うちのブログは、動画が多いです。
しかも、指導では、見本も多い。
理由ですか???



それがいちばん、やりやすいからです。



言葉が増えると、必要のないことまで情報化される。
やることは、シンプルです。
子供になること。



大人武装が現況です。



免罪符のような知識は捨てて、
丸裸な自分に自信を持つこと。
重りは、そのことを、われわれに、教えてくれてる気がします。

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教え方が感覚的なのも、きっと、そう。。。
でも、体張って頑張ってるんじゃなく、
先に自分が楽しんでる



子供のころから、マジシャンにあこがれていました。



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2018.01.26 壊す
「こうあるべき」
「こうしなければ」
「こうしたほうがいいのでは」


でもそれが、結局、本気を奪う結果になるのであれば。。。


だからもう、、、やさしい指導者は、やめたいと思います。
でも、基本は、いい部分を見つめる指導者です。
ただ、、、間違った部分を、できてる、なんて言いません。
叱るときは、叱ります。


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2018.01.25 超天然論
先日の続きになるのですが、、、

天然って、こどもみたいだと思うのですが、
「子供みたい=素直で従順」
じゃないんです。


子供みたい=わがままでこびない悪いやつ


そう思っています。

だから、堂々としてて、譲らないんです。
強い自分をもっているんです。
腹が据わっているんです。




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周囲にほいほい、いい子ちゃん。
これは、間違いなく、ぶりっこです。
そうではなく、



何もしなくても、、、、あんたが最強。。。
と笑える存在。。。





案外自分のことって、、、自分ではわからないものですね。。。
そういうふうに感じたりするときって、ありませんか???
「こういう理想像。。。こういう自分の人物像。。。」
案外それを壊しているときって、よくも悪くもあるんだな。。。みたいに。。。

指導してて思うこと。

できないできないって、ま、運動が不得手な人が、うちにはよくこられます。
それが数ヵ月後には、、、なんてこと。。。案外ご自分で、ふたをしてる。。。
あるいは、下手にプライドが高い人。。。案外弱い部分だってあるんだな。。。って。

さっきの記事にも通ずること・・・
だめな自分も認めちゃう。。。
だって、、、バレバレなんですから。。。あんたの魅力が。。。

そう、、、だめだ・弱いって認めても、、、だめじゃありません。。。
無条件で「すばらしい」んですから。。。

おれ、天然かもしれないけど、時々むかつくことがある。
「天然ぶりっこ」してるやつみたとき。。。お前ちゃうやろ???偽善やろ!!って。
でも腹が立つって反応してる自分を、悪く考えてしまった。

それであえて、「悪い人」を演じてみた。いつも行くカフェへ、
お子ちゃまみたいに迎えてくれようが、ぶっきらぼうでいた。
帰りしな、、、トレーを返却して、退出時、、、

「自動ドアーに激突」
「お店のおねんさんも俺も大爆笑」

と、やはり、(良さは)バレバレなんだって。。。




うちは基本、60分もしくは90分からなるセッションで、
その60分ないし90分で、その人のトレーニングそのものを完結させてしまう方針。
それが今まで当たり前になってしまっていて、そこでふとひらめいたのです。



完結させることだけがすべてじゃないのでは???



うちは、ひとつの基本が他にも通じていて、そういうことがわかる内容でもある。
だったら、、、
何も60分や90分もかけて、ぜんぶやらなくとも、、、

その希望する一種目やらのワンポイントアドバイスで終わったっていいんじゃ。。。
あとは本人が活かしてもらえれば。。。

ま、1回の助言で完結するかどうかは知りませんが、
最初の一歩、そのインパクトは、莫大でしょう!!

あるいは、こういう方。
けが予防やコンディショニング目的。

これなら60分もワークアウトをしなくても。。。



ということで、、、



やはり完結したい方は、いつもどおり60分や90分で。
もっとも60分90分をメインにして、あとで自分で捕捉したっていいわけで。。。
と、それ以外にも、、、30分のミニセッションを、加えることにしました。

トップページにさかのぼってください。



2017.12.15 疑問
最新理論や情報、メソッドを悪く言うつもりはない。
でも、どうしてやることなすこと、「筋力をつける手段」でしかないのだろう。
負荷形態が変わるだけで、その筋力をつければ、こういう運動ができる、みたいな。

そうじゃないだろう!!

