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こういうねたはしょうゆ顔でするないようだけど、こっちでも書いてみる。

カフェでのこと。店の種類によって、温度差ってあるよね。
こういうシチュエーション。客が帰るとき。トレーをどうするか。セルフサービスです。
①ある店では、「席に置いておいたままで結構です」って笑顔。
②ある店では、席に置いたまま帰ろうとした客に「トレーをこちらまで」

どっちがいい悪いじゃありません。
ただ、俺が感じたこと。。。

①の店は、、、店員の雰囲気がいい。店の雰囲気がいい。客層もよかったりする。。。
②の店は、、、その逆。。。

・・・

頭で事務的に考えると、こういうくらい考え方もできる。
それは、、、「マナーありきだから、不当は罰する」
それが②の店の考え方かもしれません。

・・・・



大事なのは、、、悪い人だと罰するんじゃなく、


信用してあげること。


すると、客だって、そういってくれると、ありがたいって思えるわけで。。。


すると、、、ファンになる。ファンが増える。。。


少数の悪を正すよりも、
多数の益を大事にする。
疑うんじゃなく、、、信用してあげる。。。
仮に席に置いたままだとして、その人が何度も繰り返したとして。。。


それで店の雰囲気など、、、微塵にも影響を受けないはず。
気づいた店員が、温かく回収して、気落ちよく回収すればいいこと。



この話は、たしか「ディズニーサービスの神様が教えてくれたこと」って物語のひとつにも同じのがあって、3歳以下は入場できないルールらしいが、受付の女性はその子が明らかに大きいので、「(両親に)年齢を聞いた」ことから問題が始まる。

このときディズニーの上司は、「信用してあげること」を謡っていた。仮に不正があっても、少数の不正を正すことにエネルギーを注ぐより、、、ってことも語っていた。サービスの基本は、「信用」。それが物語でわかる。

その客も、じつは商売(和食の食堂)をしており、主人公の受付の女性も食堂へ行ってみると、、、
はたと商売の基本なるもの(信用)を思い知らされる。
さらに受付の実家も食堂経営。両親の反対を押してディズニーへ働く受付だか、、、久々に実家へ戻ると。。。

そういうストーリでした。。。くわしくは書籍を。。。



最後は余談でしたが、、、いろいろ考えさせられました。
またひとつ、、、おりこうさん、になれたような気がします。。。

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すいません。。。いい題材が思いつかず(笑)
いや、幅広い内容を書こうと思ったんです。って今は「走り書き状態」なんですが。。。
でも、とっかかりがあれば、「芋づる式に、次々と。。。」

と自分に期待して。。。笑。

では始めます。



よく書籍店で見受けるようになった「AI時代」
詳しくは省かせてもらいますが、シンプルにいえば、デジタルの時代。
とはいえこのブログも、デジタルのい一種ですし、恩恵をいただいている次第であります。。。

ただ、、、デジタル化がどんどん進んでいくことによって、、、
たとえば検索すればなんでも情報が手に入る。
極端な話、、、専門家に相談する人が減り、自分で調べてしまう。。。



「無料で。。。。」



だから、便宜上、知りたい情報は無料で仕入れられることになる。
でもひとつ、くぎを刺しておきたいことがある。
それは、、、、



たとえば、、、
名店などのおいしい料理を味わうのは、デジタルでは手に入らない。



そう、、、実際に、からだで、体感しなければ、その良さが、わからないもの。
たしかに予約システムとかはデジタル化で便利かもしれない。
その存在を知る、所在地を知る、そういった情報が手に入るのはありがたい。

でも、、、

だからといって、、、



そのお店情報だけではたして満腹になりますか???なれますか???ってこと。



仕入れ値以下の金額には安く売ることはできない。
仕入れがない個人の実力で食べていく仕事なら、無料にまでやすくなってしまう。
でも、、、無料のデジタルで手に入るのは、、、



せいぜい、、、ハウツーぐらいでしょう。。。



そして、こういったトレーニングにおいても「ハウツーだけでできる」と勘違いされる。
あるいはそういった「ハウツー」を流通する。流通される。
でも、ここでも何度も触れてるように、、、



何をやるか、じゃなく、どうやるか



どうやるか、というハウツーじゃなく、形じゃない本質、つまりどう動くか、ということ。
これは、感じなければ、わからない。
できなければ、わからないんです!




