FC2ブログ
2018.11.18 人の価値
トップページに、いいいいっぱい載せてた動画。
消してしまいました。。。
すっきりしたと思いませんか???

あと、冒頭のながったるい文章も、消した。

単純で、ファンタジー。

それさえ伝われば、もういいっていうか。。。



今年は検証の一年だったって先日触れたけど、ほんとそう。。。
今思えば、自分が笑えてくるんです。
なんでわざわざ、非効率ながんばりをしてしまったんだろう。。。。って。

おかげで、がんばる人の気持ちが少しわかった気がするよ。
そりゃ、大変やわな。。。
何でもさ、、、証拠という免罪符にしがみついてさ、我慢ばっかしてるもん。。。

思うんです。重さになってしまえば、、、
「すか」みたいにうまく挙がる(動ける)んです。「すか」みたいに解決するんです。
免罪符はありませんよ。もちろん。

ま、免罪符である程度の効果は出るから、
それで満たされたんなら、俺の出る幕はない。
でも、それで、あっちがいたい、こっちがしんどい、とかだったらさ。。。。

いちど、「ちゃぶ台返し」が必要かもしれないしね。。。



そういいつつも、俺だって、動画にしがみついてたかもしれないなって。。。
だから、えいって消してやった。。。(正確には、倉庫した)
見本を見せて何ぼって信頼されてない人が信頼を得ようってするかの振る舞いに思えた。

でもね、好きだから、楽しいから、遊び心で動画を載せてたのも事実で。
だから、遊び心でまた飛び出すかもしれません。でも、がんばって載せようとはもうしません。



個人的な話、体の動きは、絶好調です。。。体調も。。。
天然ゆえに、、、
ごきげんでおげんこなんです。基本的に。

スポンサーサイト
仮に辞書で引いたところで、それで意味が、わかるんかい???って話。

「甘い」ってどういう意味???
「痛い」ってどういう意味???
「軽い」ってどういう意味???
「速い」ってどういう意味???
「冷たい」ってどういう意味???

実感や体感がない状態だと、それを言葉でどう表現できるでしょうか???
甘いにしろ、それを味わったことがあるから、意味がわかるのであって。
少しこのことを、いろんな言葉で振り返ってみませんか。。。

・・・・

・・・・

・・・・

感謝って言葉。
これこそ、内から沸いてくるというか、天から舞い降りるように来るというか。
愛を受け取って、うれしい、幸せ、満たされてる、というそういう気持ちが、そうさせると思う。

でも、愛にせよ、うれしいにせよ、満たされてる、にせよ、
それを味わった経験がなければ、意味の理解度も違ってくる。
カタチや形式だけができるのか。あるいは実感で深層を味わうのか。
社交や何か見返りを期待してのことなのか、あるいは満たされた実感からなのか。

・・・

・・・

・・・

運動に話を切り替えます。

頭で理解はできるけど、、、(体で体現できない)みたいなことを聞くことがあります。
私はいつも、そこに“違和感”を感じるんです。
これって、、、冒頭の話と同じじゃないか、と。。。。

言葉が増えればふえるほど、かえってできなくなるものだったりします。
そして罠だと思うこと。それは、できない人に対しかえって言葉が増えてしまいがち。。。
そして、できる人には言葉が少なめ。だからどんどんできていく。でも理屈っぽくない。

理屈っぽいできない人、無邪気で無知なできる人。

こういう構図、なんとなく、感じられませんか???

・・・

・・・

・・・

わかれば、できる、できるへの第一歩は、わかる???
そうじゃなく、、、
味わって、できて、はじめて、わかる!!

うちのトレーニングは、そういう場を大事にしています。
だから、言葉を少なめに、私も見本を示し、実感や体感を促しているのです。
自分の実感、見本を見ることでの視覚からの体感。

・・・・

・・・・

いい動きは、限りなく、余計な動きが少ないもの。

体感してみませんか???