筋力に頼るから、動けないんだろう。

筋力に頼らない身のこなしありきのことだろう。

ウエイトや重力は、それを教えてくれてるんだろう。

体幹体幹という前に、力に頼らないバランスや芯を探すことじゃないのか。



古典的なウエイトトレーニングが近代化して筋トレ化してしまう。
乱れまくったケトルベル運動。
ケトルベルを否定するわけじゃない。やるなら、考えよってことだ。

そうやってウエイトを筋トレ化して、誤解されて、だから筋トレは不要だ、とかいう否定説。
だから俺は、戦うつもりはないが、自分をもっと貫くつもりだ。
宇宙のメッセージを受け取る、合法的じゃない温かいやり方を。

大人はすぐに、合法的に走る。ちゃんと感じないで、思考で判断する。
だから筋力が、、、って。
そうじゃなく、素直になって、子供がはしゃぐみたいに、楽しめばいいんだと思う。
そういう感覚や感情から、案外正しい判断が生まれたりしないだろうか。

物流なども含めた社会も一緒だと思う。
思いやりを持って正しいことを愛を持って取り組めれば、どんなに良くなるだろう。
大人のふりほど、稚拙だと感じます。そういう判断だから。


私も読ませていただきました。「君たちはどう生きるか」の漫画版。いっぱい刺激を受けたし、いっぱい励まされたね。そのすべてに触れることはできないが、話の中でいくつか登場はさせてみたいと思う。俺は以前、「アーティスト」という題名で、毎年心が踊りまくったことを書いてきた。俺がこういう考え方・こういう指導者になったのも、そこに秘密があるし、単に生活を守るためにお金を稼ぐ目的でこういう仕事をしてるのではない。


大事な何かを、伝えるためだ。


とくに今ではそうだが、情報まみれの時代になって、知りさえすれば、できてしまったかのような勘違いが起こりやすい。でも俺は、自分の体で実感し、しかもプロとしての実感。そこには、どこか、コペルニクスのようで、時代という大きなながれ、おおきな分子の軍団から勇気を出して分離し、あるべきありかたを求めてきたつもりだ。

もっとも初めから反対するつもりはなかったけど、知識を超えて、はるかに深い実感をかさねるうちに、そこだけでは解決しない、我慢の限界のようなものがあって、思い切って脱皮し、思考や常識を疑い、無というか、ニュートラルになって、感じてみたのです。

コペルニクスのように、宇宙のなかに自分があって、自分が世界の中心ではないんだとする心がけは、大人になれば得られる考えではあるが、それを常に持つのはまれで、とくに「運動」「トレーニング」という余暇のようなもの(軽くみてほしくはないけどね)では、ついそこがないがしろにならないだろうか。

昔、ある社長さんにトレーニング指導してたころ、おすすめのサプリメントを紹介した際、その社長さんは、間違った商品を買いました。経緯を聞くと、「部下に買わせた」とのこと。俺はショックで激怒し、なんと無責任だと叱った。若かったゆえに、本気で叱った。なんでもお金持ちは、たしかに買い物というか、ファーストクラスのチケットでも本人が買うものではないらしい。でもやっぱり、無責任だと今でも思う。

こういう例にもあるように、トレーニングも、利用する一手段、という軽い見られ方。その証拠に、すぐに方法論にはしるじゃないか!!すぐに答えを知ろうとするじゃないか!!こういうのは、実感して、感じ取って、初めて得られる財産なのに、指導者でさえも、体を使わずに知った気になる。今はそういう世の中なんだと思います。

だから、体の使い方っていっても、すぐに解剖学に走るし、頭と神経系だけで解決しようとする。そうやって、力むだけ力んで、それが瞬発力だ、機能だ、競技者だ、って具合に。コペルニクスの地動説じゃなく、自分中心になった幼稚な天動説だと、きづかないんだ!!それなのにかしこぶってる。人気もある。どこにリスペクトできるものがあろうか。

