの。
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ほっこりジャンプで画面からはみ出す3mジャンプ!!
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何気にできてしまったこと。日常が変わって、日々変わって、、、あら、こんな感じ
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今でも肩甲骨は健在ですよ。でも「それ」ができる多くの人が、
肩や肩甲骨の可動域を広げたい、大きく動かしたい、と願ってそうなったと聞きます。
しかし私は、、、、そんな意識は全くなく、

気づいた時には、、、できていた!!

ブルース・リーの動画を見て、マネしたら、できたんですね。。。
じゃあ、、何が原因???
「余計な力が、抜けたから」「余計な意識が消えたから」



動画見て、体の使い方をあざ笑うわけじゃありませんが、
ほっこりするでしょう???
難しいものが、簡単に覚えるでしょう???
四角い頭が、、、まる~くなりませんか???

今でも思います。
体のどこかに意識が行くと、それだけで、動きがぎこちなくなります。
きっと、ありのままを感じ取れないからじゃないかな????

多くの「感じる」は、情報による予備知識を感じてる、つまり、考えてる。
今、感じるんじゃなく、過去の情報を感じてる。
体に関心がいくのは、いいことだと思いますが、

だから、任せていいんだ、という自己信頼。

重力を受ければ、体は浮上します。
それは、いま、感じることであって、情報として知るものではない。
重心とかそういうたぐいもそう。情報として凝り固まった芯では困ります。

むしろ、、、
自然にしてれば、
自然と芯ができて、体は気持ちいいぐらいにまっすぐになる。



体をどう使うのか、というノウハウに走るとき、
感じることがおろそかになる。
だって、、、結果ばかり求めて慌ててるから。。。

自動車にも道路交通にも安全な速度があるように、
それを犯すと、やはり、、、
安全運転が一番で、心にゆとりを持つことが、正しい情報収集になります。

そう、、、動画は、正しい情報収集をした結果なんですね。。。

正しい情報収集。



体の使い方とは、、、考えることや繕うことじゃなく、じゃなく、感じること。



リピーターの方にはおさらいの話。うちは、体幹の筋力で姿勢を作るのではありません。力や強制手段で姿勢を作るのではなく、重力との対話のなかで、自然とひきだされるもの。良い姿勢といえば、たとえば背筋がまっすぐで、百会から天に伸びるようで、肩はリラックス。肩甲骨も寄ってて。など。でもこれを、力で取ろうとしてしまうのではなく、重力との対話。より具体的には、、、おもりを正しく扱えた矢先には、結果、そうなってますよ。という話。

落下する重りを自分が感じ、自分が調和し、受け止めることで、自然と体の高い部分から浮いてくれるのです。バーを持つ腕は下方に行けども、体は天から浮き上がる。力で蹴りあがるように浮かすのではなく、不思議な力に誘導されて浮いていく感じ。動画には、べた付けスクワットも入れていて、これこそ、天から、らく~に、上がっていく。そういう浮上に、動きの機能を感じています。

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百会から浮かそうとして本当に体を動こうとすると、動きがぎこちなくなります。
でも、落下一辺倒で終わるわけでもない。
ハイヤーセルフじゃありませんが、そういう分野に当てはめてみても、
ごり押しで上げるのでは、執着が邪魔をしているでしょう。

姿勢は気持ちの表現でもあります。
猫背でうつむき加減の方に元気や明るさやはつらつさを感じないし、
姿勢がいいというだけでポジティブな感じに映ります。

でもだからといって、力でごり押しで姿勢を作ると、無理のあるポジティブになって、
ようは我慢いっぱいで余裕がないというか。
自己信頼というか、自分(の感受性)を頼りにしてて、素直に自然を受け入れていく。
大丈夫、良い姿勢になってしまうから。みたいに。。。

なんでもかんでも力で解決するのではなく、受け容れた実感を、その精度を、高めましょう。



トレーニングを続けていくと、普段でも、落下だけで終わらない感触になっていくのです。
動きの技術、というのでしょうか???姿勢にもそれは表れます。
スポーツにも技術はありますが、その底辺となるもの。

私は専門スポーツはわかりませんので、スポーツの技術は教えることができません。
しかしそれでも、トレーニングを受けた多くの方が、そのスポーツで結果を出しています。
底辺である「動きの技術」が大事なんだと思います。

そういえば、ウエイトリフティングの技術を私も少し導入して、クリーンの動きがよくなったことは触れました。ウエイトリフティングは競技スポーツ。その専門技術を少し聞いた(しかもまた聞き)だけなのに、案外すぐに(そこそこに)できてしまったのです。専門スポーツの技術は、動きの技術ありきで、それの補助という位置。それが今の私のとらえ方です。

うちは、、、その「動きの技術」という「底辺」かつ「マクロ」なものを引き出していっています。



まずはご案内から。

ホームページに日記というかブログのようなものも始めました。
ブログは専門的なものが多いですが、
こちらは「心のツボを刺激する」ようなものになってます。
こちらをクリック


