自転車でこけ、受け身をしたために痛めた左指が、だいぶ回復。
改めて動画を撮りました。
われながら、いいんじゃない???って手ごたえですよ。。。
[広告 ] VPS



どうです???こういうのを見たときに、バーの挙がり方や見た目の動きだけをみたら、
「中心から流すように挙げてる」
「もしかして、中心を固めてるの???」
そう誤解を受けそうですが、、、



違います。



重さを受けて、落ちただけです。下がるように上がっただけ。
ただ、、、ウエイトリフティングのひとつの技術を取り入れただけ。
ここが「主観」と「客観」の違い、という話になりますが、

バーベルをね、、、腰(下腹)にぶつけるように挙げたの。。。

なのに、、、案外、、、まっすぐあがっちゃったの。。。。

前に大きく振られずに、案外まっすぐにあがっちゃったの。。。


[広告 ] VPS




重い買い物袋を持ち上げる際、私なら、ぶら下げるように上げます。
くわしくは、こちらを
そのメカニックを優先して、そのうえで、技術を入れました。
そう、、、あくまで自分優先。

だから、、、やわらかくもあるし、それでいてうまくも強くもある。

もう一回主観と客観の話。おれはある意味、しばられてたんだろうね。。。
まっすぐあげなきゃって。。。
それで、腰にぶつける前に上げちゃってたり、肘が先に曲がったりしてた。

案外、、、自分を信じていったほうが、、、うまくいくんだな。。。って。。。



体幹を固めるな。という水面下の情報も、ちらほら見るようになって、
でも今度は、体幹を逆に柔らかく使おう、ってな感じに。。。
たしかに硬いよりはやわらかいほうがいい。

中心からの流れが閉ざされるからね。。。
固める人の考えは、中心を固めることで末端部分が動かしやすく。。。
でもこれだと、中心部が固まることで流れないから。。。

だから中心部は柔らかいほうがいい。

でも、、、

「やわらかくしよう」だったり「中心部というその意識」が、逆に硬くしてませんか???
否定するわけじゃないよ。でも最初から、重力というながれがあって、あるんだから。。。
だから結果として。。。。。

というのが、私の考え。。。



私の考えが正しく、他を否定するとか批判するとかじゃない。
自分が心地いい、という選択を、プロの目線で求めてるだけ。
だから、固めたい人は固めればいいし、柔らかく意識したい人はそうすればいい。



ある大金持ちのお話。
その人は、会食や食事をするとき、いつも決まった店を選ぶらしく、
その人が一番気に入った店らしいんですが、ある方がこう質問を投げかけました。

「どうして他にも探さないのですか」

彼曰く、どうしてそんなリスクを冒す必要が。と。
そこに行けば、良いものもすぐにわかるし、常連だから待遇もいい。
仮に街で3番目に良い店だとしても、彼が気に入って入ってる以上、満足度は100%。
でも、あっちがいいと思って選ぶ。でも他の店も気になって、満足度も70%ぐらいかもしれない。



私も以前は、力んでる人を良いように思いませんでした。
でも、今は違うんです。彼らなりに一生懸命、頑張ってる。
頑張ってる姿を見て、逆にこちらも気分がよくなるぐらいなんです。

ただ、私のやり方は、その頑張り方を、うまく。豊かに。こだわってるだけ。

自分も好き。相手も好き。そういう尊重意識でしょうか。

うまくいく人は、選ぶときこそ迷いはあるでしょう。
しかし、こうだと選んだのなら、それをめいいっぱい楽しめるんですね。。。
あっちを選んでも、納得。こっちを選んでも、納得。

私のこだわりも、そう。。。

題名はアンチコアとなりましたが、
私の考えであって、それぞれが良いと思ったものを選択すればいいんだと思います。
私を選んでくれたのなら、それもよし。そういう話です。



スポンサーサイト
2017.04.09 成長
これは以前の動画。
スクワットがメインの動画ですが、バーベルを担ぐために、スナッチが入ります。

[広告 ] VPS
スクワットがメインの動画です。
スクワットの動きは、調和していい感じだと思います。
多くが「力んで」挙げっちゃっています。私は「あがくことなく」挙がってしまいます。

水面が揺れない感じです。
多くが水面を揺らすぐらいでないといけない、とパワーを誤解しています。
でも、水面を揺らさずして高速動作は、可能ですし、負担も少ないし、これが王道だと思います。



でも今日の議題は、その前のスナッチ。
じゃあ、、、今度はこっちの動画をみましょう。

[広告 ] VPS




自転車でこけてしまい、左の親指が痛くて、クリーンが今できません。
なんとかできたスナッチでしたが、ケガの功名じゃありませんが、
スナッチプル?いえ、シュラッグ?