私は、コーチ職です。先生ではありません。

冗談で「武田大先生」って主婦の方から以前言われたことがありましたが、、、
「度天然なゆえに何が飛び出すかわからない。でもすっごいマジックがある」
このことを大人の対応でそのように呼んでくださったのだと思うが、、、

コーチであって、ティーチではない。

コーチの語源は「馬車」。乗ってる人と「伴走して」目的地まで運ぶ役。
あくまで主役は、、、お客さん。頑張るのもお客さん。勝ち取るのもお客さん。
私はただの側近。いろんな意味で凄腕の(笑)側近じゃ。。。



私が理想とする仕事の流儀や作法は、、、
一見ドン引きすかもしれませんが、、、



言いますね。。。



私は何にも教えてないのに、私は何にも労してないのに、
お客さんが勝手につかんで、それでおおいに喜んでもらえること。
私はその喜んだ顔を見て、、、うれしい気持ちになること。。。




え!?ダメダメですか???



でも、ハウツーなんか伝えませんし、
ただ、、、あるがままを感じてもらって、はっと気づいてもらって、
うわ~こんなことが!!(ビ○リーチのCM風に)って感動してもらって。。。



フォームとかハウツーなら、本屋に行ってください。
うちがやるのは、実感です。
実感が違うから、運動効果に差が出るんです。



さ、、、最後になりました、、、



カレーの甘口辛口。。。え、今頃???



これは、東洋医学でいう陰陽論にも通じます。
バランスという概念にも通じます。
そして、、、実感が大事だよ!!にも通じます。

甘口ってのは、甘さの素だけが入ってるわけじゃないよね。。。
辛い成分も入ってこその、、、甘口。
辛口だって一緒。ただ辛いだけじゃおいしくないじゃない。。。

みんなね、、、こういう挙げる運動では、挙げることばっか考えすぎて、
重力で下がることを、捨てて、ないものにして、挙げよう挙げようってしてしまうんだ。
だからいうんだ。挙げる動きよりも、戻す動きに基本があるんだ、と。

そしてもっと大事なこと。。。
それは、、、下げた動きと同じメカニズムで挙がっていく、ということ。

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そしてもっと大事なこと。。。



それは、、、



カレーの甘口辛口と同じ話で、、、



挙げる動きには、
下がる動きっていう対極するものがあって、はじめて成り立つんだ、ということ。
両方ないと、だめなんだよってこと。

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天才っていうのは、
おバカな面があってこそ、天才が際立つんだよ。。。
と、私のことを「大先生」となじってくれた主婦の方が、なつかしい。。。



そう、、、だめだめな自分を隠して、すばらしくなろうってするのって、
無理があるじゃない!!
背伸びした力みみたいな感じがありませんか???

それと同じ話なんですね。。。



バランスとは、対極する二側面が、互いに認め合って、共存するもの。
(だから、固めて固定するもの、ではないんですね。。。)



深かったですか???



でもそのもとをたどれば、、、



すっごい素人目線、、、が始まりだったりするんですよ。。。



デジタル化しない素人目線。。。ふふふふふ。。。。
でも、すっごいことに変換する素人目線。。。



築き上げた実績。ほんとうはそれ自体が邪魔になることだってある。
だって、築いたものがなくなればさ、、、私って「何???」になるじゃない。
頑張ってきた人ほど、アスリートさんや専門家さんほど、それを手放す勇気。

「ダメダメなのに、素晴らしい自分」
「ダメダメだから、素晴らしい自分」


そこにであればいいですね。。。って自分も含めて。。。



以上、、、
カレーの甘口辛口の話、、、でした。。。ということに。。。

さてみなさん、とくにジムに通おうとしてる方はとくに、かもしれませんが、、、
「やせたい」「筋肉をつけたい」「疲れない体を手に入れたい」「スポーツの手助けに」
ほか、さまざまな「運動目的」がある。そうですよね!!

・・・

繰り返しますね。。。

運動目的が先にありき。
だから、行動を起こそうと、してる。
ですよね。。。

・・・・・

じゃあ、、、
もしその「運動目的」というのが「ない」のなら、、、

ジムなんか、行く必要がない。
鍛える必要がない。。。

ですよね。。。

・・・・・

・・・・・

何事も、その道のプロというのは特にそうでしょうが、

「戦術ありきで、行動が決まる」

目的、目標、という「指令」に従うことで、より正しい理想の方向性を発掘し、いい手段を提供する。そして(顧客は)実践する。(指導者は)相手に実践してもらう。そうですし、それ自体が「間違い」だなんて、思ってもいません。

・・・・・
・・・・・


ここで、先日書いた内容とリンクしましょう。。。


・・・・


「何か?」に気づきませんか???


