2017.11.06 バランス遊戯
片足立ちでやってみました。
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体重は、足に乗せるのではなく、、、、


おもりは、、、うごきのせんせいです。


こういうことは、いろんな種目につながるヒントでもあります。


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2017.10.13 挙下と伴走
今回も、俺だけの理論のおはなし。
水車のように、くるくる回るように、ね。
重力の鉛直落下を受け入れれば、不思議と、くるくる、そうなるの。。。

だから、重力を受け入れるにも、重りの速度に自分を合わせることが大事になる。
わかりやすい動画です。これが、伴走です。
その落下伴走が、水車になるんです。。。(意味不明な表現でしょう:♪)

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今度は、挙下。下へ行くのに挙がってしまう。
落下を認めた瞬間に、水車の回転するそのながれに、合うんです。

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床からスタートが難解なら、こういうお遊戯から。
20kgが発泡スチロールのごとく。。。

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だいたい、こんな感じでしょうか。。。


160601_1509~02160601_1510~01

160601_1520~01



自然不足をときに解消。


あるがままを、受け容れよう!


自然物が、答えを、教えてくれるから。。。。


ほら。。。
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はい、まずはフロントスクワットから。簡単そうなニュアンスだけが伝わればうれしい。
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ぶれない感じで、同じ動きが繰り返されています。
バランスの整い具合は、どこかやわらかそう。
おもりとどこか一体化していて、逆らった感がない心地いい感じ。



次は、デッドリフトのスモウスタイル版。
簡単そう。。。しかもどこか自動的???
頑張った感がなく、それでいて自然な上がり方です。
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筋力で固めることなく、
これもどこか、重さと一体化してる感じ。



キーワードは、一体感です。



でも、、、合法的になってしまい、義務感になってしまうと、どこか違ってしまいます。
おもりと伴走してして、距離感が変わらない感じですが、
そうなる前に、おもさを受ける・感じる、ということが大事になります。



ここでも合法的になってしまい、研ぎ澄ますように感じよう、、、でもありません。
落下がどうで、、、とか思考するのも違う。



感じる・受ける、とは、、、



共鳴することじゃないでしょうか???



一緒になって、涙を流したり、怒ってあげたり、
「それは大変だったね」と相手の立場に立ってあげたり、
一緒になって「できてよかったね」って言って褒めてあげる、私の指導もそう。。。



この共鳴がない状態で
「・・・・しなさい!!」と指示する
「・・・しなければ・・・」と自分を追い詰める
というのは、いい波動が出てないと思うし、共感がない以上は、「我慢」から入っています。



おもりを受けて、一緒になるってことは、
力を抜けばいいということじゃなく、(力んで固めることでもなく)
こういった共鳴のような気持ちが大事なんじゃないでしょうか???



技術は頭で思考する前に、心や精神という次元から整えてあげる。
共鳴を受けた側は、間違いなく「癒される」のです。
すると、、、元気がでませんか???



温かい気持ちになれば、、、宇宙が味方してくれるんじゃないかって思います。




松任谷由美 やさしさに包まれたなら(議題ぴったりの歌です)



このところ、難しく考えすぎていたのかもしれません。。。
手放して、素直に、今を、感じてみよう、ではないか???
とスナッチが、いま、技術向上中です。

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バーもぐりこむことを一時深く意識していて、
構えの時点で、すでに、もぐりこんでいるような感じにしようって。
それでうまくいったこともありましたが、どこか、力んでるんですね。。。

いいじゃないか!!ありのままで!
天から重力を受ければ、何とかなるんだから。。。
と思ったら、肚とか下げた位置で重力をうけたりせずとも、貫通するし、リラックスもできる。

下がったほうが、、、うまくいく。
受け入れたほうが、うまくいく。
見えない何かが、きっとある。

筋力や思考を超えた何かが、ある。

20kgが発泡スチロールのごとく。。。

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ま、口数は少ないほうで、しゃべるときはしゃべりますけど(語りますけど:笑)
目立つほうじゃないおとなしいほうですが、それと、明るい暗いは関係なく、
気分が良くなることを選んだり、気分がよくなる行いができることが、明るいことだと思う。