これをやると、最初のスナッチのような「手上げ」じゃなくなるんです。

体の高いところから受け止める。感じる。
結果、体の高いところから、浮遊していく。

その精度が高まった感じです。



なんでもかんでも、義務を課される方法論で我慢する、のではなく、
根本を感じといっていけば、、、
楽しいでしょうし、暗記じゃなく自然と入っていくと思います。

リラックスが大事です。

体だけじゃなく、、、心の部分でも。。。



トレーニングに慣れてきた方にはなじみあるかもしれませんが、

たとえば100kgの重量を1回あげれるとしたら、80gkなら8回挙げられる、とか。
85kgで6回挙げれるなら、100kgで1回挙げれるかも?とか。
ようは、最大筋力に対する何パーセントか、というふうに、
その%で言われるのは「筋力」や「出力」を指す。

でもね。。。脱力にもね。。。そういうパーセントってあるんじゃないの???という話。


[広告 ] VPS



やわらかいでしょう???

前回は硬い動きとやわらかい動きで比較しました。
動きが硬い強化。それはどういう意味か。何を意味するのか。
動きがやわらかい運動。それはどういう意味で何を意味するのか。

動きが違う。「ああそうなんだ」で終わるのか。
動きが違う。「あ!そうか!だからあんなこともこんなことも。。。」と光が差すのか。
これも、、、脱力度じゃないかって。。。

小刻みにジャンプしても、
両肩が上下に揺さぶられてしまう人。まったく固まって揺さぶられない人。
これも脱力度。

・・・・

足掻いてつくろったものは、硬いと思います。
でも、自然を受け止めて自然になれば、やわらかくなっていくのだと思う。

「ああ動きなさい。こう動かねば」

でもこれらはまやかしであって、
「ゼロか100か」となって重りから逃げるか戦うか、ではなく、
リラックスして、受け止めてみれば、かなうものだと思うし、受け止め方ひとつだと思う。

その脱力度ですが、仮に私が脱力度80とします。
初めてトレーニングを受ける方がいきなり80になるのは無理ですし、
80ではない自分は力んでいるんだ、と考えるのも早合点。

最初は脱力度が20でもいい。でもその20を最大限に。
その継続で、だんだん40になり50になっていくのです。
その脱力や動きに欠かせないのが、感じること。足掻かないこと。

わかりやすく「重り」というツールがあなたをリードしてくれます。

どう動かすか、と思考するのをやめ、どう感じるか、をつかむのです。
どう動かすか、という情報は後を絶ちません。そのためのトレーニングも後を絶ちません。
これらは結局、「ぜロか100か」の思考だと思います。

受け止めれば、、、自然と叶っていく。



どう受け止めるか、
どう感じるのか、
それだけなんです。

でもそれだけだと言ったことが、言葉では表現できないから、運動なんだ、と思う。



もう、この感じは、フロックではないようです(笑)。つい撮影してしまいました。
瞬発力は、力じゃなく、力を脱すること。力を脱することで、重さを感じられ、動けてしまうもの。
動きを作るには、感知が重要。その感知のためにも、リラックスが重要。
[広告 ] VPS



メカニック不能のやわらかさでしょう???
フォームは、カタチじゃないし、ちからじゃないんです。
やはり、、、そう実感します。


天井を向いた部分に、重さが乗る感じ、でしょうね。。。
あとはその結果でしかない、というか。
保存の法則が効いた、絶妙な調和というか。

でもその元は、、、リラックスです。体への意識じゃありません。


感知すれば、(呼吸も)調和し、(動きの)ながれもよくなります。重力と、ともだちに、なりましょう。
[広告 ] VPS
バーベルダンベルなどの運動では、絶対的な基本があります。それは、、、「天井を向いた部位に効く」というか、ようは「高い部分からそれが起きる」のです。バーベルを担ぐスクワットでは、担いだことで動きが導かれます。「担げば、動ける」それが私の感覚です。足から上へ上へと逆らうものではないのです。高い部分から、それが起きる。

