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はじめまして。。。当ブログへようこそ。




こちらは、自分の理想を描き続けた“いちパーソナルトレーナー”のブログ。
その内容に、、、愛がある!!
大人になりきれないその素顔で、響くものをお届けします。





動きは“無邪気に”!論理をあざ笑うがごとく。
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さ、、、、自転車は27インチ。何がおきるでしょうか???43歳のアクショ~ン!!
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より自然に。よりやわらかく。
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たかがランジ、されどランジ!!この自然な推進力とスムーズさは、負担もない!!
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自転車でこけ、受け身をしたために痛めた左指が、だいぶ回復。
改めて動画を撮りました。
われながら、いいんじゃない???って手ごたえですよ。。。
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どうです???こういうのを見たときに、バーの挙がり方や見た目の動きだけをみたら、
「中心から流すように挙げてる」
「もしかして、中心を固めてるの???」
そう誤解を受けそうですが、、、



違います。



重さを受けて、落ちただけです。下がるように上がっただけ。
ただ、、、ウエイトリフティングのひとつの技術を取り入れただけ。
ここが「主観」と「客観」の違い、という話になりますが、

バーベルをね、、、腰(下腹)にぶつけるように挙げたの。。。

なのに、、、案外、、、まっすぐあがっちゃったの。。。。

前に大きく振られずに、案外まっすぐにあがっちゃったの。。。


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重い買い物袋を持ち上げる際、私なら、ぶら下げるように上げます。
くわしくは、こちらを
そのメカニックを優先して、そのうえで、技術を入れました。
そう、、、あくまで自分優先。

だから、、、やわらかくもあるし、それでいてうまくも強くもある。

もう一回主観と客観の話。おれはある意味、しばられてたんだろうね。。。
まっすぐあげなきゃって。。。
それで、腰にぶつける前に上げちゃってたり、肘が先に曲がったりしてた。

案外、、、自分を信じていったほうが、、、うまくいくんだな。。。って。。。



体幹を固めるな。という水面下の情報も、ちらほら見るようになって、
でも今度は、体幹を逆に柔らかく使おう、ってな感じに。。。
たしかに硬いよりはやわらかいほうがいい。

中心からの流れが閉ざされるからね。。。
固める人の考えは、中心を固めることで末端部分が動かしやすく。。。
でもこれだと、中心部が固まることで流れないから。。。

だから中心部は柔らかいほうがいい。

でも、、、

「やわらかくしよう」だったり「中心部というその意識」が、逆に硬くしてませんか???
否定するわけじゃないよ。でも最初から、重力というながれがあって、あるんだから。。。
だから結果として。。。。。

というのが、私の考え。。。



私の考えが正しく、他を否定するとか批判するとかじゃない。
自分が心地いい、という選択を、プロの目線で求めてるだけ。
だから、固めたい人は固めればいいし、柔らかく意識したい人はそうすればいい。



ある大金持ちのお話。
その人は、会食や食事をするとき、いつも決まった店を選ぶらしく、
その人が一番気に入った店らしいんですが、ある方がこう質問を投げかけました。

「どうして他にも探さないのですか」

彼曰く、どうしてそんなリスクを冒す必要が。と。
そこに行けば、良いものもすぐにわかるし、常連だから待遇もいい。
仮に街で3番目に良い店だとしても、彼が気に入って入ってる以上、満足度は100%。
でも、あっちがいいと思って選ぶ。でも他の店も気になって、満足度も70%ぐらいかもしれない。



私も以前は、力んでる人を良いように思いませんでした。
でも、今は違うんです。彼らなりに一生懸命、頑張ってる。
頑張ってる姿を見て、逆にこちらも気分がよくなるぐらいなんです。

ただ、私のやり方は、その頑張り方を、うまく。豊かに。こだわってるだけ。

自分も好き。相手も好き。そういう尊重意識でしょうか。

うまくいく人は、選ぶときこそ迷いはあるでしょう。
しかし、こうだと選んだのなら、それをめいいっぱい楽しめるんですね。。。
あっちを選んでも、納得。こっちを選んでも、納得。

私のこだわりも、そう。。。

題名はアンチコアとなりましたが、
私の考えであって、それぞれが良いと思ったものを選択すればいいんだと思います。
私を選んでくれたのなら、それもよし。そういう話です。



2017.04.16 宇宙的な発想
私の動きや動作の考え方は、ほかにはない、とよく言われます。
たしかに「体の使い方」に着目する人らは多いと思います。
しかし、私のように、西洋的なバーベル運動で動作を磨く、というのは、ないような気がします。

でも、、、宇宙的に考えれば、、、、すごく自然だと思ってます。
ここでは、私が知る限りの宇宙論を述べ、話を展開します。

無意識の領域って、すっごく大きく広大で、顕在意識は氷山の一角。
たとえていうならば、、、広大な海。
そう、、、無数の陸地じゃなく、広大な海だと考えましょう。

もらい泣き、とか、空気を感じて距離を置くとか、、、そういうのも無意識が感じることで、
共鳴とかいうらしいですが、
ようは、、、自分一人だけじゃなく、すべてがつながってる。広大な海のなかで。

運動でも、ようは、、、調和が乱れたときに、けがをしたり、うまくいかなかったりします。
共鳴などの反応は、調和を求めた無意識からのシグナル。
調和しない抗い足掻き我慢などは、そういう科学的発想は、そろそろ限界なんだ、ということ。

