私、じつは、中学高校と、数学の偏差値が高く、小学校のときの算数から好きでした。
意外でしょう???
計算しない人柄ややり方なのに、計算しないのに、、、数学???

じつは違うんです。

計算は、大っ嫌いなんす。暗記物も大っ嫌い。なのに偏差値が高く、好きでした。

トレーナーの数学教室。運動なのに数学。
ここでは先に、数学や算数の話をします。
その後、運動やトレーニングだけではなく、いろんなことに当てはめてみたい。


・・・・・

・・・・・


私が普通じゃないどこか感覚的で感性があって、やや芸術肌(笑)なのも、これと一致するのです。
私は、法則を暗記して、それを活かすタイプじゃなかったんです。
「・・・・・・・・・・」
いえ、だから、、、法則は、暗記するものじゃないの。

だってね、、、法則って、、、誰かが発明したもの、、、でしょう???
だったら、、、誰かが発見したのだったら、、、
ほかの人でも発見できたってことでしょう???

違います???

なかったものからつくりだしたんじゃなく、
初めからそれがあって、
あとから、、、誰かが発見した。。。それが法則。。。

だから俺は、、、学校の授業とかでも、、、
法則のもとになった考えや由来の話が好きだったの。。。

・・・・・

三角形の面積って、、、そう、、、そういう公式だよね。。。
でもそれ、、、暗記させられてません???
暗記を苦だとさえ感じずスルーして、指示待ち人間のようにしたがってません???

で、、、従えなかったら苦痛。質問しても教師が答えてくれなかったら苦痛。。。

で、その三角形の面積だけど。。。

平行四辺形の半分でしょう???知ってます???
平行四辺形が半分になるから、三角形なの。イメージしようね。。。
上下さかさまのふたつの三角形になるのね。。。平行四辺形って。。。。

で、その平行四辺形は、、、
両翼の片方を、もう片方にくっつけると、、、
ほら、、、長方形に!!

ついでだけど、、、一歩の線がいくつも連なったものが、長方形でしょう???
だから、、、
「たて×よこ」なんだね。。。

平行四辺形もそうでしょう。。。
底辺と高さってしてるのは、長方形のなごりじゃん。。。
長方形でいうたてとうよこを再現したの。。。

垂直でしょう。底辺にたいする高さが。たてに対するよこが。

三角形は、、、
その平行四辺形の半分でしょう???
さあ、、、公式はもう、、、出てきたでしょう???

・・・・・・・・・・・

このように紐解いていけば、、、
なんだか「楽しく」なってきませんか???
実感するっでしょう???

今を感じるっていう、そういう豊かさみたいでね。

でも、それにたいし、、、
「法則がこうだから、これを活かすために、繰り返し問題をやりなさい・・・・」
「暗記するためにも、癖づけしなさい・やりこみなさい」

そういうふうにされたら、、、算数が嫌いになるよ。
もし好きになったとしたら、「感受性」や「関心」からじゃなく「我慢が報われた高得点」かも。。。
さみしいね。。。

・・・・

・・・・

俺が、実感実感と言って、暗記じゃなく感じることだとトレーニング指導します。
実際は、指導じゃありません。
あなたに「発明させるきっかけ」を設けているのです。

動作法がいろいろある。それ自体を否定はしないし、理論自体を否定はしない。
でも、、、俺に言わせてもらえれば、、、



百個の法則の丸暗記よりも、
一個の根本を実感すること。




重さを感じます。
どう感じますか???どこで感じます???どうやったら心地よく動けますか???
形やフォームじゃありません。感じることを避けて我慢を課して力で戦うものでもありません。

公式の根本をさかのぼっていけば、、、

結局、、、

感受性や調和にたどりつくのではないのでしょうか???


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しなければいけない暗記じゃなく、
課されたノルマじゃなく、
人が活き活きと実感でき、暗記しなくても、ほら、、、こうなっていくじゃない???
という楽しさや心地よさ。

2600×340=  ゼロはいくつになるか???

