スポーツやトレーニングに関する雑誌で、補強という名目で、こういうのだったり、マシントレーニングだったりが、紹介されていたりします。それ自体はいいのですが、その響きがどうも、「重りに打ち勝つ筋力をつけなさい」「筋力をつけて、重りに勝ちなさい」という響きに感じます

もっともじゃあ、、、筋力をつけなければ、何をつけるのよ???と反感を感じるでしょう。筋力で挙げなければ、じゃあ「何で」挙げるのよ!!って感じに。。。でも私はプロのトレーナーとして、あるいはパワーリフターとして、こういう疑問を感じずにはいれません。



「どうして、挙げることばかり先行してしまうのだろうか」
「重りを正しく受け止めることを、感じることを、つまり、挙げる前の、もっともっと基本中の基本のことを、どうして述べないのか???」




挙げ方に走り、こうこうこういうフォームで、こうこうこういう規則で、みたいになってしまう。近代化。最先端。スピーディー。でも、だからこそ、便利だからと言って、形だけおぼえて対処療法。それでできたとしても、どうしてどうして、硬いフォームだったりするのか。

こういうふうに、やさしくうごくことだって、できるのに。。。


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その重りの受け止め方、っていう方(型)も、これも、合法主義に走れば、誤解になるでしょう。わたしなんかは、バーベルという構造上、プレートは、両端についてますね。これを意味するのは、「重りは、左右に、分散されてるんですよ」ってこと。だから、バーベルなのに、左右にダンベルをしょってるような感じ、でしょうかね。。。

でも合法主義に走って形を求めれば、感じられません。

ひとは、いつから、こどもじゃ なくなったのっでしょうか。
おとないなっても、こどもの記憶が あるはずで、
あるいは、もういっかい、やりなおしたって、いい。
その こどもの感受性を 味わうことを。。。


171115_1257~01

第一話から、すっごくひきつけられました。

「みなさん 入学 おめでとうございます」
きょうは 入学しきです。先生が、おいわいのことばを いって くれました。
まみ子は。、どきどきしながら、きょうしつを 見まわしました。おなじ ようちえんに かよって いた ともだちとは、みんな べつの クラスに なって しまいました。クラスに なかよしの ともだちが 一人も いないのって、なんて こころぼそいのでしょう。
つぎの あさ。まみ子は、せなかに あたらしい ランドセルを せおいましたが、とても おもいような かんじが しました。その とき ピンポンと チャイムが なりました。
「おはようございます。」
ようちえんは ちがって いたけれど、おなじクラスに なった きんじょの あすがが、さそいに きて くれたのです。
「いっしょに いこう」
「うん。」
二人は、ならんで あるき出しました。
「まみ子ちゃんって よんで いい。これから よろしくね。」
「こっちこそ。あすかちゃん、なかよく しようね」
まみ子は、せなかの ランドセルが、きゅうに かるく なったような 気がしました」



あくまで読解問題の文書です。ですが、おとなになれば、スルーしてしまう感受性を、いっぱい感じませんでしたか???その読解問題の質問も、まるで、さっきの温まる気持ちを、再生させるような、問題、というより、「解けなければできない子」っていうんじゃなく、、、ふたたび感動できる。。。

たとえばこんな問題。最後のほう、まみ子のランドセルがかるくなったような気がしたのは???って三択。
・あすかがランドセルをもってくれたから
・あすかとなかよしになれたから
・らんどせるがあすかと同じだったから
これって解くだけじゃなく、その温まる気持ちが、、、もういっかい、、、蘇りますやん。。。

これと、こういう読解問題と、こういう文章と、こういう気持ちの味わうこどものこころと、トレーニングって、どこか違いがあるでしょうか???私が強く述べてるのは、こういうことです。だから、楽しいものなんです。そして、魔法のようでもあって、気分も好転するし、打ち勝つんじゃなく、、、温かい選択で。。。

ここまで述べて、こういう質問、やめてほしいな。
「それって、才能や素質があるから、じゃないんですか???」


以上です。


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いつもご愛読ありがとうございます。
auのホームページを持っていましたが、10月末に閉鎖となり、
それに伴い、さまざまな手段を模索しましたが、、、

結論、、、

どうせやるなら、、、
今までできなかったことや、これからやってみたいことをやりたい。
今まででしたら、字数制限がありました。動画も載せられません。

あるじゃないか!!すでに!!このブログが!!



