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ここでも動画で紹介してるように、
重りを扱って、鍛える運動のことを、略して(略称として)こう呼ぶことが多い。


「筋トレ」もしくは「ウエイト」


でも近年は、どっちかというと、「ウエイト」と呼ばす、「筋トレ」と呼んでることが多い気がします。ただ、ここで掲げたいのは、どちらが正しくて、どちらが間違ってる、という話ではありません。



うちがやってるのは、、、「筋トレ」じゃなく「ウエイト」なんだって話です。
正論じゃなく、好みの話です。っていうと軽い話に映りますが、
でも、その好みには、、、、深~い理由があります。




神秘でなぞめいた話が多いうちの感覚的な内容。
ですが、、、私は決して変わったことをしようと思ってるのではありません。
うわべで形だけ遵守する基本には、本当の意味で基本がないはず。



基本といわれてるものを、噛み砕き、原因をさぐり、とき解いていくことで、
真実が見える。
私は意味のないハウツーは好んでいません。

「・・・・ねばならない」と課せられた時点で、反発心の始まりです。
なっとくできるような真実が必要ではないでしょうか???
「そうしたくなる」ような感覚的な答えや誘導が。。。



さて、、、ずいぶん前置きが長くなりました。



ジムやテレビとかで他人が鍛えてるのを見て、
私のような動画動作を見たら、違和感があると思います。
自体重運動が、ここまでほっこりやわらかく(♪)
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あきらかに違いますもんね。



そこが、「筋トレ」と「ウエイト」の違い。



じゃあ、、、決定的な定義を述べます。



筋トレとは、筋力ありき、の動作。
ウエイトとは、ウエイトありき、の動作。




ウエイトを扱う動作には、
「挙げる動き」と「おろす動き」があります。
質問です。じゃあ、どっちのほうが基本で、もうひとつの動きがあるのでしょうか???

この答えこそが、、、基本であって、
挙げることばかり考え、筋力に依存する「筋トレ」を巷ではやっています。
しかしうちは、、、基本である「おろす(戻す)動き」で的確に重さを受け止めてやっています。


スクワットでいうならば、、、ウエイトを受けて心地よくくにゃっとなった体感覚が大事。

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でもここで「筋トレ目線」になれば、、、
「(戻す動きで)受け止めるには、体幹の筋力でしっかり固めて・・・・・・・」

となってしまいます。ですがうちの動作、、、そうではないことは、見て取れるはずです。



「距離勘」・・・・普通は距離感と書くこの言葉。
ですが、重りと体との距離。スクワットでいう「体をくにゃっとさせるその感じ」
これが「持続」「安静」「可塑性」なんですね。。。



感、じゃなく、勘



ですが、基本である「重りを受け止めること」を「力で解決する」ほうが目立つように思います。多くが「戻す動き」でちゃんと受け止められていません。その反動で、挙げる動きですっごく力んでます。私から見れば、そのほうがよっぽど変わってます。

重さを受け止められないから、変わった小細工をする。
それで出力したとしても、、、
使えない怪我が絶えない結果になるのではないでしょうか???

スクワットや腕立てみたいな「圧縮勘」
懸垂のような「牽引勘」
もう(それで)いいじゃないか。。。とあるがままを受け入れる。

圧縮したなら圧縮したまま
引っ張られたなら引っ張られたまま


60kgを扱うなら、、、挙げるときも60kg。おろすときも、どの局面でも60kgなんです。ですが多くが、、、降ろすときに60kgよりはるかに軽くなって、その反動で挙げるときに過剰に重さがかかる。そんな出力、いらないでしょう。。。
いつも60kgでほっこり快適。。。それが、、、感ではなく勘、ということです。

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筋力に頼ってがんがん挙げることを、否定してるのではありません。
筋力に頼ってがっちがちに体を保護することを否定してるのでもありません。
それは、、、「筋トレ」という手法であって、私は好んでいない、というだけのこと。。。



私は、、、
美しいあり方として、、、
基本に忠実な感じがある「ウエイト」を好んでいます。

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スナッチは封印していたのですが、数年部ぶりに、60kgでスナッチ、試し挙げ。
なお、ストラップを巻くのに時間がかかってますので、じれったい動画です。
しかも、、、「1発」しか挙げてません(笑)。

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じらすだけじらして、、、たった1発かい!!