2個と1個で3個でいいじゃない???じゃなく、
25の百倍と34の十倍が掛けられるのだから、
百倍が十倍されるから、千倍になるから、3個のゼロ。そういいたいのです。

繰り返します。

1個の根本から、すべてがはじまり、自然発生していくのです。



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今はパーソナルトレーナーとして独立しているが、
元は、某ジムトレーナーの契約社員だった。
しかしそこでは満たされず、契約社員を週4日にし、
残りの3日間を、ゴールドジムのトレーナープラスパーソナルに費やしていた。

休みがなかったけど、、、充実してた。

しかし、その某ジムが閉店となるにつれて、進路が揺れた。
破天荒だった俺でも実績が買われたのか、
他店への配属という選択肢もあった。
しかしもうひとつの選択肢。。。。それは、、、パーソナル精度が取り入れてない他店へ。

ただ、、、いずれにせよ、、、俺は、、、指導者以外のことは、、、無能だとわかっていた。
それ以上に、、、自分の好きなことだけに集中したい自分もいた。
そんな迷いを吹っ切って、、、、独立という道を選んだのだが、、、

そう、、、このときが、、、独立のはじまり。。。

ではそのきっかけは???
何がその迷いを吹っ切って、、、自分をそうさせたのか???
キーワードは、、、男気です。


・・・・・・・・


契約社員だったころ、
じつは違法だったのに、許してもらえてたけど、、、笑
これも、、、破天荒なありのままさが、、、出すぎた杭になって打ちようがなかったから。
パーソナルも予約時間が限られていた。

当時、競艇選手を指導していて、彼が遠征から帰ってきて、次の遠征までの数日間だけ見る。
しかも、、、俺が契約社員の日は、見れない。
(契約社員・・・藤井寺/ゴールド・・・・神戸元町)

俺が進路で迷っていた時期。決断が迫られたとき。
彼がちょうど遠征から帰ってきて、最初のパーソナル。
彼は、、、俺のところで急に歩みよってきて、、、

しかも、、、目に涙を浮かべて、、、

「ありがとう・・・・ありがとう・・・・」

って彼も俺以上に不器用で、ぶきっちょに手を取って握手をしてきて。。。
俺は最初、、、何がどうなったのか、、、ほんとうにわからなくて。。。
でも、、、、、、もしかしたら、、、、

俺「優勝したの???」

彼は「うん」とうなずいてくれて。。。



その彼の偽りない表情と動作所作。感情いっぱいの姿。
俺は、こんな素敵なクライアントを持てて。。。
このとき、、、、
でした。俺の心に、、、絶対に揺ぎ無い考えがほとばしったのは!!



・・・・・・



「こいつとなら、、、心中できる」



・・・・・・・・



それが、、、独立を決めた決定打でした。
守りに入って、火木土しか見れなかったのを、
すべての曜日で見れる。賭けてみたい。彼だけじゃなく、他のクライアント、未来のクライアントにも。

先の記事でトレーナー会合があったことを紹介したが、
そこでは「準備が大事だ」とか。
まるで経験を積んだ先輩というのは、、、そこに「良い判断力が秘められてる」みたいな発想。

しかし俺は、、、



今でもこの選択は、、、後悔していない!!



そう、、、俺は、あの頃から、、、俺だったんだ!!



決してクライアント数に恵まれてるわけじゃない。
必死でやりくりもしている。
でも、、、腐らずに、、、自分を貫けるのは、、、

根底に、こういったものが、あったから。。。



14年経って、、、いっぱい傷もつけられた。
でも、、、傷つかずにのほほんと過ごしてきたわけじゃなく、
むしろ深みが増した。



独立して、、、良かった!!