・・・・


目的があるから、行動をとる。そして対処する。
そうして目的が達成できたら、嬉しい。
でも、達成できなければ、、、といいますと、、、どうですか???

・・・・・

どんなものごとも、うまくいくときもあれば、そうでない場合もあります。
でも、そうでない場合、あなたは「どのような心理」に陥りますか???

・・・・・

いいえ、妥協で目的未達成を喜べ、なんて「ひとことも」言ってません!!

ただ、私がいいたいのは、、、



運動目的の「奴隷」になってませんか???



私もかつて、このような考えに陥ったことがありました。それはですね、、、
「ジムでおんなじことばっかやって、長い時間やって、目的ないような気がする人らは、どこに満足してるんだろう。これではまるで意味ないじゃないか???鍛えることが目的になって、なんてレベルの低い・・・・・」

今思えば、、、これはとても未熟な考え方だった、と思い知らされてるんです。

だってどうみても、彼らは、ジムで楽しそう、体もめっちゃできてるし、風邪とか無縁だし、
強くて健康的に映るからです。(実情はもしかしたら、、、、、かもしれませんが・・・)
鍛えることそのものが目的になって、じゃああんたの目的って何???と言ってた過去の私をあざ笑うかのように、すばらしいのです。

・・・・・

・・・・・



目的目標、それ自体を持つことは素敵だし、羅針盤は必要だと思います。
しかし、その結果、視野が狭くなってしまい、効果がでるものばかりに心を奪われて、情報過多。
あれもやって、これも試して。。。

私は現在、あえてこのようにアドバイスすることもあるぐらいでです。



運動効果は、捨ててください!
一度、目的そのものを捨ててください!!



かといって、とりあえず風にだらだらやるわけではありません。
しかし、「未来への不安」や「過去のだめだし」を基準にした目的意識は、かえって害になる。
そうなる前に、、、今、やってることを、楽しむ。感じる。味わう。



ここで大事なことを述べます。

まず、目的、という概念を変えること。今、そうなっていないから、だめな私。
だめな私だから、頑張らなければ。。。これが「情報過多」を生むのです。

かなっていない私も、じゅうぶん、すばらしい!!
「すばらしい私」として行動を選んでいく。

すると、、、無理をしなくなります。現状に向き合えるようになります。
そして「ちいさな“できた”」を喜べる自分になります。
でも、、、できなくたって、自信を奪われることもありません。

そもそも、、、こうなりたいって思った時点で、、、それがあなたの未来像なんです。
そうなってる私、という現実、ぐらいに思えばいいんです。
じゃあ、、、自分のことを「大切に」扱いませんか???

みすぼらしい食生活を選ばないでしょう。おいしく体が喜べるものを選ぶでしょう。
タンパク質至上主義にはならないでしょう。。。
力んで無理のある鍛え方も、なるべくなら避けられる。。。

・・・

・・・・



だからうちは、、、



そういう鍛え方をするのです。



やや上体が揺れてますが、おおめにみてやってください。
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苛め抜くことなく、体も自然と変わっていく。
今、やってるそれ自体が、ファンタジーで、るんるんになる。
運動の結果、というのは、、、私の経験上、、、


いつのまに、、、か、、、結果になってしまう。。。


やわらかく、なってしまった「わ・た・し」
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これからトレーニングを始める方
今、スランプに陥ってる方や、壁にぶち当たってる方、
参考のひとつになれば、幸いです。



参考にしなさい、と言わないところが、、、みそなんです。



理由は、、、もう、、、お気づきですよね。。。ここまでの話から。。。

2019.01.12 継続について
今日は、話題もりだくさん。。。

ゆっくり、肩の力を抜いて、お読みください。



ここでいう「継続」は、トレーニングにおける話に絞ります。
フィットネスクラブでも、2ヶ月間の会費を先払いし、その後3ヶ月目からは毎月の引き落とし。こういうクラブが今も多いのでしょうか???(パーソナルトレーナーなので、その辺うといんです)。ま、もしそうだとして。。。

じゃあ、そのとき、どういう心理が働きますか???
言い換えれば、「とりあえず・・・」でしかれたレールを歩く心理と、
レールがなくなって自分で敷いていくときの心理です。

これが、今回、もっとも触れたいところで、
多くがそこで「やめる」の分岐点になるんです。
私の経験上。。。


・・・


「継続って大事だよね。。。
続けなければ、価値ってわからないよね。。。」
こういう人がいたとします。

この話題は、しょうゆ顔ブログでも触れたんだけど、
ばっさり切らせてもらうよ!!