ほっこり天然で、純粋な子供のような、と言われたこともありますが、
喫茶店に行くも、レジのお姉さんから温かく接してくれることが多いのも、
大人になれない、前向きで、気分が良くなるオーラが出てるせいかもしれない。

その俺が、こういう世界で生きてきて、学んできた結果、
仮に器用じゃなくとも、明るい選択をしてしまうまっすぐさがあって。。。
明人さんの明るいトレーニングは、こんな要領でやっています、ってお話しをします。

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けんだまもね、案外重いのよ。。。
しかし、わたしとおもりとの「絶妙な距離感覚」っていうんですか???
伴走っていうか、落下とかみ合っていて、自然で、心地いい。勝手に挙がってくれる。

ほら、こんな風に。。。
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ホームページの日記にも書いたけど、そのままコピーします。


俺、思うのね。。。

「感じること=反応すること」とは限らないってね。。。

これをウエイトトレーニングで言うならば、こう。身体が受けた重さを感じるじゃない。。。でも、それでいいのに、そこで終われば良いのに、過剰反応してしまったらさ、、、そうそう、、、力んだ動きができちゃうよね。一見パワフルで、やりきった充実感、支配欲で制覇した充実感はあるよ。でもこれって、、、子供の喧嘩をムキになって親が反応するのと、変わりあるでしょうか???あるいは、重さを苦だと反応し、過剰に守っちゃったり、過剰に拒否してしまったり、、、でも結局これって、、、「双方の心の距離」が近づくだけ近づいてしまって、抱き合ったぐらいの感じじゃない???

俺、思うの。。。

正しく感じられれば、過剰反応はしないって。

それがいわゆる「自分を肯定する気持ち」「自分を信頼する気持ち」「自分の価値」「高い精神レベル」だったりしないかな???温かく受け止めてあげればいいんです。重りが動作速度や動作のカタチまで作ってくれるぐらいなんですから。

でも、無反応で何も感じないんじゃないよ。これだと堅物で本末転倒。機械的にマニュアルどおり、痛みも何も感じない。怖いよね。。。反応しない、というにもふたとおりあるんだよね。。。きっと。。。動揺しない気持ちは、感じないことにあるんじゃなく、感じることにあるんだ!!




過剰反応しないっていうか、よくこういう質問を受けるの。
「重りは、どういう速度で上げたらいいんですか???」
俺の答えは、、、いえ、答えに行く前に、
「まずは、どういう速度で受けるか、を感じましょうよ」

挙げる基本は、戻すほうやおろすほうだから。
重りの速度で動かしましょう。重りの速度に合わせましょう。
なんですね。動画、みてみたら、速い速度も遅い速度も、同じ速度でやってるでしょう???

そのうえでのことですよ。挙げる速度ってのは。。。
ブレーキをかけるような遅い速度じゃなく、
あがいて気張って狂って過剰反応したかのように速く挙げようってするもんじゃないし。



ただね、、、けんだまとか、りんごを使ったレッスンもやったことがあるけど、、、

形式ばって、鉄の重りに縛られず、温かい気持ちを持つべきです。
事務的・義務感・形式ばった方法論で、がっちがちの運動をしよう、
と力を出すものじゃなく、もっと温かい角度から、徳があるというか、そういう明るい視線。

小ばかにするんじゃなく、
大人のふりして事務的になるんじゃなく、
明るい選択をしていけば、

そういう意識から、

素敵な動作が生まれ、
素敵な強化が芽生え、
素敵な日常へとつながり、
素敵な自分になっていくのではないでしょうか???