もういちど、、、独立宣言をしようと思う。



それは、ジムのロッカールーム内での「私の失言(?)」から始まりました。
話はそこから始まります。

常連さんでいつも私のトレーニングに興味を持って下さる方と、その息子さん。
その息子さんは、高3で槍投げ選手。ジムの会員でもあり、お父さんと一緒に。
一度一緒にその息子さんともトレーニングしたこともあり、アドバイスなどをさせていただいた関係。

ちょうど私と入れ違いとなり、
「今から三者面談なんですわ~気が重いですわ~」とお父さん。
私はこう反射的に発言してしまいました。

「文武両立ですから、、、大変ですよね~」

このとき、、、私は大きな失言をしてしまった、と思いました。
『これでは息子さんの学業の成績が不出来だと言ってしまってるようなものじゃないか???』
『ましてや息子さんの成績も知らないで、、、どうして先走ってそう言ってしまったんだろう・・・・』

・・・・・・・・・・・

ちょうど同じような失敗みたいなことを別で起こしていたような感じもあって、
ジムに行けば、かなりのローテンション。。。
あることを抱えていたからです。。。

それは、、、個人的な性質も含めたこと。

・・・・・・・・・・・・

しばらくすると、、、ジムにはなじみのベテラントレーナーがきて、、、
彼女の手が空いたときに、話しかけてみました。
それは、、、さきほどの親子のこと。

彼女は私が知らない情報を色々教えてくれた。
そこで勇気を出して、、、「失言してしまって。。。」
「気が重い」というお父さんに「文武両立だから、大変ですよね」

彼女「え!普通やん!」「何で????」

そこで自分は、、、心に残ったしこりを余すことなく話した。
「武田さん、、、デリケート!!(笑)」
「でも、、、そこまで分析できてたんだから、、、」

正直意外な返答だった。いえ、、、そこまで自分はナーバスだったんだ。。。
でも、、、そうなってしまった背景が、過去が、次々に思い出してしまって、、、

「自分は、、、自分から話をしない人・できない人」
「トレーニングの話を軸にしかできない人」
「仕事以外だと、、、何を話せば良いか、わからない」「ますます人見知り」
「でも、仕事だと、、、それをこなす、という条件があるから、、、否応なしに話せるが、、、、その後や翌日には、また“はまぐり”になっている」

彼女「いいじゃないですか!!」
私「パーソナル中でも、会話がなくなるとき、以前あって、お客様から「きまずい」といわれたことも」
彼女「じゃあ、、、黙ってやったらいいじゃないですか(笑)」
彼女「トレーニングの話いっぱいしてあげたら」
彼女「でも、私も人見知りですよ。仕事だから、、、できてるだけであって、、、プライベートでは。。。。」

じつは、、、先ほどの失言も、、、自分は性格上、人と話す機会が少ないから、、、
相手のことを汲んだ気持ちになれないことで、そうだと決め付けてしまって。。。
と、自分のことばっかりで、相手の気持ちになれないことを私は悔やんでいた。

10年以上前に自分が付き合っていた当時の彼女からぼろくそに指摘されたこともあって、
今でもそれがしこりになっている、、、
このことは伏せておいたが。。。

たしかに“後からでも”気づけるようになった。
それをベテランの彼女は、、、武田さんの成長、、、と言ってくれた。
しかし、、、同じ失敗をやはり繰り返す。。。

でも、気づかないことに気づけるから、、、成長だ、と言ってくれた。
でも、、、もっと人と話す機会があって、もっと経験できてたら。。。
その思いが、、、忘れかけていた「重大な過去」を思い出させた。

このことは、、、ずっと恥ずかしいことだと思っていて、、、伏せていたことだった。
だから、、、恥を承知で、、、思い切って、、、素直になって、、、



・・・・・・・



私「じつはね、、、中学のとき、、、」



・・・・・・・・・・・・・・



私「通信簿に、、、『視野が狭い』」って書かれたことあるんです。



・・・・・・・・・・・・・



しかし彼女は、即答で、、、こう言ってくれたんです。



・・・・・・・・・・・・



ひどい!!