準備いい???



そう言う人は、、、続けたって、価値なんかわからないよ!!



ぐさっときましたか???

でもそういう意味じゃないんですよ。でも、おもうとこ、ありませんか???
私は、「とりあえず・・・」って言葉が、大嫌いなんです。

たとえばこういう話。仕事の大成のためなら、家族も犠牲にできる!!がんばるがんばるがんばる!!もちろんそれでがんばれたら、私の出る幕はございません。。。でも、振り返ってみましょう。。。いろいろ振り返ってみましょう。。。



では話、続けます。よくこういうことを聞きます。
「習慣が、人を変える」
だから、習慣にする行動が大事。間違いではありません。でもさっき触れた話とリンクしてみましょう。。。「犠牲にしてまで」「目的のためなら何だって・・・」「規制と我慢が必要」・・・・・・・いかがでしょうか???習慣が人を変える前に、習慣になる、というハードルが高すぎませんか???



こういうからだの使い方が手に入ります。

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こういうのって、やっぱ、継続よね???
じゃあ、、、がんばって、続け「なきゃ」。。。「なきゃ」「なければ」「しなければ・・・・」
いつしか、目的の犠牲になって、「今」って大事な瞬間(旬間)がもったいないことになってませんか???


ゆっくり挙げても、力んでいない。
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「(継続)しなければ」

でもね、、、さっきの挙下と伴走落下ぐらいなら、一日でできます!!
スローで力まない。。。一緒なんです。
じゃあ、どうしてか???



うちの動作は、、、「しなければ・・・」を解いていく動作だから。。。



今、この不思議観、マジックな楽しさ。。。
これは、ディズニーランドみたいなテーマパークにへきたときの感じなんです。
その感動に、、、「ねばならない」なんて、ありますか???



そして、リピート(継続)するには、
「ああ、楽しかった!!またやりたい!!」
この気持ちがすべてじゃないのでしょうか???

だから、「お帰り」って迎えてあげたいのが、私の心理。
そして、継続して行うことは、義務にしてはいけない!



基本は、、、一期一会!!
継続は、、、おまけ。




だからうちは、継続させるような回数券や月額固定のサービスなどはしない。
でもこれは、本当の意味で、、、人を育てること、人に優しい対応。
価格戦略、行動経済学、それ自体は間違いじゃない。

でも自分は、、、戦略におぼれたくない!!



右脳的で出たとこ勝負で書いた内容でした。最後までお付き合いありがとうです。

そうそう、、、ハングのほうが、やりやすいわたし。。。
このほうが「挙下」になるから。
ようは、鉛直落下をありのまま受け入れられることで、返って挙がりやすく。
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青い鳥。あるべき姿。ホスピタリティ。



2018.12.15 引き寄せ
年々、本を読む数が増えてきたと思う。
かつては、誰かに染まりたくない!自分が自分でいたい!と思ってた。
それでも、ほかにはない武田ワールドを展開してきた。

でも、、、いっぱい苦汁を飲まされてきた。。。

不思議なんですが、

出合う本出合う本、、、もともと自分が根元に考えていた内容が多く、
今のままでよかったんだ!!って励ましてくれる本ばかりだった。
そういう本にしか出会わないんだ。。。

そうやって「化学変化」を起こしてきたんだ。。。
ま、なかには「こいつのこの考え方が気に食わない」もあったけど、
それもひとつの縁で、自分への再確認なんだと思うんだ。

しょうゆ顔ブログのほうにも、そういうアウトプットをいっぱいしています。

出会いは、縁なんだと思います。





仮に辞書で引いたところで、それで意味が、わかるんかい???って話。

「甘い」ってどういう意味???
「痛い」ってどういう意味???
「軽い」ってどういう意味???
「速い」ってどういう意味???
「冷たい」ってどういう意味???

