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はじめまして。。。当ブログへようこそ。




こちらは、自分の理想を描き続けた“いちパーソナルトレーナー”のブログ。
その内容に、、、愛がある!!
大人になりきれないその素顔で、響くものをお届けします。





動きは“無邪気に”!論理をあざ笑うがごとく。
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さ、、、、自転車は27インチ。何がおきるでしょうか???43歳のアクショ~ン!!
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より自然に。よりやわらかく。さあ、、、力を入れるな!!
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たかがランジ、されどランジ!!この自然な推進力とスムーズさは、負担もない!!
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2017.08.20 落ちる
という言葉は、私の動作法であり、代名詞(笑)でもあります。
先日は、重力を受けるのを、天井を向いた部分からじゃなく、もう少し低い位置で、と触れたが、厳密には、高い位置から貫通することが大事で、高い位置で留まるのではなく、、、を強調したかった結果です。
おなかの意識がつよくなってしまうのも、また違う気がしています。

アライメントが大事とはいいますが、
体幹の筋力というよりは、重力の鉛直になじむことが大事だと自分は考えています。
高い位置から、落ちるのです。でも、貫通するのです。

ウエイトトレーニングは、とくに全身運動では、
スクワットやデッドリフト、そう、ベンチプレスも含め、
バーベルから自分を貫通できるかどうか、だと思います。

と、私は、ある関節をこう動かせばい、とか、いわゆる「形」を述べません。

波動の世界でも、第一人者が書いた本によると、
「しなさい」という言葉を見せた水は、きたない結晶をつくり、
「しようね」という言葉だと、きれいな結晶を作ったとのことです。
本には結晶の写真も載っていました。

こうこうこうすれば、こうさえすれば、、、という暗記は、しなさい、という抵抗を私は感じます。
暗記じゃなく、ストーリーでありたいのです。
もっとも私が、理解が下手なほうで、カタチでいわれても、わからないしできないから。
できるできない以前に、それを「楽しい」「やってみたい」と思えるか。
できなければいけないんじゃなく、それ自体をやってみたい、やってみよう、と思えること。

私の指導法や運動の考え方は、そこに原点があり、暗記がなく、感じて楽しむこと。
できるできないじゃなく、楽しいかどうか。
理解や記憶は、そのなかにあるはずです。


落ちる、って自然でしょう。。。


ふっと軽くなるんですね。。。


いちいちごり押しをして知識武装をしなくてもいいから。。。
でも変わりに、、、温まる知恵をもったふうになっていくから。。。
だって、、、運動ですもん。。。学問じゃありませんもん。。。というのは持論です。

もちろんこれは、私がこう思う、というだけのことで、
すべての人に押し付けるつもりもありません。
自由だと思います。自由を尊重します。。




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そうです。プレートは20kgなんですが、すいすい。。。
どうしてか???

以前は、「ぶら下げたほうが、なぜだか挙がるから」「下げたほうが、なぜか挙がるから」
という宇宙的な答えしかできませんでした。
というより、実感がなければ、こちらも話ができない。

今は、この答えにもう少し色をつけましょう。でも期待しない。宇宙的だから。。。笑。
いうね。
「上からつぶされることが、すべて」

つまり、ぶら下げていようが、自分のほうが下。重りのほうが上。この位置関係になるのね。。。
ただ、ここからが違う。実はこの見解は、昔もしていて、そもそもがこの動画、古い動画。
そういうこと。。。過去です。。。しかも重りが自分よりも上、って無理があるでしょう。。。。

でも少し変化したのです。

いうね。。。



重力を受ける位置を、下げたの。。。



これまで当たり前のように、「天井を向いた部位」「天井を向いた部位」と散々語ってきた。
古い読者さんならご存知でしょう。。。。
それを、その受けるポジションを、、、下げたの。。。肚とか。。。

きっかけは、、、なんと、、、ベンチプレス。。。
大の苦手種目で、
私はパワーリフティングという競技をやっていて、いつもこの種目ひとつに泣かされ続けて。

なぜか、スクワットみたいに脱力で挙がってくれず、窒息しそうな圧迫感しかなく、
「力まなければ挙がらない運動=ベンチプレス」と心で整理までしていたぐらいでした。。。
それが、、、ついに。。。

まだ重いものは上がりませんが、窒息そうな感じがなくなり、
開放感いっぱいで心地いいベンチプレスが実現しつつあります。
指導でもベンチプレスを外そうか、、、なんて何度も何度も考えたぐらいでしたから。。。
光がさしてきたかな???