誰かや何かが中心で動いてるのではない。そう、俺が中心でもないんだ。俺はただ、自分の考えであって、宇宙と調和した自分のやり方を伝えてるだけであって、自分が中心ではなく、もっとやさしい気持ちを持つことを、ただ伝えたいだけ。でも、こういう感じ方は、宇宙と調和してると思うし、自信を持っている。だから、「私の支配下」じゃなく、あなたの答えを出すヒントを、与える意味で、自分のような考え方や自分のトレーニングは、必要なものなんだ、と思っています。その自信だけはあります。

やらさせ感いっぱいで、体中をあちこち指令させたいわば「ハウツー」。これだと、楽しくもないだろう。なぜナポレオンが、あんな短期間で力をつけて、時代を変えたのか。他国のやり方でもあった「傭兵制度」つまりお給料のために働く兵隊。でもナポレオン軍は、違っただろう。自由・平等・博愛だったか、そういう愛(愛国心・自由意志など)がある働きっぷりが、勝利・勝利・またまた勝利、と導いたのです。

うちは、ハウツーから脱し、人の「感受性」に働きかけ、楽しいもの。心地いいもの。いつまでもやっていたいもの。そういうものを求め、頑張らない頑張り方を開発してきた。さぼるんじゃない。楽しむんだ。我慢じゃなく、意志を持つんだ。心地いい動きを、一緒に探すんだ。力で解決しない、根本から変わるうまいやり方を、一緒になって、求めるんだ。

俺にもわからないことはいっぱいあるさ。
だからこそ、宇宙や環境に「ゆだねる」んだ。かみさまにそっと尋ねるんだ。



ほっこりジャンプで画面からはみ出す3mジャンプ!!
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前に進むときは、転がる感じなんだね。。。みたいに、教えてくれるから。
これも、実際に味わわないと、わからないこと。俺のブログは、見てすぐわかること謳ってるのではない。内容のない人気者にはなりたくないんだ。


こうして日々、自分も精進を続けています。最後に、できないからといって、自分を責めることはない。そう思えるのは、リスペクト心を再確認したいから。くず呼ばわりする人間が、いちばんのくずで、くずと思ってしまう人も同じさ。向上心や理想があるから、人は、過ちを犯せば、傷つくんだ。でもこれは、人だからこそ味わえる勲章。認めるって、魔法なんだなって、思います。

終わってみれば、話、ごっちゃごちゃになったけどね。。。



スポーツやトレーニングに関する雑誌で、補強という名目で、こういうのだったり、マシントレーニングだったりが、紹介されていたりします。それ自体はいいのですが、その響きがどうも、「重りに打ち勝つ筋力をつけなさい」「筋力をつけて、重りに勝ちなさい」という響きに感じます

もっともじゃあ、、、筋力をつけなければ、何をつけるのよ???と反感を感じるでしょう。筋力で挙げなければ、じゃあ「何で」挙げるのよ!!って感じに。。。でも私はプロのトレーナーとして、あるいはパワーリフターとして、こういう疑問を感じずにはいれません。



「どうして、挙げることばかり先行してしまうのだろうか」
「重りを正しく受け止めることを、感じることを、つまり、挙げる前の、もっともっと基本中の基本のことを、どうして述べないのか???」




挙げ方に走り、こうこうこういうフォームで、こうこうこういう規則で、みたいになってしまう。近代化。最先端。スピーディー。でも、だからこそ、便利だからと言って、形だけおぼえて対処療法。それでできたとしても、どうしてどうして、硬いフォームだったりするのか。

こういうふうに、やさしくうごくことだって、できるのに。。。


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その重りの受け止め方、っていう方(型)も、これも、合法主義に走れば、誤解になるでしょう。わたしなんかは、バーベルという構造上、プレートは、両端についてますね。これを意味するのは、「重りは、左右に、分散されてるんですよ」ってこと。だから、バーベルなのに、左右にダンベルをしょってるような感じ、でしょうかね。。。

でも合法主義に走って形を求めれば、感じられません。

ひとは、いつから、こどもじゃ なくなったのっでしょうか。
おとないなっても、こどもの記憶が あるはずで、
あるいは、もういっかい、やりなおしたって、いい。
その こどもの感受性を 味わうことを。。。