しかし、こういうふうに「バーベルをぶら下げる種目」の場合、わたしはこれまで、お客様への説得に悩みました。担いだときのようにバーベルが高い位置にあるのとは訳が違うような気がしたから。時々自分でも「感じることよりも、定義に無理やり当てはめて」しまってるのでは、と葛藤もありました。それでも私は、バーベルが低い位置にある「ぶら下げ」でも、「担いだときと一緒だ」と頑なに助言してきました。

それでよかったのです。それが正しかったのです

どういうことか、といいますと、
「バーベルによって下方(地面側)に引っ張られる」のではなく、
「天井を向いた高い部位から(高い部分から)落ちるんだ」と。

[広告 ] VPS




繰り返しますが、バーベルを担いでいないので、バーベルが高い位置にはありません。こういうときこそ、下方へ吸い寄せられる感じは、NGです。これだと動きの順序を誤り、重力と調和しない動きになります。下手すれば「手挙げ動作」にもなりかねません。

「いちばん高い部分から。。。」

そうでなければ、手挙げになります。


なぜなら、、、バーベルをぶら下げてるのは、、、体の構造からも、
手ではなく、、、腕でもなく、、、もっと体の中心側だったりするからです。
平たくは、、、天井を向いた部位。そこからぶら下げているのです。


クリーンでシュラッグ動作(肩がすくむ動作)が入るのも、手挙げしない理想のメカニズム。
でもシュラッグ動作を意識するのではなく、天井を向いた部分から落ちる(ぶら下げる)こと。
それが基本。高い部分や根元の部分から重さを感じ取れるか。ようは「リラックス」が大事。

[広告 ] VPS



ロウイング(背中の種目・漕ぐような動き))のような種目でも、
「どうしてぶら下げただけなのに、肩甲骨から始動する動きになっちゃうの???」
と不思議に思うかもしれませんが、根元や高い部分から重さを感知できてるから、です。
[広告 ] VPS




手挙げするかしないか、という「カタチ」だけの修正なら、誰でも思いつきます。
プロは、、、根本を見抜くのです。
感じること。そこが基本です。



高い位置で担ごうが、
低い位置でぶら下げようが、
基本は同じ。




ウエイトトレーニングをする理由はさまざまです。競技力を高めたい。ダイエットしたい。体型を整えたい。筋肉をつけたい。機能的になりたい。運動不足解消やストレス解消。などなど。そして、たしかにやり方や考え方もいろいろあって、その用途に合わせたやり方や考え方を選ぶことになるのでしょう。

ここまでは普通の内容です。
しかし、こういったことを触れても、
本人の感じ方の良い悪いで、理解のされ方もがらりと変わってきます。

「やりさえすれば、結果が出る」みたいに考えていると、おそらく結果も出にくく、やってる最中もいまひとつ充実もしないでしょう。そこには「感じる」ということが欠如してるからです。「感じる」ということが欠如してると、自分で判断できてない、という意味ですので、「正しい判断力」が芽生えません。「耐えれば結果が出る」・・・これが、耐えても耐えても結果が出ない一番の理由だと思います。

では、どのように感じればいいのでしょう???トレーニングとは痛める要素。だから休養と栄養が大事。そう思いこんでトレーニング中は「いためること」「いじめること」を感じればいいのでしょうか???たしかに体は作られます。しかし、機能という面では間違いなく低下します。それは、やっててそういう動きを(自覚があるなしに関わらず)感じてるからです。でも、これも「感じ方が悪い」と、「その苦痛や違和感」に「疑問すら」感じません。歯を食いしばる。おなかを力ませる。筋肉が焼け付くようにパンプアップ。体の発達にはいいでしょう。しかし、機能では、そういう動きが刻まれます。耐える能力がぐんぐん身につきます。しかし、同時にいえるのは、「危機を感じる能力」や「判断力」が低下する。そう思います。

やる最中の実感が大事です。ようは、どう動いたのか、が大事です。それが、もっとも理に適う動きであることが、最重要だと感じます。重さが過負荷としてかかるウエイトトレーニング。それだけでじゅうぶん、体も発達はします。それだけではありません。「動作の記憶」もされていきます。良くも悪くも。「挙げなければいけない」という思考は、「挙がらない」という感情の表れです。