実感や体感がない状態だと、それを言葉でどう表現できるでしょうか???
甘いにしろ、それを味わったことがあるから、意味がわかるのであって。
少しこのことを、いろんな言葉で振り返ってみませんか。。。

・・・・

・・・・

・・・・

感謝って言葉。
これこそ、内から沸いてくるというか、天から舞い降りるように来るというか。
愛を受け取って、うれしい、幸せ、満たされてる、というそういう気持ちが、そうさせると思う。

でも、愛にせよ、うれしいにせよ、満たされてる、にせよ、
それを味わった経験がなければ、意味の理解度も違ってくる。
カタチや形式だけができるのか。あるいは実感で深層を味わうのか。
社交や何か見返りを期待してのことなのか、あるいは満たされた実感からなのか。

・・・

・・・

・・・

運動に話を切り替えます。

頭で理解はできるけど、、、(体で体現できない)みたいなことを聞くことがあります。
私はいつも、そこに“違和感”を感じるんです。
これって、、、冒頭の話と同じじゃないか、と。。。。

言葉が増えればふえるほど、かえってできなくなるものだったりします。
そして罠だと思うこと。それは、できない人に対しかえって言葉が増えてしまいがち。。。
そして、できる人には言葉が少なめ。だからどんどんできていく。でも理屈っぽくない。

理屈っぽいできない人、無邪気で無知なできる人。

こういう構図、なんとなく、感じられませんか???

・・・

・・・

・・・

わかれば、できる、できるへの第一歩は、わかる???
そうじゃなく、、、
味わって、できて、はじめて、わかる!!

うちのトレーニングは、そういう場を大事にしています。
だから、言葉を少なめに、私も見本を示し、実感や体感を促しているのです。
自分の実感、見本を見ることでの視覚からの体感。

・・・・

・・・・

いい動きは、限りなく、余計な動きが少ないもの。

体感してみませんか???

その先の世界も。。。

2018.10.25 根拠について
ここでは個人的な見解を述べます。

断片的な根拠だけですべてを図るのは、無理がある。データを読むのでも、たとえばがんになった人の9割はごはんをたべていた、というデーターだけでは、ごはんはよくない、って見解になるでしょう。でも冷静になれば、健常者もふつうにごはん食べてるわけですから、データを読む客観的な思考というか、そういうのが、普通に必要。

感覚的はよくないのか???私はノーです。感覚や感情というのは、宇宙からのサイン。これ以上の根拠もないでしょう。いけないのは、感覚の声を無視して思考をして我慢すること。断片的な情報に過剰反応してデマを流すのも、同じではないでしょうか。

だから、運動指導者は、練習(トレーニング)するのです。情報の断片性に流されないために。ここで築いた体や動作、そして人柄そのもの、つまりオーラ。これこそが根拠であり、説得力なんだ。そしてもう一つ。

自信について。ほんとうは、根拠のない自信が先にあってこそ、あとからその根拠がわかってくる。そういうものだと思います。もっといえば、根拠のない自信こそ、すばらしい根拠じゃないですか!!

はじめから自信がない状態では、できるものもできなくなる。波動が低いから。その波動や引き寄せも、科学では証明されていたりしますし、深い部分の追及では、それとなくそういうニュアンスをもつ見解だったりもします。

力を入れない私の動作。力の伝わりも、ほんとうは、本来あるべきばがれがあって、人が余計なことをしなければ、うまくいくもののように感じます。その観念に、ウエイトトレーニングを私は活用しています。重力や時間のながれ。立派な根拠です。

ダイエットでも、ひとつの食材に頼るダイエットには疑問を自然と感じるのが、われわれ運動指導者の目線。トレンドよりも、根がしっかりしたものを、我々は好んでいます。トレンドっぽい操作法よりも、絶対音感。これは、私がたどりついた考え方です。

ほかにもいろいろあると思いますし、今、思いついたことを並べてみました。
その道のプロが、その道のプロなのです。

重さを受けること。挙げるよりも、受けること。それが基本です。
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以前、むこうのブログでこういうのを、書いた。
http://blog.livedoor.jp/syouyu333/archives/5162460.html

見るからに健やかさにかける人から、健康の秘訣、学びたいですか???
太ってる人に、やせるコツ、教わりたくありませんよね。
がっちがちの人に、機能改善を教わる、信憑性疑いませんか。