ほら、簡単に。
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これは、瞬発力系のものですが、
どこかやわらかい、激しさやとがった感じがないけどどこかスムーズ。
あ、こんな瞬発力もあるんだ、という、見ていて落ち着く動画です。
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重りと、仲が良さそう、でしょう???
ほんとに仲が、いいんです。
年々よくなっていて、昨年の動画とかに比べたら、精度が増したね。。。

昨日の記事では、意識に関する本から引用し、精神レベルという言葉を用いた。
体にも、体中が複数の命の集まりだとしたら、体というか、筋肉や骨やもろもろ、、、
すべてに精神があるとしたら、そういうとこまでレベルの向上をしてるのかな???

その著書によれば、精神レベルはこれが上限、なんてなく、どこまでも向上できるもの。
心だけじゃなく、体の知恵も、そうなのかな???
と、昨日書ききれなかった分を書いた。

しかし、、、鍛えるって観点が初めから異なるケース。

いや、、、むしろそれが通常か???

ようは、、、負荷をかけて苛め抜く。それに耐えうること。
それによって体が強くなり、大きくなる。
ド根性大根みたいな考え方。

ふつうはそうでしょう。。。

それ自体は間違いじゃないと思うよ。

ただ、、、戦うこと。抗うこと。我慢すること。
そういう能力ばかり身に付き、そういう鍛え方をしていて、
さあ、、、スポーツでいい動きができるでしょうか???
日常を軽やかに過ごせるでしょうか???

それでも「打ち勝つことをやめません」
そればかりか、さらなる敵を求めます。戦いを求めます。
本当の強さって、、、こういうことなのでしょうか???

・・・・

うちのトレーニングは、戦うことじゃなく、親しむことを刻みます。
面白いことに(面白い、というも失礼だが)、週1回のうちのトレーニングしかせず、
ほかのトリートメントはなし。そういうい方がふつうに、「マッサージいらず」になったり、
慢性的な腰痛や肩こりが、、、「あれ、いつの間に・・・」「こんなありがたいことが・・・」

動きやすくなることで、
いつしか「力に頼らない瞬発力」というか、そういう知恵まで刻まれる。
動きにうまさが出る。技術の習得がスムーズになる。

こっちのほうが、、、むしろ、、、理想の強さだったりしないでしょうか???

子供の喧嘩も、子供どうしなら必死でも、大人目線なら、、、気にしない次元。
こういうのが、精神レベルの(高さの)差。
その精神レベルは、徳のある行為でプラスのパワーが高まることで引きあがっていく。

まだ読み始めて間もないので、理解不十分かもしれないことをご容赦いただきたいが、

力んだトレーニングの経験で苦痛を味わったほうが、苦痛だと感じたほうが、
一段高いレベルへ導きやすいし、大人がいきなり正解を言わないほうが育つ。
でも大丈夫。。。初めからうまくいかないし、実際に日常ですでに力んでいるもの。

だから十分に体験はできている。



話があっちこっち。。。学び始め(本ですけど)の段階だから余計に言葉も増える。。。
でも、、、鍛える、という観点も、、、意識改革があってもいい。
すでにあるのかもしれないけど。。。

ただ、、、バーベル運動でのその発想は、なかなかないと思う。

人は、自然には勝てません。自然は宇宙の縮小版。
鉄の重りも、自然の物。
そこから学ぶこと。学べること。たくさんあるのでは???

低い精神レベルで筋力だけで解決するんじゃなく、
もっと高い意識を持てば、、、





2017.05.30 ありのまま
ふと思い立ったんです。

気づいたら、これが良くて、これがだめだ、って言ってたって。
もちろん、理想を求める姿勢としては間違いではないけど、
それが執着になってしまえば、、、その取り組みを活かす意味でも、、、

原点に戻れば、私の動作は、余計なしがらみをはがしていくことで、光が差してくる感じ。
だから、こうしなさい、じゃないんです。
もっと自然な感じで、人の意識が、動作を実現させる勢い。

その意識とは、意識を課すような義務という意味じゃなく、
プラス思考とでもいいましょうか。
最近、意識に関する本を読んでいて、その人の意識レベルに見合う現実が起きる、とか。