高い部分で受けすぎて、だから仰向けになると、立った時のようにいかず、
胸だけで受け止め、全身に力が流れなく、それで苦しかったようです。
肚あたりで受け止める感覚をなんとなく。。。重力を高い部分からど真ん中あたりに。。。

気づいたら、、、立つ種目と変わらない開放感が。。。つながりが。。。立ってるみたいで。。。。



でもそれで終わりじゃないんです。。。



あら不思議???重そうな重りが、、、重く見えないふっしぎ~な挙がり方!!

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このデッドリフトは、自分でも気に入ってて、過去の動画ですが。。。
きっと自然と、、、天井を向いた高い部位じゃなく、
もっと下げた位置で重力を受け止められたのだと思います。

そのせいで、、、

普通に考えれば「バーベルが下」「自分が上」でしょう。。。
それが、、、自然と、、、「バーベルが上」「自分が下」になるのですね。。。
こういう不思議な上がり方をするとき、デッドリフトだけが、多種目とは一線を引いた動きに感じ、
でもほかの種目や運動動作とはつながってなかったんですね。。。

自然と、、、できてて、、、でも、、、わかってなかった。。。。

それが、、、ついに、、、わかった。。。



もういちど、この動画を。。。
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自分が下、重りが上。これだと、重りにもぐる動きになります。
これは、、、、言い換えれば、、、足で踏ん張ってしまう力んだ立ち方踏み方蹴り方。。。。
やはり抵抗あります。クリーンやスナッチも、そういうふうに挙げてたしかに上がりますが、、、

繰り返します。。。

重力は、、、高い位置よりも下げた位置で受け止める。

今、クリーンやスナッチも、添削中(笑)です。。。
日々うまくなっていくというか、日々違いがわかるというか。。。
また、うまくなったら、、、撮影します。。。



もっとも、、、肚とか下げた位置で重力を受け止めるといっても、、、
すぐにわかる人もいれば、まったくわからない人もいるでしょう。。。
その違いは、、、力み度合いの違いじゃないか、と。

だから、、、うちで、「力を入れない習慣」「重力を受け止める習慣」を学習するのです。
一日じゃだめ。きっかけにすぎない。すぐに「力みくん」が邪魔をしてくるから。。。
力みくんが出にくい体に習慣に。。。まずはそこからです。




どこかほっこり(♪)カタチを超えたスクワットをただただ堪能しましょう!

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私がスクワットジャンプをやったら。。。あら!ほっこり!!

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ふわふわでしょう!!



いもむしみたいな、重りと自分が急激に近づくような力みはありません。
同じ高さ関係で並行して上下できてるはずです。
まずは、そこからです。



上からつぶされることがすべて。
そのうえで、、、
でも、受けるのは、案外下げた位置で。

踏まない。蹴らない。



2017.08.11 フライト
さ、、、、自転車は27インチ。何がおきるでしょうか???43歳のアクショ~ン!!
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屋外では、ま、こんな感じ。
じゃあ、、、室内では???
暑いから、靴はいてないから、、、控えめだけど、、、こんな感じ。。。

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テイク2も、こんな感じ。
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関節の伸展???っていうか、
膝を伸ばし切りなさい。足首も、股関節も使って???みたいな。
ま、そこまで解剖学に縛られなくても、
いいえ、縛られないほうが、、、案外、、、自然に。。。ということです。




上へ蹴ろう???みたいな執着が、どこか、エンジョイを奪ってるよね。。。
ふっと力を抜いて、やさしく今を受け止めて、
心も行動も、、、かるくかるく(♪)

それだけで、、、
偉大なる何か(笑)とやらが、、、我々に、、、
ギフトを届けてくれるんじゃないでしょうか???