ということで、当ブログをホームページ化する決断にいたりました。



お申し込みは、こっちをクリックするか、トップページからリンクするか、
サイドページのカテゴリー:パーソナルをクリックください。
以上、今後ともどうぞよろしくお願い致します。



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うちはみてのとおりの手法や方針。でも、お客様から言われること。
「私らは、こういうのがあるって知ったから、ラッキーだけど、ほとんどの人は、こういうのを知らないから。。。体の使い方を見直す、というやり方が」

そうだと思います。こういう手法を知らずに限界を決めてしまうケース。
何を選ぶかは本人次第ですが、
もし知らずにいて、でも解決したい、という方がいれば、関わっていきたいね。。。

そうそう、、、ジムでこういう対話になった。
その人は、スクワットを断念したそうで、スクワットで腰を痛めたような。。。
俺はその人の前でスクワットをやってあげた。

むしろうちは、
腰痛持ちの人に、徐々にスクワットをさせてあげて、結果、腰の痛みと決別したケースが主。
ベルトをきつきつに巻いていた人、腰を用心した人には、痛みともベルトとも決別させた。

柔らかく動き、魔法にかけられて、ふわふわ楽しく動いてみる。
そのなかに、コンディショニングはおろか、動きの元や基礎があって、
うちは、、、力じゃないの。。。でも、、、技術でもないの。。。

優しい心で、、、魔法が起きるから。。。

知らないで、あきらめる、というのは、こちらも見ていていたたまれない。
だから、知ってほしいと思う。
そのうえで、相談なり決断なりすればいいのではないでしょうか???



2017.09.21 齢(よわい)
17日日曜で、44歳になりました。ま、台風の日でしたが、、、。
見方を変えれば、、、台風が去ったことで、気分も一新。
ふと思いました。この業界に来て20年。気づいたらこういう歳になりましたが、
今でも24歳のままのような、、、というか。。。不思議なんですが、、、

周りがみなさん、、、若いですし。。。
ましてやゴールドジムとなれば、、、50歳過ぎても若いですもん。。。体も心も。。。
だから、44歳という年齢ですが、44年間体と付き合ってきたのは確かですが、、、
齢(よわい)ネタというか、そういうネガティブな発言を聞かないので。。。
逆にそういうのを聞くと、違和感もあります。

でも、、、これから運動を始めようとする方。

ジムでいてるはつらつとしたお手本のような方々も、
初めからそうだったわけじゃ、ないんですよ。。。
細くて弱弱しかった過去もあったけど、継続で、ここまで変われた。そういう人が少なくない。

だから、、、急にあそこまで変わろう、とするんじゃなく、
でも、、、あきらめるとか、才能が、、、とか、「でも・・・」を言うのではなく、
楽しい毎回毎日を過ごすように、今から始めればいいんだと思います。

毎日が初演・・・これはディズニーのスタッフたちの心得だと本で知った。
初心忘れべからず、、、よりも、モチベーションの響きが違うと思いませんか???

トレーニングも一緒で、流れ作業でやるんじゃなく、
感覚に刻み込んで、感覚と体験を楽しむものだと思います。
そういう良い今を刻むことで、未来が作られます。段階を追いつつも、毎回が新鮮。

私のスクワット。やわらかいスクワットだとよく言われますが、
はじめからそうだったわけじゃありません。
元は、力んでガッチガチだったんですから。。。

それが、継続とともに、齢(よわい)を重ねるうちに。。。ですね。。。
齢(よわい)を重ねて進化してますからね。。。

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そうそう、、、

もちろん、同じ鍛えるでも、やわらかく動いて鍛えたほうが、良いに決まってます。
でも、初めからそうはいきません。
でも、向上するごとに動きも良化するので、質が自然と引きあがる。

繰り返すけど、私も初めからやわらかかったわけじゃありません。
だからこそ、、、やり始めるのに早い遅いもないし、
今から、、、なんです。すべては!!