交感神経優位が悪いわけではありません。それが「ポジティブ」に働くか「ネガティブ」に働くか。そっちが大事です。やる気がみなぎる。楽しくて仕方ない。そういうときは「ポジティブ」になっています。だから、「しんどくなったら、休む」「おかしいと気づいたら、立ち止まる」などの判断ができます。このときは、自信を持って休んでいる。休むことを許している。だから、思い切り休めている。これは、ポジティブな副交感神経優位ということです。反対に「不安でやっていたら」、それはネガティブな交感神経優位。「抗う」「闘う」「我慢する」これらも一緒。だから休むときにも罪悪感を感じます。副交感神経優位への切り替えもしにくく、ストレスも溜まるでしょう。さらに今度は、覇気がなくなり、気力の低下。これはネガティブな副交感神経優位。脱力もこのように誤解されても困ります。

どうせ重りを扱うなら、私なら、「やる気がみなぎる」「楽しくて楽しくて」「不思議で面白くて」「快適で」という手法を選びます。不安の裏返しで動かすのではなく、「信じる気持ちを持って」やるのです。無意識に人の思うことは、無限です。でもその無意識が現実を生むこと。私のなかでは、重りの重さを、普通に受ければ、普通に挙がってくれる。理屈もなく動いてくれる。考えないほうが、その思考を捨てたほうが、自然体でうまくいく。そういうものだと思います。受け容れないから、筋力で戦ってしまうのです。だから、苦痛になる。硬くなる。実用性が生まれない。重りを受け入れ、自分と重りを信じきれば、重りが動きを運んでくれるもの。だから快適で、楽しくなる。でも充実する。温まる。ポジティブな意識が、ポジティブな結果を生むのです。そう感じます。

どういう気持ちで取り組むか。それによって、結果もがらりと変わるし、人としてのあり方や生き方まで影響を及ぼすと思う。あるいは、生き方どおりのやり方にもなってしまうのかもしれませんが。。。「結果のためなら手段をいとわない」という生き方なら、そういうやり方を選ぶのだと思います。でも生き方がそうであるように、「本人の素直な感じ方」が低く、「我慢」と「争い」で生きるので、おだやかではないでしょう。いつも負けてる気分で生きてるような気がします。私には耐え難いことです。感じ方を捨てて、ねばならない風の思考に走り、いばらをわざわざ選ぶのではなく、感じ方を大事にし、いばらを避ける判断力にしたがって行動したほうが、日々のプロセスに満ち足りるし、つまりそれは、日々勝ち癖を刻むことになり、いつまでも向上することを意味します。

うちは、結果もそうですが、ある会員様のことば「これまで習い事という習い事は1~2ヶ月も続かなかったけど、こんなにも長くしかも我慢がなく続いているのは、(このトレーニングが)初めてだ」など、プロセスを大事にしてるから、結果もでるし、しかも楽しく継続できる。我慢でそのばしのぎ風。それが悪いとは言いませんが、我慢のない、豊かで、それでいて好転していくやり方だって、あるんです。そういうものだと、トレーニングの世界を通じてですが、思います。気張らない。踏ん張らない。我慢しない。いばらを選ばすして、それは実現してもいい。罪悪感なく、叶って良い。




プレ編なのに後日になってしまいましたが。。。
本編では、買い物袋の話をしました。
重い水とか入れ袋。どうやって持ち上げますか???という話でした。

改めて、重力ってすごいんですよ。間違いなく。
「それを受け容れた人に、力をくれる」と言うのが私の実感です。
そこで、今、事後処理のようなプレ編を申しているのですが、

現場ではむしろ、こちらのほうを先に、やってもらってる感じです。
事務的に、お硬~く、文字だけで、左脳思考論理的に言うならば、
「戻す動きが基本で、挙げる動きが構成される」