いけませんか???(含み笑)



2017.08.11 技術について
ここはトレーニング指導者のブログですが、
けんだまで、こういうことが、できちゃいました。
3回やって、2回目は、剣が玉に入ったのですが、ぬけちゃったんですね。。。
それで撮り直しをせずに、やっちゃいました。

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本とか読んだら、いろいろ技術書かれたあった。
でもね、、、俺、どうやったら、ここまですいすいできたかというと、


力を入れずに、やってみた。
ふっと重力をかるく受けてみた。



ま、、、よく体のことをこだわる人。アライメントとかバランスとか、解剖学見地で言います。
でも、、、それって、、、その基準って???
重力と鉛直じゃないんですか???それが基準じゃないんですか???

だったら、、、

体を意識してる場合じゃなくて、、、
力を入れずに動くこと・・・・じゃないんですか???
頭で考えず、体で感じていくこと・・・・じゃないんですか???


と、いち運動指導者、いちトレーナーとして、思います。



そして、、、ぶらんこだったか名前は忘れましたが、
動画でいうとめけんの逆バージョン。
本には、糸を一定の力で自分のほう(玉のほうへ)へ引っ張って、、、と。
ようは、後方にひくように、って。

でもそれができるためにも、、、力、入れてたら、できないから。。。



各種スポーツには、さまざまな技術があります。
でも、それぞれの技術をより習得しやすくするためにも、、、
「力を入れない習慣、感じ取る習慣、力が抜けて楽しんで。。。」
というエンジョイする気持ちと行動が大事じゃないでしょうか???



ほんとうにいろいろ試しました。手ごたえもそれなりにありました。
たしかにわかる気はしましたし、実際に記事にもしました(消しましたけど)

「芯が入って」と「脱力」が一致もしましたよ。
もしかしたらね、、
運気が良くなる身体動作法???とまで発展しそうな勢いだったんですよ。。。


でも終わってみれば、、、やはり、、、、こういうことなんです。
力は入れない。何かをしない。感じてるような感じてないような。
やはりこの子供のような「自然体」。この手ごたえには勝ることはなかったのでした。

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重さを素直に受けたら、、、あ、っという感じで力を「抜いてもいいんだよ」って感じになって。
自動的に動く感じが、すごく心地よく、、、
これに勝る動きはないな。。。という結論です。



肚(はら)のこともだいぶわかったし、たしかにそうだな、と思いましたよ。。。
でも、、、硬いんだよね。。。うちのやり方に比べたら。。。

「どうやって力が抜ければいいのか」
「どうやって抜けるのか」
「なぜ抜けたほうが、動きキレるのか。しかも安定するのか」

今までこのことをブログに書いてきたと思います。



今、思うんです。。。



それをやめようって。



たとえば「懐かしい」という言葉の意味って、その感覚がわかれば共有できますが、その感覚がない人に意味を説明しようにも、その感覚がないから、言葉をいくら並べても、、、ってことでしょう。。。

現場で、重さを味わって、初めてわかることだから。。。

あ、この感じって。。。

あとは、もしトレーニングを受けるなら、だまされたと思ってやってみること。
この「だまされたと思って」がすごく大事だと思う。
素直が一番ってことです。あとは感覚がないのに言葉にしようとしないこと。



力が抜ければ、うまくいくのです。



ほっと軽くなる。ふっと軽くなる。
運動やトレーニングは、私のやり方では、こうなのです。
悩みや力みや課題などが、、、ふっと軽くなる。



一生懸命はいいことですが、
そのなかに、何がが必要なんだと思います。



抱えてしまうと、波動も質が落ちると思う。
自分も味わったのでよくわかる。
そう考えれば、、、今までやってきたことって、、、すっごい奇跡的にうまくいってたんだって。

その感覚がない人に言葉の説明をしようとしても、無理がある。
うれしい、とかもそう。説明できますか???言葉で。。。
だから、ブログで持論を出すよりも、ニュアンスや実感を述べようと思う。

惹きつけるものを書こうとするのは、感覚がないのに言葉の説明をしてるようなもの。
それをもうやめようと思った。
うれしい。。。軽い。。。楽しい。。。そういう実感を中心に。。。


久々にジョギングをしました。走り方も忘れかかってたぐらいだったのですが、キレキレでした。で、その翌日、ジョギングしました。短い距離を何本か。。。って、ダッシュじゃないの???いいえ。。。じょぎんぐ。。。

そう、、、よくね、、、ジョギングではリラックスできてるのに、ダッシュになったとたん、人が変わったかのように力んでしまうこと、ありませんか???たしかに力やスピードはジョギングとは違うでしょう。でもそれ、、、疑問に感じませんか???