もうひとつ、パーソナルトレーニングに新メニュー。その名も【エキスパートクラス】
競技者や指導者などが対象。通常クラス以上の質と内容。
内容も、より高度なものを求めます。徹底的にやります!!
効果などのリターンも大きいでしょう。

90分 15000円、割引はございません。

そのエキスパートクラスにちなんでの内容が今回。
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フロントスクワットに見る
「あそこまでしゃがんで、しゃがみきって、切り返さずに、立ち上がれる」
これは、、、筋力ではありません。技術です。

こういう技術は、とても高度で、多くが力んで脚力で蹴ってしまします。
でも、、、どんな高度なものでも、基礎があります。
【エキスパートクラス】ではそういう部分を求めます。

基礎が、基礎で、終わらない。

クリーンとかスナッチ、そういうたぐいも、力みじゃなく、技術を習得しましょう。
技術ありきの、筋力やパワーです。
そういう部分に妥協はしません。



基礎はこういうエクササイズにあります。
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余裕でしょう???おもりは決して「発泡スチロール」じゃありませんからね。。。笑
でもこういう馬鹿にしそうな運動でも、こうしてやれば、馬鹿にはできないでしょう???
この「おもり」が「発泡スチロール」に見えてしまう技術。

それが、さっきのフロントスクワットの技術です。

もっとも普通のスクワットもやりますよ。
でもあのスクワットで筋肉に負担がなく挙げられてこそ、本物です。
真似て、できるものじゃありません。

でも、、、基本を押さえれば、、、できるものなのです。



もっとも、、、ものごとには一方があれば、他方も存在し、
一方がなければ、他方も存在しない。そういう古来の考え方があります。
落下には、浮上が伴い、
浮上には、落下が伴う

沈んで、ぼてーっとなって広がるような心身の下がり方じゃなく、
気張って、焦って、テンパって高揚するでもなく、
あるんですよね。。。



宇宙的になるけど、自分って、この世の自分だけじゃないっていうか。
ハイヤーセルフ?だったかな???
空高いところに、無限の自分・神の自分がいる???

運気がよかったり、引き寄せ上手な人は、ハイヤーセルフとの連絡が良い、だとか。
だから、天に向かう姿勢ってのは、ポジティブで、、、幸運的で、、、
力を入れずに、天に向かう力ってのが、あるのかもしれないですね。。。



2017.04.16 宇宙的な発想
私の動きや動作の考え方は、ほかにはない、とよく言われます。
たしかに「体の使い方」に着目する人らは多いと思います。
しかし、私のように、西洋的なバーベル運動で動作を磨く、というのは、ないような気がします。

でも、、、宇宙的に考えれば、、、、すごく自然だと思ってます。
ここでは、私が知る限りの宇宙論を述べ、話を展開します。

無意識の領域って、すっごく大きく広大で、顕在意識は氷山の一角。
たとえていうならば、、、広大な海。
そう、、、無数の陸地じゃなく、広大な海だと考えましょう。

もらい泣き、とか、空気を感じて距離を置くとか、、、そういうのも無意識が感じることで、
共鳴とかいうらしいですが、
ようは、、、自分一人だけじゃなく、すべてがつながってる。広大な海のなかで。

運動でも、ようは、、、調和が乱れたときに、けがをしたり、うまくいかなかったりします。
共鳴などの反応は、調和を求めた無意識からのシグナル。
調和しない抗い足掻き我慢などは、そういう科学的発想は、そろそろ限界なんだ、ということ。

もっとも、我慢したり偽ったりしたら、その感情も相手に伝わるから、、、結果もね。。。。
これは不調和から。
かたちに従うだけ、指示待ち状態で、感じないのも、いま現代にかけてること。

さて、、、、あっちこっちに話が散らばりましたが、、、

思うんです。

我々は、、、調和機能を備えていて、、、それは、重力や時間のながれにたいしても。。。
不調和を起こすから、、、問題が起きるって。。。
そう、、、逆らってまで科学的にパワーを出しても、、、
ようは、、、打ち勝つ。抗う。

これはある意味不調和を自分から起こす。
だから結果、、、その悲鳴は無意識に刻まれる。

バーベル運動を、力んで筋力に頼って、筋力強化だけのためにする。
でもそれは、、、そうやってつけたものは、無意識が喜んでいるのか。。。
感情に問えばいいのです。無理してたら、、、喜んでいないってこと。

無意識からの情報なんです。感情は。

でもそれでバーベル運動が否定されるのは、、、残念だ。

バーベルを否定するということは、重力を否定することです。
その重力には時間のながれも伴います。
固めてバランスをとるんじゃなく、、、動的なながれを感じることじゃないかな。。。