・・・・・・・・・・・



じつはこう言ってくれたのは、、、彼女が始めてでした。



母も兄も、
「ほら、、、お前やっぱり、、、視野が狭いって書かれてあるで!!」
「話せへんから、、、暗いから、、、こういうこと書かれるんや」

兄にいたっては、
母の「視野ってどういう意味」っていう質問の解説まで母にしていた。
「心が狭い」「見える世界が狭い」って。

私を責めるばかり、、、しかも具体性まで持たせて責めてばかり。。。
そう、、、
私を擁護する言葉なんか、、、何一つかけてくれませんでした。。。

しかも、、、先生から言われ、、、親兄弟からも言われたのです。。。

私は、、、「それが正等」だと判断せざるを獲なくなり、
「そうだんだ、、、自分を変えなきゃ・・・・」
って『我慢』を強いたんです。。。

でも、、、今振り返れば、、、このとき、、、当時中一のとき、、、
じつはいじめにあっていて、、、そう、、、じつは「いじめられっこ」だったんです。
だからこそ、、、このとき、、、、親兄弟から掛けて欲しかった言葉こそ、、、



ひどい!!



という擁護の言葉だったんだ!!って、、、、、29年後にわかったんです!!




今、自分にしてあげることこそ、当時のことを振りかえり、
「ひどかったね」「つらかったね」
って自分に言ってあげることだとわかりました。



(すいません、、、、、、泣きましょう、、、、、、、)



・・・・・・・・・・・・・・・



ただ、それがトラウマになってしまって、、、
誰とでも気さくに話せる人をすっごくうらやましがったりしたり、
あるいは妙に敵対したり。。。

でも自分は、、、話さない。。。話せない。。。
いつもこの罪悪感にさいなまれていました。
そこでベテランの彼女は、、、、こうも付け足してくれました。



「視野が狭いって、
素敵なことじゃないですか???」




・・・・・・・・



「だって、、、
だから(すごい)武田さんなんでしょう???」




・・・・・・・・・・



彼女は私の独特性を買ってくれてて、正しくわかってくれてて、、、そう言ってくれました。。。



(すいせん、、、もう一回、、、泣きましょう・・・・・)



・・・・・



かつてはトレーナー同士の会合とかがあって、そこに参加したこともあった。
自分よりも若いトレーナーが、売り上げもいっちょまえで、
「話題が豊富なほうがいい」「遊びとかもしってるほうがいい」「メソッドよりも、、、持論よりも、、、、」

まるで、しゃべれない奴ができない奴みたいになって、、、
居心地悪かったそこに苦を感じて脱退はしたが、、、
でも、、、言い返せなくて、、、主張できなくて、、、悔しくて、、、悲しくて、、、

そういうこともあってか、、、自分で自分をかなり傷つけてきたと思うし、
傷つけてきたんだ、、、とやっと気づいた。
それでも、、、今でも、、、自分(の道理)を守り続けているんだ!!

彼女は、、、そんな不器用な俺を、、、ちゃんとわかってくれてて、、、認めてくれて、、、

いや、、、誰より、、、俺が、、、俺を、、、認めないと!!

武田トレーニングが、武田さんが、、、どうしてその発想力???
答えは、、、「視野が狭いから(笑)」
って笑いにしようとしても、今は笑いにしたくない気分でもあるんだ。。。

自分と闘って、、、世間と闘って、、、
悲しそうな背中の奥には、、、
強い信念がある!!

勇気をわけてもらえたひと時でした。
そして、、、
信念を貫く姿を大事にしてれば、、、必ず味方が現れる、ということがわかった。



・・・・・・・・



フロントでのチェックイン、チェックアウト。。。
俺は「しゃべらない」し「しゃべれない」。。。そのしゃべれないチェックイン・アウトが苦痛だった。
そうやっていっつも「自分を傷つけていた」!!
それで、それをかばうせいか、、、「わざとぶっきらぼう」だったり、、、「遠慮気味」だったり。。。

ところが、、、今日のチェックアウト。。。

そのベテランの彼女によってしこりの取れた俺の心を見透かしてくれたのか、
「武田さんのことは、、、わかってるから」
ってな表情で、笑顔で対応してくれた。同じように挨拶程度だったけど、いつもと違っていた。
俺も自然と、、、しこりが取れ、、、笑顔だった。嬉しかった。。。