でも、、、どこか力感なく、挙がってくれてます。
内観でも力が抜けたっていうか、自分の力で挙げてないというか。
「重さ」を受け容れ、「重さ」になった。あとは自然に。。。

瞬発力瞬発力と急いた感じがない、すかっと挙がってしまった動画でした。



話は変わりますが、いろんな人から、「武田さんの動きは、軌道がきれい」って言われます。
コントロールが絶妙だとか、いろいろいわれたりします。
いい軌道というのは、シンプルに、、、「真上にきれいに挙がる」。

たとえばこういう練習(スナッチプル)では、腰でバーをはじくんですが、
「前方へ振り回さずに、真上にはじくように」といわれます。
暑くて失礼します。。。45歳です。。。

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あ、結論、出てましたね。。。

そうです。真上へ挙げるコントロールなんてしてたら、それはそれは、、、難解や。。。
答えは、もう、、、出てたんです。。。それを、単純に、やっているのです。。。
ベンチプレスでさえも、軌道がきれいって言われ、不思議がられます。

不思議がるのも無理ありません。。。

前提が違うのですから。。。



最後に、、、

鍛えて痛めたら、ケアをしなければ。。。おお!なんと応用で専門的な。。。
鍛えて痛める。たしかに最小限には痛めてはいるのでしょう。
でも、鍛えたあとのほうが、、、やわらかく、軽く、なるのです。

だって、、、自然体に戻るのですから。。。ほらほらほら。。。
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こういうことができたのも、
特別なケアやコンディショニングプログラムをしたのではありません。

「武田さんのウエイト」(笑)

ただそれだけ、なんだよ。。。武田さんの。。。笑。



あっちのブログにも書いたけど、たまには見てほしいのだけれど、
実現させるのに、「ハウ(how)」はいらないんだ。
「どうやって」じゃないんだ。それがいらないんだ。

体の使い方もそう。「どうやって」と思考するから、ややこしいことになるんだ。
筋肉に効かせたい人も、「どうやって」と凝り固まってる。
感じられない???力んでるからでしょう。。。

そこですよ。すばり。。。



以上、、、いろいろ書いちゃった。。。


何度かこういう動画を載せました。
これが、うちの「挙げ方」ならぬ、「挙がり方」です。
プレートが、おもちゃみたいに、挙がってしまう。まるで、頑張っていない。。。

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こういったワークアウトのことを、巷では、「筋トレ」と呼ぶのでしょう。。。
「筋力トレーニング」の略です。
しかし、うちがやるのは、違ってて。。。「ウエイト」と呼びます。

筋力に頼って挙げる動かし方しか頭にないのか、
ようは、ひとつの「目線」しかないのか、他の角度から見えないのか、
でもこれだと、付いた筋力分しか、向上しません。

ってこれが強化じゃないの???

ってのも、、、偏った目線かな。。。

・・・・

じゃあどうして、、、あっさり限界がわかるものを追いかけるのでしょう。。。。
数値以上の素敵を求めないのでしょう。。。
そう、、、筋力に頼ることを捨てれば、、、無限の可能性が生まれるのです。

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だから、、、誤解しないでほしいこと。。。
いや、勝手に誤解するのもしないのも、人の勝手ですけど。。。
うちが、リラックスしてゆるゆるほっこり動くのは、、、



弱いからじゃなく、、、



無限のものを知ってるから。。。



強くなくても、、、いいんだよ。。。
鎧を着なくてもいいんだよ。。。
もともとあなたは、、、すばらしいんだから。。。



まんざら、ウソではないんですね。。。




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2018.11.13 わがままに
少し前の動画ですが、今見たら、いいなと思った。
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どこがいいかというと、
・逆らってない点
・「重さを受け止めたほうが、挙がるんだよ」、が見て取れる点
・こざかしいテクニックらしきものがまったくみてとれないところ(笑)

重さをちゃんとうけとめさえすれば、
動きは、導かれるもの、なんです。

それができないから、できるはずなのにできないって意地を張るから、
こざかしいテクニックが生まれるんだと思うのです。
バランスって、固めるものじゃないし、出力は、出そうとするものでもない。