これは、おまけです。44歳の齢(よわい)にして、私服バージョンですけど。
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ぶっちゃけ、、、やりはじめは、、、怖かったんです。。。笑。
やってみれば、、、以外に。。。でした。。。
真似はしないでね。。。



「筋肉を鍛えること」にはさまざまな効果があります。それ自体は否定しません。
しかし、どうせなるなら、「良い動き」で鍛えたほうが、良いに決まってます。

筋肉を鍛えるその運動効果を求めた犠牲で苛め抜くよりも、
鍛えられるという結果論で、調和した動きで鍛えたほうが、
筋肉を鍛えた効果以上の効果も期待できますから。
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やわらかいその動きが、さまざまな効果をもたらします。
筋肉も結果的に鍛えられてますので、その効果もあります。
以前お客さまから背中をさわられて、ふわふわでやわらかい筋肉だと驚かれました。
弛緩が自動化され、それでいて元気でもある。ポジティブな体になってるんだと思います。

ネガティブな焦りや闘いや抗いや我慢じゃなく、
ポジティブな心地よさや楽しい熱中度や高まる自信(自己信頼度・自己肯定感の向上)。
身体が作られるにしても、「根本」が違うから、一線を引いたものになるのでしょうね。




運動って、とくにウエイトトレーニングって、思うんですが、

テスト勉強のような「ここ、テストに出るから、しっかり覚えて置くように」風の注意の仕方。
ようは、「その注意事項が、ありありとわかる動作」
「そこを、しっかり、注意してますよ」風の動作。

実際にやればわかるけど、間違いなく動きが硬くなります。
しかし、そこが「専門性」という圧力なのか、それが正しい、と思い込まされる。
結局、、、思うんです。。。好きでやってないんだな。。。って。。。



安心感も安定に摩り替わり、最低源さえよければそれでいい。
そうやって「我慢」で取り組むんです。
我慢のさせ方の旨さが、専門性に摩り替わるんです。

私なら、、、我慢するぐらいなら、「やりたい・やりたくない」の判断を煽ります。
それでもそういうものだから、、、とおっしゃるなら、その人の責任でそうしてもらいます。
でも、そこに疑問を感じる人なら、「どうすれば心地良いか」一緒になって探します。



落ちる、という動きは、はじめから心地良いものを探しぬいた動きです。
注意点すら包み込んでしまえる「動きのながれ」があります。
テスト勉強の暗記物のように、我慢して、構えて、覚えよう、覚えなければ、ではありません。

重さを感じられれば、、、あなたの体は、どう反応するでしょうか???

それを、その実感を、楽しんでもらってるまでです。


結局それが、、、「ここで言うところの」テスト勉強をせずしてパスする方法、というか。。。
せっかく自分でできてるのに、
みすみす他者承認に陥って自信をなくすような愚は、避けたいものです。



これまで私は、さまざまなレベルの方を見てきました。世界レベル・日本レベル・関西レベルあるいはまったくの無名選手、そういう基準とは無縁の一般中高年など。ただ思うのは、「こういう人がうまくいってたな」という感じや記憶だけはあります。そういう人は、選手レベルとしてだけじゃなく、人として一流なのかな???と感じずにはいられませんでした。



「自分の分野では一流でも、トレーニングの分野では、一年生」



そういう気持ちが、吸収するでも「素直さ」となり、貪欲さを生みます。

「でも・・・・」とは言いませんし、疑いなく信じます。実際にそう私に言ってくれたアマチュアゴルファーもいました。「武田さんを信じてるから・・・・・」だから彼は、スクワットでは60kg程度しかできないのに、でも動きがすばらしいから、ドライバーで300ヤードを超えたり、プロにも勝ったりするなど(彼は会社経営者です)、成果を出されたんだと思います。知ったかぶった質問などはありませんでした。たたただ、実感を楽しんでもらえ、「落ちる」「等速」など、その言葉を自分の言葉のようにゴルフ仲間に楽しく語らっていました。

実際にこれとは反対に「でも・・・・」とおっしゃる方も数多くいました。ある方は、「トレー二ング後は筋が弛緩する」ということを「感動」と捉えませんでした。私の「落ちるスクワット」でたしかにほぐれはしたものの、彼いわく「重量から解放されれば、軽く感じるものじゃないんですか???」。そこで、彼が普段からやってる「私が硬い動きだと指摘したスクワット」をやっていただき、その後腰をぐるぐる回してもらいました。すると、、、(腰まわりががっちがちで)言葉を失っていました。でも思えば、最初から「信じよう、としてなかった」のだと思います。対立するチャンスを窺っていたのかもしれません。私もあのとき、実際には気分がすっきりはしませんでした。彼に恥をかかせた気分にもなったし、またどこかで疑うだろう、そう感じていました。