ダッシュでも、ジョギングの気持ち(その早送りという気分)で動くと、私でも、リラックスして速く走れた感じでした。けってないのにけれてましたし、回転もしやすく、進んでもいましたよ。。。私なりには、ですけど。。。


ダッシュのことも、
ジョギングっていうぐらいが、
ちょうどいい



念を押すけど、エムという意味じゃなく、
ジョギングのようにゆっくりダッシュするいみじゃありません。
ジョギングのような感じと気分で速く走るのです。ジョギングの早送りです。

自在ですよ。5倍速でも何倍速でも。。。

坂道ダッシュのトレーニングをやる日に、
さ、、、坂道ジョギング5本、いっとこうか???みたいに(笑)



ウエイトも一緒で、ゆっくりした動きでリラックスできてる土台があってのスピードです。
スピードを意識したとたんに人が変わるのは、いかがなものか。。。
ゆっくり動いてても、、、ブレーキで力んでいないのです。

同じメカニズムで(早送りですから・・・)速く動くのです。古い動画を。冬場の動画。

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暑苦しさを脱し、古い夏場の動画。
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驚きましたか???読者さん。。。。
あれほど、、、重力と向き合って、誰より重力に向き合ってきた私の、言葉と題名に。
ってね、、、違うんですよ。。。

ここ数日に書いた
・感じてるような感じてないような
・何を感じるか、という深さよりも、脱力と信頼

この内容そのままなんですね。。。

手放すっていっても、放棄したり、敵対したり、するんじゃありません。親子関係みたいなもんですかね。。。子供が大人になっていくときの親子関係みたいな。親離れ子離れしますが、つながってるでしょう。。。いつまでも幼児のままの親子関係じゃなく、、、という話です。信頼で結ばれてる。でも親にとっては、いつまでも子供は子供。

ここで動画。10kgプレートでお遊戯。
10kgはあるんですよ。。。発泡スチロールじゃありませんからね。。。

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一度は重力を受け止めています。でも動き始めれば、0kgになってるんです。
いつまでも10kgじゃないんです。
かといって、下手な脱力で力を抜くだけでは、こうはいきません。
いえ、力を抜くだけでこれができるのなら、すごいことです。才能があるんだと思います。

うちは、、、才能を磨くトレーニング。わかりましたね。。。

じゃあ、おまけです。
力感がないが、スムーズなのは、重力を手放し、信頼できてるからです。
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だから、重力を受けることは大事。
でも、その重力にいつまでもこだわったりしばられたり、しないことでしょうか。。。
多くが、調和せず力で解決しようとします。
しかし、、、調和すれば、ここまで可能性が広がるのです。

見える力や筋力だけで解決しようとしてては、いつまでもこの領域に立ち入れません。重力は、宇宙の一部だと私は感じます。宇宙は、我々に、いつも力をくれてて、そのサインに気付いた人だけがうまくいく、とか言われます。サインに気付くこと、、、じゃないでしょうか???

サインに気付けば、、、うまくいきます。

ごり押しせずして、、、叶います。

整った体や身体能力、動けるからだ。けがのないストレスフリーな日常や若さ。
ポジティブとは、頑張る気張るという空元気じゃありません。
サインに気付くことだと思います。


ウエイトトレーニングは、力を入れない技術を習得するためにあります。
そういう技術が、実用性となり、怪我のない、こりもない、動きやすい体作りになります。
というのは、、、私の考えです。

ですが、ものごとの偏見をなくし、まっすぐに純粋に重りという自然物と向きあえば、
私のいうことのほうが、的を得ていると思っています。
でも、力を抜けばいい、というものでもありません。これでは怪我もします。

そういう単純な話ではありません。これだとあまりに内容が薄い。

ああすれば、こうなるから、ああしなさい、これで納得できますか???
納得したとしても、それは一時的なしのぐすべ(対処療法)であって、
そういう安易さに見合う事態になって、自分に帰ってくることでしょう。

だから、、、型にはめる人は、型にはまるだけのうわべの満足しかなく、本質が得られない。
大事なのは、本質です。そこを感じる楽しさ。楽しめる能力。
能力という硬いものじゃなく、好奇心だと思います。