「何も、しないんだ」

ふっと軽くなる感じで、あとは自然に。。。

・・・・

・・・・

思うんです。どうして長いものに巻かれなきゃいけないんだって。
それよりも、自分がこうだと思うことを貫いたほうが、成功する確率はあがるわけで。
その判断基準は、、、「わくわく」か「もやっと」か。

結果について思うこと。

結果さえ出ればいいのでしょうか。結果が出る出ない以上に大事なこと。
それは、自分が素晴らしいんだ!すごいんだ!って認めること、じゃないでしょうか。
結果が出たからすごいんじゃない。これだと結果ばかりにしうばられて、一生爪先立ち。
ぷるぷるしんどいはず。もろいはず。誰かの一押しで、ぐらり。

先に、結果が出る前から、すごいと認めること。
すると、行動が変わるはずです。
自信のある「わたし」として行動できます。

こうして生まれた動作こそ、、、うちの動作です。

こうして生まれた甘い指導方針こそ、、、うちの方針です。

でも、、、はじめから自信があること、まじまりが「そこ」だから、違うんですね。

私は、ことごとく、他人を真似ません。
でも、自分が気に入った方針と似たものがたまたま少数ですがあります。他分野ですけど。
また、たまたま他人と一致したからといって、真似たり、変えたりもしません。

でも、ほんとうに大事なことって、

トレーニングひとつとっても、そこに縮図があるのではないでしょうか。

もっと、自分に、価値を、持て!!


鍛えたいその筋肉を効かせるためには、
「その使う筋肉を、しっかり意識しなさい」
たしかに、意識したほうが、効きます。

ですが、、、

動きががっちがち。終わった後も、間違いなく、硬くなっています。筋肉も動きも。
それでもそうしたい、機能重視じゃなく体を作りたい、なら、それでいいでしょう。
でも、うちは、そういうやり方を好んでいません。



不快だから。



もやっとするから。



でも、もやっとする、不自然なことをする、ということが鍛えること、だと
「あきらめて」いませんか???
ここでひとつの定義を申します。



効かない=感じられない
感じられない=力んでいる



いかがでしょうか???

もっとも初期段階、鍛える初期段階、初心者だと、意識すら筋肉に行きにくいもの。
回路(脳→神経→筋肉)ができてませんから。だから筋肉もサボっている。
でも、思うんです。その回路を乱してるのは、、、、ほかでもない「力み」じゃないか、と。



これは、肩の運動です。じつは、肩だけに効きやすいのです。
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思うんです。効かせたい、と思って効かせる事は、じつは本質から逸脱してる、と。
大きくは、宇宙にそむいている。本来あるべきながれに、抗ってる。
ほんとうは、力まずに、重さをまるごと受け止めて、

「これでいいんだ」「大丈夫なんだ」「このままでうまくいくんだ」

結果は、意図して起こすんじゃなく、自然と舞い降りてくるもの。
速く動かそうが、遅く動かそうが、そのながれを信じれば、、、
や・わ・ら・か・い!!こ・こ・ち・い・い!!

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がんばって速く動かすものではなく、
がんばって遅く動かすものでもない。

それが、(神や天や宇宙などの)采配というやつなのかな???と。

うちのワークアウトは、重りを扱います。
でも、「重りを扱う=厳しい形相で」となるかもしれません。

「この大変さが必要だから、やる」
「この大変さがいやだから、避ける」
・・・・・この二者択一になるかもしれません。

大変じゃなかったら、どうしますか???
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それで機能が伴えば、、、うれしくないですか???
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しかも体作りにもなってしまう。怠けてるのに充実してしまう。
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もしかしたら、こういう意見もあるかもしれません。
「それだけいっぱい苦労したから、今があるんじゃ・・・・」
思うんです。たしかにいっぱい苦労はしました。でもそれは「自業自得」。
そんな苦労は、ほんとうはしなくてもいいんです。

動画に、あるいは自分の動作に、苦労のあとがないのは、
あるいは当の本人が「どこか余裕」で「天然おこちゃま風」なのは、
その粋に、その世界に来れば、過去は葬られ、「今」と「これから」しかなくなるからです。

だから、今に問題があっても、葬られる。
そして、そこに到達するのは、誰でもできる。
苦労をしたから、とは限りません。そんな苦労はせず、「はじめから自信」を持つこと。

指導者の役目は、お客さんに
「苦労をしなければ報われませんよ」「厳しいよ」と伝えることじゃなく
「楽しめば、楽しいことをやっていたら、うまくいきますよ」を伝えること。