でもこれ、、、右脳的感覚的ニュアンス実感で感じる話となれば、
感じ方の能力ひとつで理解の仕方もがらりと変わります。

ようは、「思考的義務感による力み」なのか「感受性と協調によるリラックス」なのか。

本編でいう買い物袋の話も、、、元は、こういうことから派生したのです。
「落下中に、体は、学んでいて、上昇も、同じように、してくれる」
見え見えの切り替えしではなく、やわらかいながれが、大事です。
「ワンテンポ早く」「すでに」「できている」・・・・・意識と無意識の領域でポジティブになっていく。

[広告 ] VPS




ウエイトでいうならば、過去にも掲げましたが、改めて掲げます。
面倒なのでフロントスクワットにしました。
最初のクリーンが、自分でも気に入っています。
[広告 ] VPS




どうでしょう???
速さ(動作速度)も自由自在って感じがしませんか???
これこそ、、、ほんとうの速度です。

静は動なり(初めから、動けている。すでに、ながれがある)
動は静なり(そのながれがあるから、自由自在に変化できる)
速く動かそう!と頑張るのではなく、切り返そう!と気張るのでもありません。
すでにそれは、、、叶っているのです。



もっというならば、、、
挙げるという動きは、存在しない
これが私の結論です。ですが、これも、、、感じ方ひとつです。



落下の仕方。ようは、落ち方ひとつです。
受け容れ方ひとつです。
受け容れずに事務的に落下するだけでは、こうはいきません。
大事なのは、、、感受性と感覚、実感です。



静は動なり 動は静なり 2017・2(本編)はこちら
【過去記事】動作速度について




いや、、、すっごく軽かったし、自分でも良かったほうだと思うんです。
[広告 ] VPS




自身でもデッドリフトでは、良い時なんかは、、、
シャフトに触れただけでその触れた感触だけで自然と挙がってくれる感じがあって、
もちろん、力は入れないし、力が入れば動きが明らかに鈍りますからね。

何というか、、、人はそもそも「感覚で生きている」ような気がして、
大人の思考によって、「争ったり」「我慢したり」してしまうことで、
余計な操作法が生まれたような気がします。操作法でなければ罪悪感、みたいにも。

操作法自体を悪く言うつもりはありませんが、
思考で判断すれば、そうならざるを得ないのだと思いますので、
そういう意味では適切な判断だと思います。

でも、、、私のなかでは、素直に重さを感じただけで、それでじゅうぶんで、
あとは身体がなんとかしてくれないものだろうか???
それが、ほんとうの意味での体のしくみではないだろうか???そう思います。

「あ、重いな」(触れた感触)
「あれ、挙がったな」「動いたな」(不思議な感触)

重さを認めないその思考が、体を筋力で固まらせているように思えてならないのです。
「重い=闘う」となって、そうやって運動することで発散することもできるのでしょうが、
私には苦痛です。

だって、もっとシンプルでラクで心地良いやり方があるのに、わざわざ・・・・って思いますからね。

感じるためには、力みを捨て、思考を捨てる。
「感じよう・・・」じゃなく、構えないで自然に。。。。
「自然発生的」っていうんですか???

動画ではクリーンが間に入りましたが、
ジャンプしたような動きに映りますが、自身はそういう気はさらさらありません。
着きなおした感じ???重さを感じなおした感じ???でしょうか???

重力が鉛直落下するのは、承知のこと。
でもこれこそ、、、「承知」なんですから、、、意識しなくても、、、って話です。
それが、、、感じるというか、自然発生的というか。

ただ、、、落ちるというだけで、動きやすく、挙がりやすくなる、というのは、
実感がすべてだと思います。
その実感を、わがパーソナルトレーニングで行っています。

そういう動きで運動すれば、、、体のコンディションは、、、どうなっていくでしょうか???
スポーツなどの実用面でどうなっていくでしょうか???
ぜひわがパーソナルで味わって欲しいと思います。




こういうことを書くとき、申すとき、ようは、自分が成長できたとき、
その嬉しさはあるのですが、
同時に感じるのは、、、、、、、、、、

半分はおわびの気持ち、半分はわくわくした気持ち。
まあ、より良くなる、あるいはもっとシンプルになっていく、と解釈ください。



硬さに気づいたんですね。。。スナッチやクリーンとかで。
結論はそういうことで、今までやってきたスクワットとか、落ちることが大事で、
求心はね、、、案外「二の次」って話になるんです。。。ほら、、、言い憎い。。。笑。



うちははじめてのお客様にはたいていやってもらってること。
だいたい、以下の動画にあるようなこういうことをやってもらいます。

動画では「剣玉」を使い、糸の張りを一定に保ったまま上下させただけ。
力は入れず、糸の張りが乱れないよう、鉛直を保とうとします。
そしたら???持った左腕だけが???