(まだ泣ききってなかったみたい・・・・・・)



昨日までは、、、ある意味、、、何を見ても「敵」のように感じる、というと大げさだけど、、、
でも思ったの。。。それだけ周囲に矛先を向ける一方で、、、
じつは自分を責めていて、、、自分に矛先が向いていたってこと。

周囲への攻撃は、、、ほんとうは、、、自分への攻撃だったんだ!!って。。。
だから、、、いっつも自分に傷ついて。。。自分に傷つけられて。。。
でも、、、ほんとうは違っていて、、、



いっぱい応援してくれてるんだ!!
いろんな人が俺をわかってくれてたんだ!!




(もう涙、、、残ってますか???)



・・・・・



「視野が狭い、と書かれた通信簿」



でも、、、それでも准じてそれを貫いてきて、、、今の自分がある。



不器用で不器用で、、、それで自分を傷つけて、、、
でもまっすぐ一本気を持って、、、



これまでいっぱい、、、自分を責めてきたね。。。。



間違って周囲も責めてしまったね。。。



でも、、、もう、、、大丈夫!!



みんな味方だから!!



そう自分に声をかけてやりたい。



そんな一日でした。




これは自分にも永遠に言い聞かせていることでもあるのですが、

ふとこんなことを思いたったので、記事にします。



出る杭は打たれるけど、
出すぎた杭は打たれない




そこでふと気づいたのが、「出る杭が打たれる理由」です。
ひとことで、中途半端な自信、となるのですが、さらに掻い摘んだ答えに気づきました。
何も威張っているから、とか、未完成だから打たれる、とか、ではないと思うんです!!

自信を持つのに、何か資格が要るとか、誰かの許可が要るとかじゃないはずですから。
(何かを成し遂げなければ得られないものだったら、一生得られない気もする。順序が逆だと思うし)
そうじゃなく、打たれるべくして打たれる理由があるのです。あったのです。

「自信あります!」「でも、、、誰かからこう思われるかも・・・」
「できます!」「でも、、、じつはあの不安この不安・・・・」
「俺は、こうだんだ!」「でも、、、ああ言い返されたら・・・・」

みたいに、結局「分裂」してしまっていて、その分裂した側の思惑通りに「打たれている」のでは?と。

実際にそう思われたり言われたりするならば、そう思われるだけ自分もそう考えていたから、、、となる。
あの不安この不安・・・となるぐらい、夢側希望側ではなく現実側に自分が行っていた結果。
ほんとうの本心は、どうよ!!ってことです。自分も「ある苦手なこと」を取り組む際は、こうなっていた。

「希望なのか」「不安側なのか」

だから分裂しちゃいけないんだって。出すぎなきゃ!って。自分も日々成長ですから。。。
気づいて受け容れたときが、成長の一歩。嬉しい瞬間。
何気ない発言も、振り返ればそこから得られる糧もあって。。。

・・・・

ところで「自信を持ちなさい」という言葉は、某ジムでおばさんトレーナーが(分裂していた)自分にかけてくれた「魔法の言葉」でした。そのおばさんは、いつも明るく元気、誰からも愛される人気者で、おっちょっこちょいでしたが、溌剌と、でも言いたいことははっきり言う人でしたが、どこか温かかった。明るさに純粋さがあって、だから自分はそのおばさんにだけは何でも話しかけることができました。きっと100%信用しきっていたからだと思う。

明るく元気なおばさん。人気者のおばさん。何でも話せるおばさん。。。自信を持ちなさい!・・・・・

「そうか~!!」って気づかせてくれた恩人です。

そのおばさんには迷いがなかった気がする。暗く悲観的な面などなかった。腹黒くなくまっすぐだった。人によって態度を変える人でもなかった感じだった。それにムリがなかった。いつも人の良い面を見ていて、とてもポジティブな人でした。幸いにも自分も、子供のままの純粋な部分が多分にあったせいか、よくおばさんとはウマが合った。そういう(非才だと認めてくれた)部分も、普通に(人の子として)受け容れてくれた。特別さを認めてもらいながら、特別扱いではなかった感じ、という心地いい温かさ。間違いなく今の自分に大きな影響を与えてくれました。