厳しい、じゃなく、楽しい。やさしい。

もちろん即日に変わることはないでしょうが、、、
即日から「意識」が変わるでしょう。
もうひとつの世界が存在するとして、そっちの世界へいけるような。。。

そっちの世界は、「自分はもともとすばらしい」「世の中は、やさしい」という世界。
ただ単に、いろんな影響で自分じゃなくなっただけ。
だから、そういう力みをはがしていく。常識を紐解いていく。。。

「がんばらなければいけない。。。」
そうやって「自分の意識を変えずに」力んでしまうほうが、結果、本質が変わりません。
私も、苦労のあとを見せない、いいえ見えないのも、意識が違う世界観にあるから。

「がんばる=しっかりしてる」
「なまける=いいかげん」
それはうわべのこと。ほんとうの本質は、どうなのでしょうか。
なまけるぐらいのほうが、実は深い考察になっていないでしょうか。
がんばるほうが、実は型にはめられて狭い考察になっていないでしょうか。

体の使い方ありき。
その体の使い方こそ、、、苦労がない感じ。
単純です。重りを持てば、、、重りはどうなりますか???

下がりますね。。。

でも、ここは素敵な世界。

がんばって挙げようと逆らわない。そのながれをますは受け容れる。その自己信頼。
自己肯定ともいいますが、
それは、自己否定を跳ね除けて筋力で力みまくったむなしい自己肯定じゃなく、
根拠もなく、自分を肯定できるさま。

もういちど、動画をみてください。

流れのまま。。。

そこに本質があります。

「なんだか不思議」
「うまくいくもんだな」
「重りは、やさしいんだな」

こっちが逆らうから、潔癖になって壁を作るから、、、厳しいものが降ってくるんです。
固めたり、興奮させて跳ね上げたり。
自然は、不自然を調整するような気に思えるので、不自然を調整するのでしょうか。

でも、自然は本来「中性」だと思うので、こっちも中性になればいいんじゃないか。
それで、なぜか、、、うまくいく。。。
トレーニングの世界しか知らない私ですが、
いつもこういう不思議を、観念みたいなものを、感じずにはいられません。

苦労を感じさせるような手法からは、
「我慢」か「逃げ」しか生まれない。
根底の自己否定がさらに根強くなりそうな気がする。

がんばらない。自信を持つ。回りはやさしいと感じる。

ウエイトトレーニングに、いつもすごい可能性を感じています。

繰り返しになるけど、何度でもいいます。
重りを挙げたければ、、、重りを下げるのです。
重さを受け入れ、一緒に落ちるんです。

ウエイトトレーニング。重りを扱うトレーニング。
まず、先入観で、あるだろう、以下の2点。
「力を入れなければ、挙がらない」「痛めつけなければ、成長しないし強くならない」

それらを、払拭します。
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力を入れて、充実する。動くことそのもので、充実します。たしかにそうです。
体力もつくし、がんばった感、ある程度の成長もします。
でも、ほんとうに、そういうことだけがすべてなのか???

痛めつけなくても、いいえ、痛めつけない動かし方ありきで、
つまり、すばらしい動作に見合う、すばらしい体型やすばらしいコンディション、能力。
これがついてくるのではないでしょうか。。。

力を入れない。力まない。ようは、がんばってない。
怠けていい印象がないかもしれません。
ですが実際は、、、どこか玄人な感じでもあるのです。
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けんかと格闘技ぐらい違うのです。
そして、そういう玄人になれるのか???運動恩地だし。。。
大丈夫!!500%大丈夫!!

だって、そういうことを、おもりさんが、教えてくれるんだから。。。
・どう動かしなさい
・どこどこを意識させない
私はそういう指示はしません。だってそれは、、、あなたがつかみ取れるものだから、です。

私の仕事は、ただ、見守るばかり。
それで、お客さんから「こういうことでしょうか???」と聞かれたときに、返事をする。
間違ってたら、違う。正しければ、そうです。

安心して。
間違ってても、叱らないから。
むしろ、気づこうとしたことを、褒めて、またヒントを教えますから。

こうこうこうだ、と教えることは、
指導者の仕事じゃないと思いますし、それをやるから、つまづくんです。
だから、できる人はもっとできて、できない人はもっとできなくなるんです。