戦うネガティブじゃなく、平和的な実現というか。

おもりを体で受けただけなのに、受けたありのままなのに、
筋力で戦ってないのに、体へ意識を課して動かそう、としてないのに、
という動画をふたつ。

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私の考え方は、宇宙的と言われたこともあるし、ヨガみたい、言われたこともある。
それぐらい高い精神レベル(?)な内容かもしれない。。。
だから、自分の精神も、そういう高いレベルにありたい。そういう行動をしていきたい。

おもりの扱い方があるとすれば、
仲良く。
平和に。
友好的に。
でもこれは、おもりに支配されるんじゃなく、

仲がいいのですから、、、
平和なのですから、、、
友好的なのですから、、、

自分が信じたとおりの「心地いい動き」「負担のない上がり方」
それが「頭で考えた以上の結果として」、はい!っておもりが教えてくれてるような。。。
そういう知恵が体に刻まれていきます。

リラックス。
ああいう形こういう形。
これらがちっぽけになるぐらいの高い精神レベルになっていく。

もしおもりに逆行するような挙げ方をすれば、倍返しで負担がかかる。
でもこれに気づくのも、気づかないのも、意識のレベルかな???みたいな。
ささいなことでも腹が立つのか、小さなことだと気づくのか。
裁かねば、とムキになるのか、相手はこう、自分はそう。と考えるのか。


ただ、自分がやってきた取り組み方は、自分は肯定したいし、肯定していこうと思う。
だからといって、裁いたりするのは、また違うし、
言葉にも、言霊というエネルギーを持つから。。。

いいことを書きたい。
心地よくなることを述べたい。
愉快になることを紹介したい。


マッチポンプという言葉、ご存知でしょうか???

瞬発力がマッチポンプでは困ります。芋虫のような挙げ方。ごり押しの力み。
これはわざわざ自分で問題を起こしてしまい、向かい風を起こしておきながら、
その向かい風に打ち勝った俺ってすごいんだぜ!!って言ってるようなもの。

そのパワーって必要ですか???
初めから、必要なかったんじゃ???
ほら、こんなに簡単に。。。

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敵をわざわざ見つけ、打ち勝つことで、余計な力が生じているはずなのに、
それに気づかないぐらい、自分を見失っているのです。
感じ方が悪くなって、相手に対してどう戦うか???ばかりでは、判断力も低下します。

自分の感じ方を、磨くのです。

こういうのは、押しつけじゃありません。
相手と戦う、自分と戦う、など、戦うことを捨て、
自分を友好的に。重さを友好的に。



頑張らない頑張り方。それは、むしろ、普通のことだと思います。



安心してください。マッチポンプ風に体をいじめなくても、体は変わりますから。。。
まっすぐ整うような、アスリート体型に、ね。。。
しかも、、、動けて、けがもない、凝らない、抜群のコンディションまで!!


いつもと角度を変えて撮影。
以前は、セカンド(ようは、バーベルが腰から一気にとんっで行く局面)では、案外、体にバーベルを寄せきれてなかったのですが、技術を会得したことで、それがなくなりました。

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その技術のおかげで、以前はセカンドに入る前の「助走」ようはファーストというかデッドリフト、腕を垂らしたままバーベルを持ち上げる立ち上がる局面では、助走という意識がありました。もちろん助走も必要です。しかし、技術のおかげで、助走が助走でなくとも、ようは、手を抜いた助走であっても、、、この助走でムリかも???というような、速度を遅くしてしまった助走でも、技術で挙がってくれる手ごたえを感じています。

速度をあえて遅くした助走。ですが、別物のパワーで挙がります。
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ファーストとセカンドが、別物のような。
こういう手ごたえも今、実感しています。


悪いとまではいわないが、強化目的だと、つい「ねばならない思考」に陥る。
技術というラクや技術で流すのはいけないことだ、とか。
でも、、、リフティング技術でできたその動作こそ、、、瞬発力になってし。。。

そこでしょうね。。。大事なのは。。。


もちろん、、、重りと折り合う技術も、大事で、それがいちばん。
その上でのことですけど。。。