一年生になれるから、、、丁寧に感じよう、実感しよう、と謙虚になるものです。
自分のために、味わおう、とするものです。
損得勘定で、上級生気分で「裁く」ようなことは、しないのです。

信じる気持ちがあるから、今、この実践時間を大事にし、実感を大事にできるのです。
信じられる人は、他人に対して、もそうですが、「自分に対して」信じきれているんだと思います。
知ったかぶって、先ほどの例みたいに赤っ恥にはならないはずです。



「一流は、一年生になれる」



そう思えてなりません。
そういう気持ちが、感性を磨き、自分の成長へつなげていかれるんだと思います。
私も「刺激」になるぐらいです。




私は、リラックスを掲げ、頑張らない頑張り方を求めています。
しかし、誤解があってはいけません。

怠けているのではありません。
むしろ、、、的確で妥協がありません。がんばり方がうまいから、余計な負担がないのです。
それでいて、効果的で、奇跡のようなものなのです。

少なくとも、できる人というのは、やることそれが何であれ、それに熱中できる人。
そう思います。つまり、、、意志を持って、責任を持っています。
本気で取り組むなら、必須ではないでしょうか???

しなければいけない???
したほうがいいのかな???
というあいまいな思考じゃなく、

「これだ!」とか「自分はこうだ!」とか「する!」「やる!」とか、ようは意志を持っています。
だから、真剣なんです。だから、感じられるし、楽しめるのです。
楽しむとは、遊びや怠けを楽しむのではなく、そのことを楽しめる、ということです。

意志を持っている以上、嫌だ、と思ったら、やめる決断もできる。
きつい、と思ったら、休むこともできる。しっかり「自分を」「今を」感じられている。
意志を持たないから、人任せの判断になるのです。ようは「無責任」なんです。

だから、取り乱したようなテンパリ方焦り方、数字や知識だけを求めた慌て具合ではなく、
自分のことに一生懸命、自分のために一生懸命なんです。ようは、的確なんです。
私も見ていて、すがすがしく思えるんです。ミスしたとしても、良いミスなんですね。

やらされる、という依存じゃなく、
とりあえず、という無責任じゃなく、
本気でやりたいなら、、、明確な意志と責任ある行動を。




指導者という見解は、人によってさまざまな解釈をされると思われます。ここでは、
「私は、こういう指導者です」「私は、こういう指導者になってしまいました」
という話をします。

当初は動作について動画を撮ったのですが、今思えば、、、
「築いた動作のとおりの指導者」
になったような気がします。
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「武田さんは、どういう気持ちで重りを挙げてるんですか???」
「強い気持ちですか???」
「強さですか???」「勝つこと???負けないこと???」「支配すること???」

以前某ジムの会員から質問を受けたことがあって、即答でこう答えたんですね。。。




ウィンウィ~ン!!




いつもどおりでおこちゃまが出てしまった私は、そう無邪気に答えてしまい、
会話が終結したことがありました(笑)。
でも多くが、、、ウエイトトレーニングたるもの「戦いに勝たねばならない」と「義務感」でいっぱい。

「どうしてそんなに簡単そうに上がるの???」
「リラッ~クス!!」
そう答えたこともありました(笑)



・・・
・・・
・・・



私がいいたいのは、、、



そんな挙げなければいけない義務感が、能力を台無しにしてないか???ということ。
挙げても挙げなくてもいいんじゃないでしょうか???
ようは、、、自分に選択権があって、世間や常識に合わせる必要はない。

戦いに勝っても、どうして実用面で活きないか???
ずばり、、、勝っても勝っても(負けたとしても)、負けた気分だからです。
そう思いませんか???

うちは、、、勝つことも負けることもありません。
むしろ、、、自分に自由な選択権があって、自分の感じ方をもって接している感じ。
そういう気持ちで向き合うから、重りとの協同作業になっていくのです。

いわば、、、「自立」しています。

「闘うことでしか満足を得られない=戦う相手がいなければいけない」のです。
ようは、誰かがいなければ、満たされない。すでに相手に支配された人生です。
しかし私は、、、自分の満足、ようは「自分が心地良い選択をして」行動をしています。

そういう挙げ方です。
だから、協力を素直に求められますし、先入観なく相手と向き合えます。
そういう気持ちや動作こそ、、、実用性じゃないでしょうか???