その先の世界も。。。

2018.10.25 根拠について
ここでは個人的な見解を述べます。

断片的な根拠だけですべてを図るのは、無理がある。データを読むのでも、たとえばがんになった人の9割はごはんをたべていた、というデーターだけでは、ごはんはよくない、って見解になるでしょう。でも冷静になれば、健常者もふつうにごはん食べてるわけですから、データを読む客観的な思考というか、そういうのが、普通に必要。

感覚的はよくないのか???私はノーです。感覚や感情というのは、宇宙からのサイン。これ以上の根拠もないでしょう。いけないのは、感覚の声を無視して思考をして我慢すること。断片的な情報に過剰反応してデマを流すのも、同じではないでしょうか。

だから、運動指導者は、練習(トレーニング)するのです。情報の断片性に流されないために。ここで築いた体や動作、そして人柄そのもの、つまりオーラ。これこそが根拠であり、説得力なんだ。そしてもう一つ。

自信について。ほんとうは、根拠のない自信が先にあってこそ、あとからその根拠がわかってくる。そういうものだと思います。もっといえば、根拠のない自信こそ、すばらしい根拠じゃないですか!!

はじめから自信がない状態では、できるものもできなくなる。波動が低いから。その波動や引き寄せも、科学では証明されていたりしますし、深い部分の追及では、それとなくそういうニュアンスをもつ見解だったりもします。

力を入れない私の動作。力の伝わりも、ほんとうは、本来あるべきばがれがあって、人が余計なことをしなければ、うまくいくもののように感じます。その観念に、ウエイトトレーニングを私は活用しています。重力や時間のながれ。立派な根拠です。

ダイエットでも、ひとつの食材に頼るダイエットには疑問を自然と感じるのが、われわれ運動指導者の目線。トレンドよりも、根がしっかりしたものを、我々は好んでいます。トレンドっぽい操作法よりも、絶対音感。これは、私がたどりついた考え方です。

ほかにもいろいろあると思いますし、今、思いついたことを並べてみました。
その道のプロが、その道のプロなのです。

重さを受けること。挙げるよりも、受けること。それが基本です。
[広告 ] VPS
以前、むこうのブログでこういうのを、書いた。
http://blog.livedoor.jp/syouyu333/archives/5162460.html

見るからに健やかさにかける人から、健康の秘訣、学びたいですか???
太ってる人に、やせるコツ、教わりたくありませんよね。
がっちがちの人に、機能改善を教わる、信憑性疑いませんか。

その道の専門でもないのに、他分野が専門なのに、その道を解いていたり。
拒否や否定をしてるわけじゃないけど
自分は、そういうことは、したくありません。

運動のことは、運動のプロに聞け。

そのために自分は、毎日、学び、鍛えてるんです。
あるいは、自分が学ぶ際、その道の方が述べたものを参考にします。
あくまで、その道のものです。栄養もそう。

ま、自分はたしかに、知識を超えたものを大事にし、他分野のことも知り、参考にします。
でも、それは、通ずる共通点、通ずる心の持ち方やすごし方など、
そういう部分を参考にして、刺激を受けているのです。


あくまで自分は、運動指導者。そして、パーソナルトレーナー。
そして、知識がないわけじゃなく、国際レベルの資格も持っています。
ただ、そこでとどまり、鍛えてもないのにガイドラインしか思考しないのではなく、
その道の専門者として、行間を読んでいるのです。

冒頭のリンクは、
実際に私のクライアントが、権威者のような人らにもろもろの。。。。。ということがあって、
私がばっさり斬った実話です。もちろんすべてを否定したわけない。

「正しいから権威になる」のが筋。
もちろんここで、正誤を問うわけじゃないことをあえて申しておくが、
「権威だから正しい」みたいになってしまうそういう背景。。。

私が動画を載せるのも、載せたくなるのも、
遊び心や楽しさを表現したい思いと、もうひとつ。。。
説得力という部分。

自分は、ジムインストラクター出身のパーソナルトレーナー。
体や動きで表現して、何ぼ。
かっこよくあって、何ぼ。

毎年心配蘇生法の資格更新に行くのですが、参加者のなかには、アスレチックトレーナーとかもいて、スポーツの現場の安全とケアを担っています。すごい肩書きをあとから聞いて、こっちがひっくり返りそうになることもしばしば。もちろん能力を否定するわけじゃない。ただな、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、。

ま、ふと思うとかがあって、刺激されて、こういうことを書いてみた。
スクワットが見直されるのは、うれしいこと。
スクワット???俺に聴け!!それがいいたいだけです。