まずは、動画でみたような、不思議体験を、楽しむことです。
力は、、、入れなくていい。。。
でも、、、動きのつぼが、体でわかる。

体でわかる。

本とかで読んだことも、実際に実体験やそういう事態になったときに、はじめて、
理解できますよね。
それと一緒。。。

かつての動作。
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最近の動作。
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一週回って気づいたこと。
あえて以前の動画を載せたのも、そういうことです。
つまり、、、一週回ってしまったんです。

足・・・足から上へ生える
着く・・・同時に蹴れている

と回っていくうちに、、、一周回って「落ちる」に帰ってきたのです。

ただ、、、一周回ったんです。

久々にバーベルを担いでみたんです。スクワットをやろうと思って。
すると、バーベルの重みがすごく心地よく感じたんですね。
と同時に、、、つまり、なつかしい感じがしたのと同時に、、、

足裏からは、自然と浮き上がっていく力のようなものも感じられ。。。

つまり、何も、「足裏から順々に」「下から上へ順々に。。。」なんて意識は不要で、
その前に、重力を、心地よく、感じ取ること。やさしく、重さを、受け入れること。
でも、一週回ったせいか、同時に、自然と、足裏から、湧き上がってきたんですね。

ただ、、、歩くことなど、滞空側の足じゃなく、着く足が大事で、
これも、着く側を意識させるんじゃなく、結果的に、という感じでしょうか。
今は、、、「落ちる」と「立つ」が、自然な両立を果たせている。

腕立て伏せもそう。自然な落ち方をしてるのに、手から拾えてしまってる。
これは古い動画。
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思うこと。
それは結局、、、


あるがままを、素直に、受け入れること。


素直に、感じ入れること。


ここ数ヶ月の自分のスベった話をします。

ひとつのことにとらわれる。どちらかを迷う。そういう時期がありました。
でもそのとき、自分のなかでは、「自分の体を」「操作していた」んですね。
それがずいぶん続きました。まったく、自分らしくないったらありゃしない(笑)。

受け入れれば、簡単かんたん。。。操縦なんて、いらないのにね。。。
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一週回って、軽くなりました。
でも、
一周回った分、、、大きくなりました。

いつでも差せそうですが、あえて、そこまでにしています。
ウエイト、というのは、「万能スポーツ」「総合スポーツ」。
スポーツをやりましょう。スポーツの知恵、運動の総合力を、養いましょう。
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結論、腰で、バーベルを、上へ、はじくんですけど、

このときには、すでに、
・バーをぶら下げたまま、脱力して重さを自然と受け止めてること
・足から地面から力が上へ伝達してること
が、当たり前の状況になっています。

しゃふとを挙げてる最中に、こういうふたつの状況が当たり前になっていて、
あとは、腰で、はじくだけ。
という状況になっています。

腰ではじくときにも、当然、
足から伝わることやぶら下げてることが、
叶っています。

どうやれば、腰ではじくだけで、ふたつのことが叶うのか、
どうすれば、ふたつのことが両立するのか、
それは、直接教えます。段階がありますので、順々に、教えます。

ただ、下げれば挙がる、ということと、着いた足から伝うことが、イコールであって、
腰ではじくことで、ウエイト、というスポーツになる、とだけ伝えておきます。
そのスポーツしか知らない人でも、きっとわかること。
ウエイト、というスポーツを知ることで、そのスポーツがもっとわかる、ということ。

日常動作も、スポーツのうち。

さあ、、、、枠組みを再考し、総合力を、手に入れましょう。
うまく動ければ、それが、フィジカルになり、コンディションになります。
うちは、動けない状態で力に頼ることで、筋力をつける方針ではありません。
うちは、動きにくい動かし方をして、筋肥大を求めるのでもありません。

動画をみてのとおり、体作りも、それなりにかなっていますし。。。

ただ、段階を追って、ウエイトというスポーツを、やっています。

今は、地面から力をわけてもらうことを、重視していますが、
その前に、力を入れずに、重さを受け止めて、受け止めたほうが挙がるっていう感覚。
それがありきのことです。
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足から振動を伝えていくのは、これがあってのことです。
あるいは、足で伝えていければ、上の動作も、いちだん変わるかもしれません。
やはり、あるがままに受け止めことじゃないでしょうか。
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