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以前、バカな動画を撮っていました。
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アンチエイヂングについては、賛否の声があります。老いるものに逆らうことほどむなしいものもない。むなしい若づくろいおいたことを受け入れ、若い人にないものを出せばいい。という考え方。たしかに、今を大事にし、今を受け入れ、あるがままを受け入れ、一瞬一瞬を大事に生きることが、いちばん若いことになる。

でも、、、

俺がやってる仕事は、、、

まさに、、、

その、、、

アンチエイヂングです。



若く見えることはうれしいし、
40過ぎても動けて、うちでいうなら50過ぎても若々しい。
素敵じゃないですか。

「年だから、、、」といって、あっちが痛い、こっちがいたい。。。
そういうのが晴れていく。そういうのがなくなっていく。
うちはそういうトレーニングですし、だから、間違いなく、アンチエイヂングです。

年相応、、、どこか人生、あきらめみたいで、これではかえって、実年齢以上に老ける。
ただ、、、ここはアンチエイヂングを否定する人と一緒だと思うけど、、、
「がんばって、若くする」「無理をして、若くする」「犠牲を負って、若くする」ではない。



人は本来、、、本来がもっともっと若いはずで、
むしろ力みとかが、あるいは老けたあきらめた心などが、かえって老けさせてる。
老けるものは、老ける。でも、その老け方を遅くすることはできる、というか、、、

「じつは、もっと、若さは持続するものですよ」

ということなんだと思います。その本来を呼び戻すこと。自然体になること。はがすこと。
だから、若い人も、「わかいうちは力んで、年を取ればリラックスして」なんて考えるんじゃなく、
はじめから自然体で、はじめから力まない。

これは、決して若さを失うことではない。
いうならば、けんかと格闘技との違い。
技術があるかないか。しろうとさんかプロか、の違い。

だったら、しろうとさんとしてすごすより、プロのほうが、かっこいいし、若い。



どうです!!すごいプラス思考でしょう!!



以上、、、なんだかまとまりのない、着地点が決まらないアンチエイヂング論でした。
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うちは、体の使い方を見直すレッスンをしますが、
・競技するんじゃないんだけど
という方にこそ、受けてもらいたいと思っています。


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体の使い方が変われば、こりもなくなって、怪我もしない、回復の早い体になるからです。
競技したくない。しなくて結構。当たり前です。
ただ、「競技やスポーツ=苦・しんどさ・痛み」とも思ってほしくはないんです。

「動けるからだ=パワーを強いるしんどいもの」じゃなく、
心地よく、楽ができるもの、心身ゆとりができて、おおらかになるもの。
「動ける=がんばって動く」じゃなく、


「動ける=がんばらずに動けてしまうもの」


そういう動きは、体型も変えてくれるはず。
言い換えれば、よくない動きは、体型にもでる、ということ。
そして、動きは、本来、シンプルなもの。


余計な力が抜けて、必要な力が伝っていく。
頭で考えるから、ややこしくなるんだと思います。
だから、、、重りを、(過剰に重くはない)重量物を、使うのです。

重りは、力んで扱うものじゃありません。
それを動画や見本、自分の練習に、あらわしています。
がんばらないことで、、、よみがえる!!