皆さんから見れば、私は、プロのトレーナーです。私はたしかに素人ではありません。ですが、その「プロ」とか「プロっぽい」という部分が、私にはどうも、引っかかってしまうのです。どう引っかかるか、といいますと、そういうプロっぽいってのが、うさんくさい、と。

決して批判とかそういうことじゃありません。ただ、、プロとか本格的って言う部分に、落とし穴がある。そういいたいのです。繰り返しますが、私は素人じゃありません。ですが私は、そういうプロっぽいプロをあえて削いでいったのです。それで現在の私になったから。そこに到達したからこそ、プロっぽいプロが創造しうる以上のものを世界を実現できた。

プロっぽいプロ。本格的。それ自体、間違いじゃありません。しかも効果も約束できるでしょう。ですが、それで出た結果、というのは、「張りぼての自信」じゃないかと。だから、そういう自信の世界なら、いくらでも作り出せるし、作り出せる指導者も五万といるし、方法なんて世間にいっぱい出回っています。

繰り返しますが、プロっぽいプロを否定してるんじゃありません。
でも私は、プロっぽいプロなんかとっくに卒業して、、、
馬鹿じゃないか???知識ないんじゃないか???って思わせる世界。プロっぽさのかけらもない。子供みたい。。。

普通ならそういう部分を「否定して」「これではいけないと改心して」しまいますよね。つまり、、、自分否定なんですね。。。そうやって張りぼてになります。でもそれって、「逃げ」だと思いませんか???「所作としてかっこ悪い」と思いませんか???

張りぼてになって、マニュアルや知識を並べれば、いくらでも作り出せるでしょう。
でもそれで、こういう動作が実現するでしょうか???
そして終わった後の軽さや驚きの運動効果が実現するでしょうか???
[広告 ] VPS


[広告 ] VPS



でもこれって、、、「武田さんだから」できたんじゃ???


私じゃ、、、無理なんじゃ???


容赦なく申します。

私だから、できたんです!!
すいません、私だから、できたんです。
すいません、私はすごいから、できたんです。
すいません、私はすごいから、すごい発想やすごい創造がかなったんです。


へ!ってなりましたか???


へこみましたか???


そうです。「私だから・・・・」それが理由です。
できた理由は「私だから」
できなったら「私だから」



能力が高いから、できたんじゃないんですよ!!



私だから、、、できたんですよ!!



・・・・



あなただって、、、一緒ですよ!!



自分のだめな部分とかそういうのを見て、
勝手に「だめな自分がいる、と思ってしまってる自分」がいてただけ。
でも、合格点を下げて、「それでも合格」ってしたとたん。。。。

他人から映るだろう評価が低かろうが、、、
自分の内面の評価が破格的に上がってしまう。

だって、うちのテクニックは、うちが教えることは、、、
「任せろ!!」だから。
それだけで、信じられないことが起こるんだから。。。

今までやってきた「技術や力」が、ただの張りぼてに感じ、
ほんとうの技術やほんとうの力に出会えるんだから。
「弱くても、だめでも、それでもいいんだ」「だから、成長しなくてもいいんだ」

それが、ほんとうの成長を生んでくれる。



プロ論・2018.



いかにも甲冑をまとった風じゃなく、よろいのない丸裸で素顔。きれいな素顔。
その素顔に自信を持つこと。
できる理由は、「私だから・・・・」
すごい理由は、「私だから・・・・」



ですので、プロっぽいプロの指導を望む方は、期待を裏切りますのでご容赦ください。

そして、クライアントさんは、リスペクトします。「すばらしい○○さん」というふうに。「すばらしい○○さんだから・・・・」と立てます。でもこれは、お世辞じゃなく、本心です。偏差値じゃないんです。「偏差値が低い=だめ」「高い=すばらしい」これでは一向に「張りぼて」のままです。

今のままで、すばらしい。

うちのトレーニングは、、。このことに気づかせてくれるもの、なんです。心理で気持ちで変わります。でもときにネガティブになる。こういうのは「実践」「体験」するから「わかる」のです。その「体験」を味わい、ほんとうの自信を身に着けましょう。そして、そんなすばらしいあなたに見合う行動所作になり、体の使い方になっていくことでしょう。重りがそれを後押ししてくれます。だから、そういう体にもなるし、体作りにもなるし、機能も改善、というか「もともとあったすばらしいさま」になる。そういうこと。

錘に「逆らったら」意味ありませんよ。「張りぼて」になりますよ。わかりますか???