自分はおばさんみたいな明るさや弾けた感よりは、子供のままでポカみたいな感じで、
おばさんとは明るさの種類は違うけど、自分らしさに自信を持てば良いと思う。
弾けることが明るさとは限らない。弾けてても愚痴ばかりとか腹黒いとか悲観的とかは、暗いんです。

色々回想してしまいましたが、、、、、

個性あふれる自分、まっすぐな自分に自信を持って!!もう「迷い」は要らない!!
自分に自信を持てないでいて、誰が自分に惹かれるだろうか???
迷いや分裂が起きても、そこに気づいたのならそれはまた成長の一歩として。。。

やはりこだわって、自信のある内容を自信を持ってこれからも変わらず伝えていきたい。
自信のある自分として過ごしていきたい。
分裂を潰していき、自信をさらに加速させたい。

自信を持つのに、誰かの許可や資格は要らないのです!!
資格があるとすれば、、、自信がある、とそう迷いなく思うことが資格です。


そういうインストラクションをしていたいし、
そういうことを伝える側になりたいし、
いや、、、伝えるじゃなく、伝わる、、、でありたい。。。

2014.12.30 おもてなし
ふと、こんな過去を思い出した。私がまだ10代か20代前半のころ。まだ「エス君」が生きていた頃。

トレーニングと関係なさそうな話から、、、それとなく関係付けていきますので、、、最後まで。。。

で、そのエス君とは、家族のようだったうちのわんちゃん。雑種でしたが、やんちゃでやんちゃで、自分に似て個性豊かで、何をするかわからない感じで(笑)。そのやんちゃぶりで、よく家から脱走して、あっちこっち走り回って、、、人に飛びついたりすることはあったが、噛み付くような奴ではなかったけど、、、

で、こちらも探しには出るのですが、範囲が広いため、とうてい見つからないわけです。しかし毎度のことながら、夕暮れ、家の前でいてるんです。エス君が。「怒られる・・・」って顔して。そこでいつもお袋は、エスを家へ招きいれます。エスはすでに反省しているのか、おとなしく犬小屋へ一直線。

このときお袋は、そんなエスにたいし、一切怒らないんです!!
逆に「遠いとこ、行ってたん???」「いっぱい走る回れたん???」
とか話しかけて、エスを逆に温かく迎え入れていたんですね。。。
でも、、、逆にエスは反省もしただろうし、温かく迎え入れてくれて嬉しかったろうし。。。。

実家を離れ10数年、こうしてふと振り返ってみたときに、
何かこう、、、エスと母との家族のような「絆」みたいな「信頼」って感じませんか???

相手の気持ちは、相手にならなければわからない。。。といわれたりします。。。。
こっちが心配“させられた”その気持ちをぶつけたり。。。
ここで“シメて”おかなければ、また同じ過ちを繰り返す。。。だからきっちり締めて。。。

でも母はエスにたいし、相手を察して温かく受け容れるという答えになったのです。しかも「自然に」

・・・・

人でもそうだが、欠点ばかりを指摘されるのも、確かにそれはありがたい指摘だとは思う。
しかし、それよりも、、、
「信じてもらえる」「認めてもらえる」ことが、一番愛情を感じ、一番まっすぐ向上するのではないか。

叱る・シメる・支配する。。。
その前に、「信じ合う・許し合う・認め合う・褒め合う・ねぎらう」という心がありきじゃないか???

そういうところに、人を“本来あるべき姿”へ招き入れる“おもてなしの心”があるんじゃないか???

【余談】おもてなしは、表なし、という漢字が当てられる説もあり、表も裏もない見返りを省みない無垢の心が誰かを思いやる行動になる。自分がやったことがわかる前提での気配りをサービスというのに対し、自分がやったことだとわからない前提での見返りを求めてない気配りをおもてなしという。誰もが本来、心のなかにおもてなしの神様が住んでいて、それは「誰にも気づかせずに人を幸せにする神様」。表も裏もない見返りを求めない無垢な心で質問したときに、おもてなしの神様はほんとうのことを教えてくれる。(参照:「ディズニーのおもてなしの神様が教えてくれたこと」)

・・・・・

じつは、ウエイトトレーニングも、そういうものなのだ!!