その道の専門でもないのに、他分野が専門なのに、その道を解いていたり。
拒否や否定をしてるわけじゃないけど
自分は、そういうことは、したくありません。

運動のことは、運動のプロに聞け。

そのために自分は、毎日、学び、鍛えてるんです。
あるいは、自分が学ぶ際、その道の方が述べたものを参考にします。
あくまで、その道のものです。栄養もそう。

ま、自分はたしかに、知識を超えたものを大事にし、他分野のことも知り、参考にします。
でも、それは、通ずる共通点、通ずる心の持ち方やすごし方など、
そういう部分を参考にして、刺激を受けているのです。


あくまで自分は、運動指導者。そして、パーソナルトレーナー。
そして、知識がないわけじゃなく、国際レベルの資格も持っています。
ただ、そこでとどまり、鍛えてもないのにガイドラインしか思考しないのではなく、
その道の専門者として、行間を読んでいるのです。

冒頭のリンクは、
実際に私のクライアントが、権威者のような人らにもろもろの。。。。。ということがあって、
私がばっさり斬った実話です。もちろんすべてを否定したわけない。

「正しいから権威になる」のが筋。
もちろんここで、正誤を問うわけじゃないことをあえて申しておくが、
「権威だから正しい」みたいになってしまうそういう背景。。。

私が動画を載せるのも、載せたくなるのも、
遊び心や楽しさを表現したい思いと、もうひとつ。。。
説得力という部分。

自分は、ジムインストラクター出身のパーソナルトレーナー。
体や動きで表現して、何ぼ。
かっこよくあって、何ぼ。

毎年心配蘇生法の資格更新に行くのですが、参加者のなかには、アスレチックトレーナーとかもいて、スポーツの現場の安全とケアを担っています。すごい肩書きをあとから聞いて、こっちがひっくり返りそうになることもしばしば。もちろん能力を否定するわけじゃない。ただな、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、。

ま、ふと思うとかがあって、刺激されて、こういうことを書いてみた。
スクワットが見直されるのは、うれしいこと。
スクワット???俺に聴け!!それがいいたいだけです。


皆さんから見れば、私は、プロのトレーナーです。私はたしかに素人ではありません。ですが、その「プロ」とか「プロっぽい」という部分が、私にはどうも、引っかかってしまうのです。どう引っかかるか、といいますと、そういうプロっぽいってのが、うさんくさい、と。

決して批判とかそういうことじゃありません。ただ、、プロとか本格的って言う部分に、落とし穴がある。そういいたいのです。繰り返しますが、私は素人じゃありません。ですが私は、そういうプロっぽいプロをあえて削いでいったのです。それで現在の私になったから。そこに到達したからこそ、プロっぽいプロが創造しうる以上のものを世界を実現できた。

プロっぽいプロ。本格的。それ自体、間違いじゃありません。しかも効果も約束できるでしょう。ですが、それで出た結果、というのは、「張りぼての自信」じゃないかと。だから、そういう自信の世界なら、いくらでも作り出せるし、作り出せる指導者も五万といるし、方法なんて世間にいっぱい出回っています。

繰り返しますが、プロっぽいプロを否定してるんじゃありません。
でも私は、プロっぽいプロなんかとっくに卒業して、、、
馬鹿じゃないか???知識ないんじゃないか???って思わせる世界。プロっぽさのかけらもない。子供みたい。。。

普通ならそういう部分を「否定して」「これではいけないと改心して」しまいますよね。つまり、、、自分否定なんですね。。。そうやって張りぼてになります。でもそれって、「逃げ」だと思いませんか???「所作としてかっこ悪い」と思いませんか???

張りぼてになって、マニュアルや知識を並べれば、いくらでも作り出せるでしょう。
でもそれで、こういう動作が実現するでしょうか???
そして終わった後の軽さや驚きの運動効果が実現するでしょうか???
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でもこれって、、、「武田さんだから」できたんじゃ???


私じゃ、、、無理なんじゃ???


容赦なく申します。

私だから、できたんです!!
すいません、私だから、できたんです。
すいません、私はすごいから、できたんです。
すいません、私はすごいから、すごい発想やすごい創造がかなったんです。


へ!ってなりましたか???


へこみましたか???


そうです。「私だから・・・・」それが理由です。
できた理由は「私だから」
できなったら「私だから」



能力が高いから、できたんじゃないんですよ!!