2018.08.20 断舎利
ジムに行けば、いろんな器材があって、あれもこれも、、、ってわくわく。。。
でもおことわり、、、
うちは、、、バーベル中心です。

もっとも、補助種目として用いたりはしますけど、
基本が大事!!
それがあっての、さまざまなマシンです。

でも、、、基本って退屈???
それはきっと、、、何かに気づけば、考えが変わります。
「トレーニング=追い込む」から脱することなんでです。

ほんとうの基本は、、、もっとファンタジーなものじゃないかと思います。
たかがスクワットなのに、何かが違う。
そんなふうに、、、

基本中の基本。
それは、、、
何をやるか、、、ではなく、どうやるか。

そこに気づけば、、、
あらゆることがつながっていき、
あなたの心までもが、ぱぁ~っ!て開くのではないでしょうか。

うちが求めてるのは、「体の使い方」ありき。
すばらしい体の使い方で行うから、トレーニングの質が激変するのです。
何をやるか、ではなく、どうやるか。

そこが、違うのです。

良い体の使い方に見合う体型・体の質・強さや実用性になります。
普通に考えれば、鍛えれば疲れる。硬くなる?など。
うちは、鍛えたあとのほうが、やわらかくなります。

繰り返します。
見返りを求めて我慢して痛めつける。あるいはその痛めつけることを楽しむのではなく、
かなった自分として、楽しくそれをこなしていく。それ自体を目的にしてしまうことで、
続ければ、面白いように、変わっていけるのです。

その体の使い方とは、、、、

繰り返しますが、「かなった自分としてこなす」
そう、、、かなっていない自分として、今の自分に上乗せするんじゃなく、
すでに、それが、できている、という発見。
言い換えれば、、、余計なこと(動き)、無意識にしてるんです。それをなくす。
「しなくても、、、できていた」の気づき。

そういうことを、ウエイトトレーニングを中心に、体で味わってもらえます。
力って、こういうことだったんだ。
運動って、こういうことだったんだ。
目からうろこ、な発見を楽しみ、それ自体をその時間を、遊戯しましょう。
そういう習慣が、、、あなたを変えてくれます。



メソッドよりも、そのこなし方。
着飾っていびつになるんじゃなく、
なくしたり捨てたりすることで、大事なものが残っていく。

必要なものだけが、残っていく。大事なものしか集まらない。




基本は、スクワット。でも応用も、、、スクワットなのです。




上は、たとえば、、、の話であって、スクワット至上主義とかそういうかたちじゃありません。
情報も、結局は、あなた自身が選ぶもの。
自分のなかに、判断基準を。




また、体の使い方、というのは、
できてた自分に気づくこと。
シンプルに、、、これまでしていた二重の動作を、やめること。

二重の動作だって、案外気づかないもので。。。
その気づきを、与える、きっかけを作るために、私がいてるのです。
二重が取っ払われたとき、、、眠ってた自分が目を醒まし、覚醒することでしょう。

人事を尽くして天命を待つ・・・・こういう受身、見返りを乞う澱んだがんばりじゃなく、
天命を信じて人事を尽くす・・・かなった自分として、今をそれを楽しむこと。

目的のために、我慢する課される前者を脱皮して、
かなった自分として、結果や未来への犠牲じゃなく、それ自体を安心して楽しむ。その持続。「今」をそれだけ大事にできるか。しかも、自分を大いに肯定して!!




大丈夫!!それでいい!!




その取り組みが、、、あなたを変えてくれるでしょう。。。




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意外と盲点、な内容もありますよ。



こっちでは、それを総括するような話をします。
「目標」について。

目標を決めることで、やる気がでたりしますが、
達成することを求めてしまうと、達成できない自分を否定しますし、
途中経過の自分は、達成できてない価値のない自分になります。

という考え方もあります。ほんとうは、目標を達成してなくても、何もしない状態でも自分のすばらしさを認めることが大事で、目標とという制限に縛られると、可能性を縛ることにもなるので、目標は設定しないほうがいい。そういう考え方。私は賛成しています。でも、私は少しだけ、こう感じている、ということ。。。

それは、、、

「目標には、、、ふたとおりある」

ひとつは、さきほどのいわゆる「義務感になってしまいがちなもの」。達成できてない自分には価値を持てないので、達成しても、価値を持てずに「もっともっと」となる危惧。でも、もうひとつ。。。やっぱりあったほうがいい、と感じるのが目標。でもそれは、こういう意味合いです。

それは、、、

旅行へ行くかのような、「楽しみ」としての「目標」



楽しみがないと、人生つまらないじゃない。。。
でも、頑張るんじゃない。結果じゃない。楽しむこと。
でも楽しんだ結果として、楽しい何かがあるんじゃないかしらってこと。



こんな見解です。