硬い、という言葉がでました。感じれない人は硬いのです。
数値だけですべてを判断したり、方程式だけですべてを裁き、暗記や型にします。
「見てるようで、見れてない上司」って疲れますよね。。。そこです。

逆に、「見てないようで、見れている人」って、どうでしょうか???
変な硬さ、型にはまるような窮屈さがなく、無邪気さがありながらも、的を射抜く。
数値に隠れた人の個性や人間性だったりを汲み取れる包容力。。。

私が理想としてるのは、そういう後者のようなあり方です。
苦言をいうと、この内容がわかりにくい、という人は、前者のような人材だと思います。
さて、前置きが長くなりました。


こういうスクワットで、ようは、完全にしゃがみきったあとで、どうしてどうして力を入れないのにすいすい挙がってしまえるのでしょうか???普通なら、絶対に、力んでしまう。あるいは、ものすごい脚力が要るのでは???と浅はかな判断。そこには、感じ方という感じ方があるのです。

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10kgプレートでお遊戯。
脱力して、重さも感じていますが、感じ方という感じ方があるのだということ。
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過去に、私のトレーニングで「感じよう、感じよう、としてるんです」と言って、目を閉じて研ぎ澄ますようなことをして挙げてたんです。結果、硬いものは硬いままで、中身がまったく変わっていない、という例がありました。私も正直、対応に苦戦したのですが、このように、型ではめ込む人は、「両極端」な発想、、、つまり「ゼロか100か」という発想になるのです。

見てるようで見れてない人、じゃなく、
見てないようで見れてる人、のほうがいいじゃないですか???

感じ方も一緒です。

力を抜けばいいんじゃなく、力が抜けてるぐらいの何のしがらみもない状態であること。
力を入れる必要がない、そこへ持っていくのです。
重力が降ってかかります。これを感じなければ、怪我もします。
でも、過剰に感じてしまっても、ぎこちないことになります。

感じない、、、でもない。
感じてるんです。でも、研ぎ澄ますわけじゃなく、
普通にしてるぐらいなのに、かえってよく感じられている。



私は、こういう表現を活用しています。



感じてるような、感じてないような



だから、、、感じられるのです。
だから、、、力を入れるなどの余計なしがらみがなくなるのです。
ゼロか100か、じゃなく、一見いいかげんな表現かもしれませんが、、、

「見てないようで、見れている上司」
みたいになりたいですよね。落下する重りは感じています。
でも落下に支配されないで、
不思議なあがり方をしてしまう。

でも、落下を、感じてはいる。



ま、、、国語力の問題です。



運動は、バカではできないと思います。
脳みそが筋肉では困ります。
筋肉こそ、脳ミソであるべきです。



多くが、こういったトレーニングで、「力を入れること」を学ぼうとします。
その「力を入れる数値や能力」で「能力」を算出しよう、とします。
だから、、、ありきたりの答えしか出ませんし、
そういう官僚的なフォースに押さえつけようものなら、弱者は「ぐう」の一言も出にくいもの。

でも、、、安心してください!!

力を入れる能力で判断できない世界があるのですから!!(力を入れない)

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力を入れてばっかりするから、そこで裁いてしまうから、、、見える世界が狭くなってるだけ。
二階から階下を見下ろしたら、1階でやってることが丸見えで、ちっぽけに映るもの。
力で解決する。力む。だから、、、怪我をするのです。

そもそも、、、いつまでも力を入れ続けることって、できますか???
できないのであれば、、、無理をしているのです。
その「無理能力」を鍛えるのですか???

私なら、、、できる能力を鍛えます。

力を入れなければ、、、、いろんな力を味方にでき、大きな力が出るのです。
結果的に、、、感じています。いろんなものを。不思議な感覚です。
ファンタジーなんです!!

でも、とくに運動はそうで、、、システム化されたものじゃなく、見えない不思議があって、
そこを楽しむもの。だから、分析や深読みはしない。
結果的に、、、体は、、、感じているから。。。何を???それが余計。

三次元だけで思考する。いくらでも思考できますが、どこかファンタジーがない。
限界がくる。あきらめる。
でもほんとうは、、、人は、もっと、、、夢や希望を、謳歌できるのです!!

さ、、、力は入れない!!自然体!!それで、実現するのです!!
信頼。自動化。ファンタジー。
脚力???連動???考えない考えない!!
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