私だから、、、できたんですよ!!



・・・・



あなただって、、、一緒ですよ!!



自分のだめな部分とかそういうのを見て、
勝手に「だめな自分がいる、と思ってしまってる自分」がいてただけ。
でも、合格点を下げて、「それでも合格」ってしたとたん。。。。

他人から映るだろう評価が低かろうが、、、
自分の内面の評価が破格的に上がってしまう。

だって、うちのテクニックは、うちが教えることは、、、
「任せろ!!」だから。
それだけで、信じられないことが起こるんだから。。。

今までやってきた「技術や力」が、ただの張りぼてに感じ、
ほんとうの技術やほんとうの力に出会えるんだから。
「弱くても、だめでも、それでもいいんだ」「だから、成長しなくてもいいんだ」

それが、ほんとうの成長を生んでくれる。



プロ論・2018.



いかにも甲冑をまとった風じゃなく、よろいのない丸裸で素顔。きれいな素顔。
その素顔に自信を持つこと。
できる理由は、「私だから・・・・」
すごい理由は、「私だから・・・・」



ですので、プロっぽいプロの指導を望む方は、期待を裏切りますのでご容赦ください。

そして、クライアントさんは、リスペクトします。「すばらしい○○さん」というふうに。「すばらしい○○さんだから・・・・」と立てます。でもこれは、お世辞じゃなく、本心です。偏差値じゃないんです。「偏差値が低い=だめ」「高い=すばらしい」これでは一向に「張りぼて」のままです。

今のままで、すばらしい。

うちのトレーニングは、、。このことに気づかせてくれるもの、なんです。心理で気持ちで変わります。でもときにネガティブになる。こういうのは「実践」「体験」するから「わかる」のです。その「体験」を味わい、ほんとうの自信を身に着けましょう。そして、そんなすばらしいあなたに見合う行動所作になり、体の使い方になっていくことでしょう。重りがそれを後押ししてくれます。だから、そういう体にもなるし、体作りにもなるし、機能も改善、というか「もともとあったすばらしいさま」になる。そういうこと。

錘に「逆らったら」意味ありませんよ。「張りぼて」になりますよ。わかりますか???

「あなただから、うまくいく」。



参考図書:心屋仁ノ助「頑張らない成長論」


以前、バカな動画を撮っていました。
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アンチエイヂングについては、賛否の声があります。老いるものに逆らうことほどむなしいものもない。むなしい若づくろいおいたことを受け入れ、若い人にないものを出せばいい。という考え方。たしかに、今を大事にし、今を受け入れ、あるがままを受け入れ、一瞬一瞬を大事に生きることが、いちばん若いことになる。

でも、、、

俺がやってる仕事は、、、

まさに、、、

その、、、

アンチエイヂングです。



若く見えることはうれしいし、
40過ぎても動けて、うちでいうなら50過ぎても若々しい。
素敵じゃないですか。

「年だから、、、」といって、あっちが痛い、こっちがいたい。。。
そういうのが晴れていく。そういうのがなくなっていく。
うちはそういうトレーニングですし、だから、間違いなく、アンチエイヂングです。

年相応、、、どこか人生、あきらめみたいで、これではかえって、実年齢以上に老ける。
ただ、、、ここはアンチエイヂングを否定する人と一緒だと思うけど、、、
「がんばって、若くする」「無理をして、若くする」「犠牲を負って、若くする」ではない。



人は本来、、、本来がもっともっと若いはずで、
むしろ力みとかが、あるいは老けたあきらめた心などが、かえって老けさせてる。
老けるものは、老ける。でも、その老け方を遅くすることはできる、というか、、、

「じつは、もっと、若さは持続するものですよ」

ということなんだと思います。その本来を呼び戻すこと。自然体になること。はがすこと。
だから、若い人も、「わかいうちは力んで、年を取ればリラックスして」なんて考えるんじゃなく、
はじめから自然体で、はじめから力まない。

これは、決して若さを失うことではない。
いうならば、けんかと格闘技との違い。
技術があるかないか。しろうとさんかプロか、の違い。

だったら、しろうとさんとしてすごすより、プロのほうが、かっこいいし、若い。



どうです!!すごいプラス思考でしょう!!



以上、、、なんだかまとまりのない、着地点が決まらないアンチエイヂング論でした。