重りは、攻撃しているわけじゃない。じゃじゃ馬のようかもしれないが、じつはれっきとした「自然物」
「個性があり、個性を受け容れてもらえて存在している」
ここでシメなければ、、、と支配して攻撃するから、負の連鎖になるのだ。

本来は、、、手なずければ、とても従順!!

支配しなくても「扱う側の意思」に「応えて」動いてくれるのだから。

しかも親孝行ぶりがあって、
扱う側の身体にも(体という物体にも)「その特性」をプレゼントしてくれる。
「動かしたいように、動けてしまう!!」というプレゼントです。


自然は、温かい母のようで、個性を受け容れてくれます。
自分もその自然に習い、個性を受け容れ合って“親しく”なる。
それがウエイトトレーニングだと思う。

・・・

論理的なカタチになり、目に見える表面上の知識だけで「支配するばかり」じゃなく、
「温かい心」「内容を汲み取れるような許しの心や認める心」
こういう心で多くの人とも接することができれば、どれほどすばらしいだろう。。。

お袋がエスにかけた愛情のようなものを、誰にでもかけられたら、また違う好転が起きるのでは???
すべての人がそうできたら、、、世の中きっと変わるだろうに。。。。。

たしかにむつかしい課題かもしれない。
しかし、表も裏もないまっすぐな心で自分をみつめることで、
自分に住むおもてなしの神様が、ほんとうのことを教えてくれるんじゃないか。

たとえば「それ」が悪い印象に映る。。。でもそれは同時に自分に対する反映で、「カタチがこうでなければいけない」と自分を縛っていた証かもしれない。。。だったらまずは「そんな気張っていた自分を解き、許すこと」。そして自分を認め、褒め、ねぎらう。自分にゆとりを持つ。

誰かに、、、といきなり第二人称に行くのではなく、
まずは第一人称である自分にこそ「褒めて認めてあげること」じゃないか。

自分にしてきた行動が、そのまま第二人称への行動になるだろうからです。

そういえば自分を責めてきたんじゃないか???
自分をシメてきたんじゃないか???
もう十分頑張ったんだから。。。自分を(すばらしいと)認めていいんだよ。。。そう声をかけてみるのです。

私は指導者として、説明も「どこか感覚的で、論理性が隠れた」右脳的な指導だと思う。
しかし自分の素顔は、隠れた中に、隠されていることにおもてなしの心があり、
「それはあなたが築いたものだから」「あなたが頑張ったから」というアピールなのだ!!


重りを生き物のように考え、個性を受け入れ、友人になり、受け容れられた温かい中で叶っていく。
「私が施したから、、、」が一切表れない、カタチじゃないものを求めた自身の指導者像
それが、今の自分の考えを築いたわけで、カタチにならないぐらいのものだからこそ、
お客様が手に入れたものになり、ほんとうの価値が表れる、と思うわけです。

ここにも「サービス」と「おもてなし」の違いがあると思う。
「頑張ったのはあなたです」・・・・そういえる指導者でいたい
つまり、、、どんな人でも、最初はそうでなくても、かならず眠ったすばらしいものを持っているんだ。

互いを信じあい、認め合うことで、扉をこじ開けれるのかもしれない
これが、、、これまでのトレーナー人生で何度も味わったこと。
“このブログには”めずらしい内容となった。

小さなことから、、、やってみよう。。。
小さなことから、やってみませんか???
思い出すのに、23年もかかったのでした。
そう、、、23年間も忘れていたのでした。

あるクライアントさまからはこうおしゃっていただいたこともあった。
「できないことを言うんじゃなくって、できたことを言いますよね!」と。
褒めることが多く、できなくても、ステップを組み合わせて、、、、はいできちゃった!!みたいな。