つまりは、、、
人を押し付けたり縛ったりすることが指導者の役目ではなく、
人を見守ってあげることが、指導者の役目だと、自分では感じています。



・・・
・・・
・・・



私は基本的に、、、「こう動きなさい」「ここを意識しなさい」という指導をしません。
代わりに、、、
「素直に感じられる具材」だけを用意し、見本を見せ、味わっていただくに過ぎません。

指導も、支配的になるのではなく、お互いの協同作業で成り立ちます。
互いに「自分の領域」というのがあります。もし私が助言するとしたら、、、、
「それ、ほんとうにあなたですか???」「あなたのほんとうは、、、どうなんですか???」
ということに立ち返れるきっかけ作りです。

素直に実感し、素直に行動できること。
義務感や我慢から解放し、意思を尊重し、意志を持っていただくこと。
だから、人を見守ってあげられるのです。信じてあげられるのです。



でも、、、、重りさんは、、、
自然物のひとつであるがゆえに、、、
そういうことまで教えてくれてるような気がしなくはないです。



愛のある豊かな行動を。




それが結局、、、みためには「勝ってる」ようにも映るし、うまくいくんだと思います。
でも本人は、、、
頑張った感や打ちのめした感とかがなく、むしろ温かい気持ちなんですね。



何より、そういう動作が自動化した私です。
そういう人格にもなっていくでしょうし、
でもそれを押し付ける気もなく、自立してますのでね。。。



甘い指導者。



人は、誰かにされたとおりのことを、別の人にするところがある。
厳しく育てられれば、自分の気持ちを押し殺してでも自分がされたとおりに人にしてしまう。
でも大事なのは、その当時、自分は、どう感じていたのか。

私のなかでは、元々自然なところもあったので、どこか自由な感じでした。
だから、誰か見本があったわけじゃなく、自分で作り上げたぐらいです。
褒められて育てられた過去も、じつはあります。くわしくはこの記事

だから、、、お客様にも、支配ではなく、自分を築いて欲しいって思えるんですね。
でもそれが、、、結果的に、、、いちばん豊かで、愛があって、もっとも強力かもしれません。
何より、、、自分をいたわり、癒し、愛してあげられる、自分を大事にした一段高い行動だから。

そういう行動が、、、波及すれば、、、世の中も、、、変わってくるのだと思います。

でも、、、自分の身の回りだけで、、、充分です。

私は、、、私のやれる範囲で、、、します。




「チャイムが鳴ったら、そこで止めて休憩しなさい」

私が小学生のころの恩師の話。
チャイムが鳴ったにも関わらず、
黒板の文字を書き写したり何らかの作業をしていた子らにたいしてよくそう言ってました。

それが定番にもなっていて、
「チャイムが鳴っても止めない子=できない子」というふうに
私のなかで刻まれていったものです。

休み時間は、休むもの。
休み時間にまで勉強をもちこまない。
勉強は、勉強時間に集中するもの。
休み時間は、休むことに割くもの。

・・・
・・・
・・・

あれから30年も経ち、大人になって社会にも出て、ふと振り返ったとき、

あるいはビジネス本など書籍からも知ったりしたことを振り返ったとき、

できる人は、、、どういう行動を取っているだろうか???
豊かな人は、、、どういう行動を取っているだろうか???
休んでいるときなどに、仕事を持ち込んだりするだろうか???

そういう情報を知りたくて、バーゲンセールのように奪いあわんとしている人もいます。
案外、、、小学生の頃の教えに大きなヒントがあったりするものだな、と振り返ります。
ある心理関係の書籍によれば、貧乏体質には3つの原則があると謳っており、
それは、「我慢する・争う・罪悪感を抱く」と書かれてありました。

私のトレーニングも、残業がないトレーニングです。
その時間に凝縮する習慣が、、、それ以外の時間を彩らせるからです。
作業しながら考え事???それは最悪で、作業も中途半端、考え事も中途半端です。
食事はその味覚や食感に酔いしれ、くつろぐならその実感に酔いしれるのです。




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