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第一話から、すっごくひきつけられました。

「みなさん 入学 おめでとうございます」
きょうは 入学しきです。先生が、おいわいのことばを いって くれました。
まみ子は。、どきどきしながら、きょうしつを 見まわしました。おなじ ようちえんに かよって いた ともだちとは、みんな べつの クラスに なって しまいました。クラスに なかよしの ともだちが 一人も いないのって、なんて こころぼそいのでしょう。
つぎの あさ。まみ子は、せなかに あたらしい ランドセルを せおいましたが、とても おもいような かんじが しました。その とき ピンポンと チャイムが なりました。
「おはようございます。」
ようちえんは ちがって いたけれど、おなじクラスに なった きんじょの あすがが、さそいに きて くれたのです。
「いっしょに いこう」
「うん。」
二人は、ならんで あるき出しました。
「まみ子ちゃんって よんで いい。これから よろしくね。」
「こっちこそ。あすかちゃん、なかよく しようね」
まみ子は、せなかの ランドセルが、きゅうに かるく なったような 気がしました」



あくまで読解問題の文書です。ですが、おとなになれば、スルーしてしまう感受性を、いっぱい感じませんでしたか???その読解問題の質問も、まるで、さっきの温まる気持ちを、再生させるような、問題、というより、「解けなければできない子」っていうんじゃなく、、、ふたたび感動できる。。。

たとえばこんな問題。最後のほう、まみ子のランドセルがかるくなったような気がしたのは???って三択。
・あすかがランドセルをもってくれたから
・あすかとなかよしになれたから
・らんどせるがあすかと同じだったから
これって解くだけじゃなく、その温まる気持ちが、、、もういっかい、、、蘇りますやん。。。

これと、こういう読解問題と、こういう文章と、こういう気持ちの味わうこどものこころと、トレーニングって、どこか違いがあるでしょうか???私が強く述べてるのは、こういうことです。だから、楽しいものなんです。そして、魔法のようでもあって、気分も好転するし、打ち勝つんじゃなく、、、温かい選択で。。。

ここまで述べて、こういう質問、やめてほしいな。
「それって、才能や素質があるから、じゃないんですか???」


以上です。


いつもご愛読ありがとうございます。
auのホームページを持っていましたが、10月末に閉鎖となり、
それに伴い、さまざまな手段を模索しましたが、、、

結論、、、

どうせやるなら、、、
今までできなかったことや、これからやってみたいことをやりたい。
今まででしたら、字数制限がありました。動画も載せられません。

あるじゃないか!!すでに!!このブログが!!



ということで、当ブログをホームページ化する決断にいたりました。



お申し込みは、こっちをクリックするか、トップページからリンクするか、
サイドページのカテゴリー:パーソナルをクリックください。
以上、今後ともどうぞよろしくお願い致します。



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うちはみてのとおりの手法や方針。でも、お客様から言われること。
「私らは、こういうのがあるって知ったから、ラッキーだけど、ほとんどの人は、こういうのを知らないから。。。体の使い方を見直す、というやり方が」

そうだと思います。こういう手法を知らずに限界を決めてしまうケース。
何を選ぶかは本人次第ですが、
もし知らずにいて、でも解決したい、という方がいれば、関わっていきたいね。。。

そうそう、、、ジムでこういう対話になった。
その人は、スクワットを断念したそうで、スクワットで腰を痛めたような。。。
俺はその人の前でスクワットをやってあげた。

むしろうちは、
腰痛持ちの人に、徐々にスクワットをさせてあげて、結果、腰の痛みと決別したケースが主。
ベルトをきつきつに巻いていた人、腰を用心した人には、痛みともベルトとも決別させた。

柔らかく動き、魔法にかけられて、ふわふわ楽しく動いてみる。
そのなかに、コンディショニングはおろか、動きの元や基礎があって、
うちは、、、力じゃないの。。。でも、、、技術でもないの。。。

優しい心で、、、魔法が起きるから。。。

知らないで、あきらめる、というのは、こちらも見ていていたたまれない。
だから、知ってほしいと思う。
そのうえで、相談なり決断なりすればいいのではないでしょうか???