「あなただから、うまくいく」。



参考図書:心屋仁ノ助「頑張らない成長論」


以前、バカな動画を撮っていました。
[広告 ] VPS



アンチエイヂングについては、賛否の声があります。老いるものに逆らうことほどむなしいものもない。むなしい若づくろいおいたことを受け入れ、若い人にないものを出せばいい。という考え方。たしかに、今を大事にし、今を受け入れ、あるがままを受け入れ、一瞬一瞬を大事に生きることが、いちばん若いことになる。

でも、、、

俺がやってる仕事は、、、

まさに、、、

その、、、

アンチエイヂングです。



若く見えることはうれしいし、
40過ぎても動けて、うちでいうなら50過ぎても若々しい。
素敵じゃないですか。

「年だから、、、」といって、あっちが痛い、こっちがいたい。。。
そういうのが晴れていく。そういうのがなくなっていく。
うちはそういうトレーニングですし、だから、間違いなく、アンチエイヂングです。

年相応、、、どこか人生、あきらめみたいで、これではかえって、実年齢以上に老ける。
ただ、、、ここはアンチエイヂングを否定する人と一緒だと思うけど、、、
「がんばって、若くする」「無理をして、若くする」「犠牲を負って、若くする」ではない。



人は本来、、、本来がもっともっと若いはずで、
むしろ力みとかが、あるいは老けたあきらめた心などが、かえって老けさせてる。
老けるものは、老ける。でも、その老け方を遅くすることはできる、というか、、、

「じつは、もっと、若さは持続するものですよ」

ということなんだと思います。その本来を呼び戻すこと。自然体になること。はがすこと。
だから、若い人も、「わかいうちは力んで、年を取ればリラックスして」なんて考えるんじゃなく、
はじめから自然体で、はじめから力まない。

これは、決して若さを失うことではない。
いうならば、けんかと格闘技との違い。
技術があるかないか。しろうとさんかプロか、の違い。

だったら、しろうとさんとしてすごすより、プロのほうが、かっこいいし、若い。



どうです!!すごいプラス思考でしょう!!



以上、、、なんだかまとまりのない、着地点が決まらないアンチエイヂング論でした。
うちは、体の使い方を見直すレッスンをしますが、
・競技するんじゃないんだけど
という方にこそ、受けてもらいたいと思っています。


[広告 ] VPS


体の使い方が変われば、こりもなくなって、怪我もしない、回復の早い体になるからです。
競技したくない。しなくて結構。当たり前です。
ただ、「競技やスポーツ=苦・しんどさ・痛み」とも思ってほしくはないんです。

「動けるからだ=パワーを強いるしんどいもの」じゃなく、
心地よく、楽ができるもの、心身ゆとりができて、おおらかになるもの。
「動ける=がんばって動く」じゃなく、


「動ける=がんばらずに動けてしまうもの」


そういう動きは、体型も変えてくれるはず。
言い換えれば、よくない動きは、体型にもでる、ということ。
そして、動きは、本来、シンプルなもの。


余計な力が抜けて、必要な力が伝っていく。
頭で考えるから、ややこしくなるんだと思います。
だから、、、重りを、(過剰に重くはない)重量物を、使うのです。

重りは、力んで扱うものじゃありません。
それを動画や見本、自分の練習に、あらわしています。
がんばらないことで、、、よみがえる!!