[広告 ] VPS




軽くなっているんです。右腕よりも遥かに。。。
動画では撮影してませんが、右腕も同じようやってみると、、、
右腕もちゃんと、、、軽くなってて、左右とも同じぐらいかる~くなってるんです。

(現場では、重りを使ったり、水の入ったペットボトルを使うこともあります)



記事をひとつ削除したのですが、その削除した記事にあった動画。
重りさんをこっち側へ引き寄せてやってみたんですね。。。
たしかに挙がりやすかったんですよ。。。しかし、、、、

[広告 ] VPS




終えたあと、、、あろうことか、、、腕がさほど軽くなってない。。。
けんだまのときと比べたら、ぜんぜん、、、硬かったんですね。。。

そこで、、、

じゃあ、、、原点に還って、、、、鉛直を受けて、落ちて、求心を捨てて。。。
そしたらこれがまた案外すこすこ軽く挙がってくれまして。。。
終わったあと、腕を回すと、、、、すっごく軽くなってたんですね!!

[広告 ] VPS




ふたつのスナッチ動画、
動作もやっぱ、後者のほうが自然で、やわらかい。
やってても、窮屈感がなかったし、、、自然と求心もしてた気もする。



落ちること。
重さを受けて、感じること。
たったこれだけなんですね。。。

そこへ歩み寄ろう、としてしまうのは、
もちろん歩み寄らず離れていてはいけませんが、、、
歩み寄りこそ、、、しないぐらいの自然さ。鉛直を感じることに実直であること。

終わってみれば、、、

やっぱシンプル。。。



自虐の気分もあるが、、、
でもまたこれで、、、一段成長できました。
私でも、こういうことはありますし、指導者なら変化は「するもの」です。

シンプル化という大きな変化になりました。
いえ、、、変化しない変化というか。。。
ま、、、感じ方が良くなったことで、余計なものがまたひとつ、、、剥がれ落ちた感じ。

考えちゃ、、、だめですね、、、笑。感じることを阻害しちゃうから。。。



しかし、、、



改めて、、、



思い知らされましたね、、、



重力って、すごいですよね。。。






いつもは本業ではないクリーンやスナッチが中心でしたが、
今日は、本業のデッドリフトだけの動画です。90kgでしたが。。。
[広告 ] VPS



たしかにたかが90kgですけど、
いつもの動画(60kgか70kg)と同じ動きだということを見て欲しかっただけです。
不思議でしょう???

やってて私も不思議なんです(笑)

いえ、、、この不思議感が、、、やめられないのです(笑)

ケガもなく、終わった後にすっごく軽くなることも、わかるでしょう???(笑)



今までは、どう感じていたのか、どう感じるべきか、とかを書いてしまった気がしたのですが、
それは、良くないことです。そう思いました。
だってやってる本人は、、、別段、、、感じようとかしてないわけです。
実際指導中、、、見本をやってみてから、答えをいうぐらいです。

何が言いたいのか、というと、



「感じること」こそ、「結果だ」ということ。



言われてみれば、当たり前ですよね。。。
でもその時点で、すでに、やらされ感になっていたり、力で操作しようとしたりします。
「どう動かせば良いのか」という「情報」が欲しい???



でも指導者の立場から、、、それがいちばんいけないんだと思います。
私はデッドリフトなどウエイトトレーニングをやる際、、、その気持ちはだいたいこんな感じ。
それは、、、



「どれどれ・・・・・」



力を入れず、自然体。重りと正面から向き合う。ただそれだけです。
「どれどれ・・・・」
なんです。



だから、、、重さの感じ方がわかり、調和の仕方もわかってくるのです。
構えたり、闘ったり、過剰に防御したりせず、
「どれどれ・・・・・」



最低限に必要なことは、「力を入れないこと」と「重りに近づくこと」
あとは「どれどれ・・・・」じゃないでしょうか???
結果がついてきます。その結果が「等速」であったりします。



「どれどれ・・・・」



その感じ方を、楽しみましょう。。。