“いいですねえ~”

クライアントになられた方なら耳にしただろう。。。自身の名言。これも、自然発生的にでてきた。
10年近く前、ジュニアの選手たちを見ていたこともあったが、そのときは、“いいねえ~”だった。
子供たちから武田さんの真似風に“いいねえ~”とか(笑)

たしかにそれなりには勉強し、指導経験もし、何より自らトレーニングを実践し、培ってきた。
しかし、根の部分がしっかりしていたのだろう。。。自然にポジティブなものを選び、ネガティブなものを避けていたことを。むしろネガティブなものへの反骨精神すらあった。こんな教わり方をされたら学習意欲が低下する、など。

だから、教わったことをぼすべて捨てて、10年以上続く現在のカタチができた。

俺こそ、オリジナルだ。
でも不思議だなあ。。。。。と。。。
こんな感じで、23年間も忘れていたのです。

何がきっかけだったかは、わかりません。
ただ、、、、
急に天から舞い降りたのです。忘れてはいけないある記憶が。。。

... 続きを読む
今回は趣向を変えて。少し自分について語ってみようと思いました。

現在はゴールドジムでパーソナルトレーナーとして活動させてもらっている。もう10年ぐらいやっている。しかしかつては自分も、某フィットネスクラブでジムトレーナーのアルバイトとしてスタートした。当時から目指す方向性があったのに大学受験に2年失敗し、妥協で信用組合に入社し4年後に退社、両親の猛反対のなか、24歳での夢見るフリーター生活が始まりました。

素人同然。そういう学校にも教育を受けていない。
しかし自分にはなぜか、“根拠がないのに”確固たる自信がありました。

「大学4年間でできなかったことを取り返したい」
そういう思いはあった。しかし勉学レベルではさすがに取り返せない。費用もない。しかし、もっと別角度から取り返したい、いや、取り返せる!!そういう根拠のない自信だけがあり、それだけで突っ走ってきたようにも思える。とはいえ、専門書を読むのは楽しかった。受験勉強や銀行の勉強とは違い、何を読んでも楽しかった。トレーニングも週6回やっていて、つまり休館日以外。好きで楽しくて、その勢いが火の玉みたいだった。

当時はよき先輩がいて、ある種ひとつのターニングポイントだったのだが、
解剖学というか筋の位置や構造などを図解したそういう類の書籍について、言われたことが、

「こういうのは鍛える前に読むものではない。鍛えて刺激や筋肉痛を味わって初めて読むものだ」

じつは当時、そういう情報には元々飢えていた自分。貪欲さは計り知れなかった。しかし、自分も一時、度が過ぎていたのだろう。こうして先輩が諭してくれたことが、今の財産です。根拠のない自信をどう活かすべきか、その方向性に立ち返れた分岐点だったと今は思える。

今の自分を見て、自分はそうではないと自負しているが、もしかしたらスマートでシャープな印象があるのかもしれません。しかし、初めは自分も「できない人」からスタートしました。今も「できない人」です!!現在はパーソナルで熱い言葉をかけたりしているが、「遠足は、家に帰るまでが遠足」・・・みたいなアドバイスが意外にも多かったりする。

これは、「できない人」だからこそ感ずる「天性」だと思っている。スクワットでいう「ラックアップからスクワットが始まっている」いや「その前の日常から始まっている」みたいな。そこをいい加減にして、要領だけでスクワットをこなすことに、目をつぶることができないのだ。

こうした目線が配れる泥臭さだけが自信であり、泥臭くテクニックや楽を求めない結果が今の自分だ。
「わかるからできる」のではなく、「できるからわかる」。そう触れてきた。
しかし、ここでいうできるとは、「泥臭くできる」という意味なのだ。
できる前にわかる、、、というセンスではなく、泥臭くできてこそ得られると思うのだ。


情報社会。知識も豊富。それ自体は構わない。
しかし自分は、(センスで)できない人でいたいし、(泥臭く)できることを拒みたくない。
そういう部分にじつはほんとうの事が隠されている、と今になって思えるからだ。