その調和は、体が知っているはずで、
そういう動きを私は、多くの方に引き出してきた、そのお手伝いをしてきた。
我々は、、、調和を求めている。
支配被支配、ゼロか100か、じゃなく、中庸というか、

好きこそものの上手なれ。

そのとおりです。その好きには、我慢がないからです。
自分の感情に見合う行動ができてる。
調和なんですね。。。これも。。。だから、学習の仕方もうまいだろうし。

・・・

・・・

工夫をして、思考に走り、効率ばかり求め、考える。損得勘定に走る。
でもそれ以上に大事なことが抜け落ちていませんか???
今、私のブログを見た人は、きっとあなたが求めたもの、だったりしませんか。。。

私がこうして働く限り、

きっと必要とされる場が来る。

かたちばかりの裁きじゃなく、
愛のある見方。
これからも続けていきたい。




思考で裁かず、軽やかに。。。







あるCMではありませんが、最近の時流かもしれませんが、、、
「競うことに興味がない」
私はこれについて、賛成ではあるけど、部分的には賛成していない点があります。

力んで我慢して抗ってまで頑張らない私のやりかた。
でもそこには、、、大事な根底。根本があります。

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競うこと自体は否定していません。
でも、、、競う競わない以上に大事なこと。
いいえ、、、正しく競うとは、、、、つまりは、、、

・・・

・・・

人をどうこうする、という感情的じゃなく、
自分が最大に発揮できるかどうか。
自分に集中できるかどうか




競わない競わない、、、
でも自分が自分のために向上してるかどうか。
自分に一生懸命かどうか。

それが、結果的にいい競いかたになるし、自分が向上するのです。



私の挙げ方は、そういう挙げ方だし、そういうやり方です。
重りをどうこうしたい、、、じゃなく、、、自分が最大限に出せるかどうか。
自分で、、、感じていくかどうか。。。

他人軸になって、それに打ち勝つための、思考や戦略じゃなく、
自分軸になって、自分でうちから感じていくことで、どう自分が活かされるか。

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重さを自分が感じることで、自分で感じることで、
どうすれば一番うまくいくか、を、感じ取れるのです。
「受け止めることで、引き出される」

だからそこには、、、戦いもないし、我慢もありません。
動きを覚えなければ、、、という余計な義務もありません。
忘れていいのです。覚えなくてもいいのです。

ただただ、、、自分が自分で自分のために、感じていくこと。
それが記憶であり、知恵でもある。
でもどうして、こんな簡単なことができないのか。。。



考えてしまうからです。



いばらを選ぶからです。



もっと、世間軸に基準を合わすのではなく、自分軸になって、
私のやり方がぶれないのは、ある意味、インストラクションでもあります。
競うことが目的じゃなく、目的を達成することが大事です。
競うのは、自分の内面のこと。自分が向上できたかどうか。

その内面を磨くのです。

自分の感じ方を、、、磨くのです。




自分がおいかけてるものを、前回紹介しました。
次回記載するとしたら、「芯があって軸が通る」みたいなことを書く予定でした。
でもおいかけてみて、いろんなことがわかりました。

おいかけた動き。
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従来の動き。
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ひとことで、、、

上の動画は、動きが硬い。

それが結論です。



そういうことがわかったのです。



芯も軸も捨てて、感じるままに。



これが現時点での結論です。



中心もリラックスしたいものです。



2017.03.20 感じ方の開拓
これは、今では却下した内容です。
でもいろんなことがわかりました。
こういうのも、大きな収穫。
... 続きを読む
2017.03.18 温まる選択
私の考え出した動作は、やはり他にはないものかもしれません。
常識で「考えられる」ことを選択せず、本心で感じられる選択をしているから。
でも、「感じ方もどき」には注意を払う必要があるように思います。

つい世間に歩調を合わせ、それと照らし合わせるという答え合わせにあるのではなく、
先入観を捨てて、今を感じ、自分で感じることが重要です。
私の動画は、自分でいうのも何ですが、ストレスがないやわらかい動きだと思います。

論理で動きを作ることは、たしかにできます。
しかし、
感じ方で感ずることのほうが、正解に近いのではないか、

ウエイトトレーニング、ようは、おもり。これは、動きの先生です。そう思います。
我々に「感じる選択」をさせてくれるのです。
元は、どこで感じるのか、どう認め、尊重しあえばいいのか。
犠牲や我慢、あるいは支配、ではないと思います。

自然体。
それを教えてくれる「自然物」(おもり)
結局、それだけのような気が今ではしています。

感じるためにも、リラックス。
感じられれば、さらにリラックス。
意志もはぐくまれ、そうしたい、これが理想だ、となってくる。

それだけのような気がします。



マイノリティかもしれませんが、
だからこそ価値があるかもしれないし、
本当の意味で、運動を愛する人間として、つとめていきたいです。
いいえ、、、つとめます。