2018.08.20 断舎利
ジムに行けば、いろんな器材があって、あれもこれも、、、ってわくわく。。。
でもおことわり、、、
うちは、、、バーベル中心です。

もっとも、補助種目として用いたりはしますけど、
基本が大事!!
それがあっての、さまざまなマシンです。

でも、、、基本って退屈???
それはきっと、、、何かに気づけば、考えが変わります。
「トレーニング=追い込む」から脱することなんでです。

ほんとうの基本は、、、もっとファンタジーなものじゃないかと思います。
たかがスクワットなのに、何かが違う。
そんなふうに、、、

基本中の基本。
それは、、、
何をやるか、、、ではなく、どうやるか。

そこに気づけば、、、
あらゆることがつながっていき、
あなたの心までもが、ぱぁ~っ!て開くのではないでしょうか。

うちが求めてるのは、「体の使い方」ありき。
すばらしい体の使い方で行うから、トレーニングの質が激変するのです。
何をやるか、ではなく、どうやるか。

そこが、違うのです。

良い体の使い方に見合う体型・体の質・強さや実用性になります。
普通に考えれば、鍛えれば疲れる。硬くなる?など。
うちは、鍛えたあとのほうが、やわらかくなります。

繰り返します。
見返りを求めて我慢して痛めつける。あるいはその痛めつけることを楽しむのではなく、
かなった自分として、楽しくそれをこなしていく。それ自体を目的にしてしまうことで、
続ければ、面白いように、変わっていけるのです。

その体の使い方とは、、、、

繰り返しますが、「かなった自分としてこなす」
そう、、、かなっていない自分として、今の自分に上乗せするんじゃなく、
すでに、それが、できている、という発見。
言い換えれば、、、余計なこと(動き)、無意識にしてるんです。それをなくす。
「しなくても、、、できていた」の気づき。

そういうことを、ウエイトトレーニングを中心に、体で味わってもらえます。
力って、こういうことだったんだ。
運動って、こういうことだったんだ。
目からうろこ、な発見を楽しみ、それ自体をその時間を、遊戯しましょう。
そういう習慣が、、、あなたを変えてくれます。



メソッドよりも、そのこなし方。
着飾っていびつになるんじゃなく、
なくしたり捨てたりすることで、大事なものが残っていく。

必要なものだけが、残っていく。大事なものしか集まらない。




基本は、スクワット。でも応用も、、、スクワットなのです。




上は、たとえば、、、の話であって、スクワット至上主義とかそういうかたちじゃありません。
情報も、結局は、あなた自身が選ぶもの。
自分のなかに、判断基準を。




また、体の使い方、というのは、
できてた自分に気づくこと。
シンプルに、、、これまでしていた二重の動作を、やめること。

二重の動作だって、案外気づかないもので。。。
その気づきを、与える、きっかけを作るために、私がいてるのです。
二重が取っ払われたとき、、、眠ってた自分が目を醒まし、覚醒することでしょう。

人事を尽くして天命を待つ・・・・こういう受身、見返りを乞う澱んだがんばりじゃなく、
天命を信じて人事を尽くす・・・かなった自分として、今をそれを楽しむこと。

目的のために、我慢する課される前者を脱皮して、
かなった自分として、結果や未来への犠牲じゃなく、それ自体を安心して楽しむ。その持続。「今」をそれだけ大事にできるか。しかも、自分を大いに肯定して!!




大丈夫!!それでいい!!




その取り組みが、、、あなたを変えてくれるでしょう。。。




[広告 ] VPS


[広告 ] VPS
サブブログ(しょうゆ顔)もどうぞよろしく
意外と盲点、な内容もありますよ。



こっちでは、それを総括するような話をします。
「目標」について。

目標を決めることで、やる気がでたりしますが、
達成することを求めてしまうと、達成できない自分を否定しますし、
途中経過の自分は、達成できてない価値のない自分になります。

という考え方もあります。ほんとうは、目標を達成してなくても、何もしない状態でも自分のすばらしさを認めることが大事で、目標とという制限に縛られると、可能性を縛ることにもなるので、目標は設定しないほうがいい。そういう考え方。私は賛成しています。でも、私は少しだけ、こう感じている、ということ。。。

それは、、、

「目標には、、、ふたとおりある」

ひとつは、さきほどのいわゆる「義務感になってしまいがちなもの」。達成できてない自分には価値を持てないので、達成しても、価値を持てずに「もっともっと」となる危惧。でも、もうひとつ。。。やっぱりあったほうがいい、と感じるのが目標。でもそれは、こういう意味合いです。

それは、、、

旅行へ行くかのような、「楽しみ」としての「目標」



楽しみがないと、人生つまらないじゃない。。。
でも、頑張るんじゃない。結果じゃない。楽しむこと。
でも楽しんだ結果として、楽しい何かがあるんじゃないかしらってこと。



こんな見解です。