もっとも、我慢したり偽ったりしたら、その感情も相手に伝わるから、、、結果もね。。。。
これは不調和から。
かたちに従うだけ、指示待ち状態で、感じないのも、いま現代にかけてること。

さて、、、、あっちこっちに話が散らばりましたが、、、

思うんです。

我々は、、、調和機能を備えていて、、、それは、重力や時間のながれにたいしても。。。
不調和を起こすから、、、問題が起きるって。。。
そう、、、逆らってまで科学的にパワーを出しても、、、
ようは、、、打ち勝つ。抗う。

これはある意味不調和を自分から起こす。
だから結果、、、その悲鳴は無意識に刻まれる。

バーベル運動を、力んで筋力に頼って、筋力強化だけのためにする。
でもそれは、、、そうやってつけたものは、無意識が喜んでいるのか。。。
感情に問えばいいのです。無理してたら、、、喜んでいないってこと。

無意識からの情報なんです。感情は。

でもそれでバーベル運動が否定されるのは、、、残念だ。

バーベルを否定するということは、重力を否定することです。
その重力には時間のながれも伴います。
固めてバランスをとるんじゃなく、、、動的なながれを感じることじゃないかな。。。

その調和は、体が知っているはずで、
そういう動きを私は、多くの方に引き出してきた、そのお手伝いをしてきた。
我々は、、、調和を求めている。
支配被支配、ゼロか100か、じゃなく、中庸というか、

好きこそものの上手なれ。

そのとおりです。その好きには、我慢がないからです。
自分の感情に見合う行動ができてる。
調和なんですね。。。これも。。。だから、学習の仕方もうまいだろうし。

・・・

・・・

工夫をして、思考に走り、効率ばかり求め、考える。損得勘定に走る。
でもそれ以上に大事なことが抜け落ちていませんか???
今、私のブログを見た人は、きっとあなたが求めたもの、だったりしませんか。。。

私がこうして働く限り、

きっと必要とされる場が来る。

かたちばかりの裁きじゃなく、
愛のある見方。
これからも続けていきたい。


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思考で裁かず、軽やかに。。。







2017.04.09 成長
これは以前の動画。
スクワットがメインの動画ですが、バーベルを担ぐために、スナッチが入ります。

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スクワットがメインの動画です。
スクワットの動きは、調和していい感じだと思います。
多くが「力んで」挙げっちゃっています。私は「あがくことなく」挙がってしまいます。

水面が揺れない感じです。
多くが水面を揺らすぐらいでないといけない、とパワーを誤解しています。
でも、水面を揺らさずして高速動作は、可能ですし、負担も少ないし、これが王道だと思います。



でも今日の議題は、その前のスナッチ。
じゃあ、、、今度はこっちの動画をみましょう。

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自転車でこけてしまい、左の親指が痛くて、クリーンが今できません。
なんとかできたスナッチでしたが、ケガの功名じゃありませんが、
スナッチプル?いえ、シュラッグ?

これをやると、最初のスナッチのような「手上げ」じゃなくなるんです。

体の高いところから受け止める。感じる。
結果、体の高いところから、浮遊していく。

その精度が高まった感じです。



なんでもかんでも、義務を課される方法論で我慢する、のではなく、
根本を感じといっていけば、、、
楽しいでしょうし、暗記じゃなく自然と入っていくと思います。

リラックスが大事です。

体だけじゃなく、、、心の部分でも。。。



あるCMではありませんが、最近の時流かもしれませんが、、、
「競うことに興味がない」
私はこれについて、賛成ではあるけど、部分的には賛成していない点があります。

力んで我慢して抗ってまで頑張らない私のやりかた。
でもそこには、、、大事な根底。根本があります。

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競うこと自体は否定していません。
でも、、、競う競わない以上に大事なこと。
いいえ、、、正しく競うとは、、、、つまりは、、、

・・・

・・・

人をどうこうする、という感情的じゃなく、
自分が最大に発揮できるかどうか。
自分に集中できるかどうか




競わない競わない、、、
でも自分が自分のために向上してるかどうか。
自分に一生懸命かどうか。

それが、結果的にいい競いかたになるし、自分が向上するのです。



私の挙げ方は、そういう挙げ方だし、そういうやり方です。
重りをどうこうしたい、、、じゃなく、、、自分が最大限に出せるかどうか。
自分で、、、感じていくかどうか。。。

他人軸になって、それに打ち勝つための、思考や戦略じゃなく、
自分軸になって、自分でうちから感じていくことで、どう自分が活かされるか。

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重さを自分が感じることで、自分で感じることで、
どうすれば一番うまくいくか、を、感じ取れるのです。
「受け止めることで、引き出される」

だからそこには、、、戦いもないし、我慢もありません。
動きを覚えなければ、、、という余計な義務もありません。
忘れていいのです。覚えなくてもいいのです。

ただただ、、、自分が自分で自分のために、感じていくこと。
それが記憶であり、知恵でもある。
でもどうして、こんな簡単なことができないのか。。。



考えてしまうからです。



いばらを選ぶからです。



もっと、世間軸に基準を合わすのではなく、自分軸になって、
私のやり方がぶれないのは、ある意味、インストラクションでもあります。
競うことが目的じゃなく、目的を達成することが大事です。
競うのは、自分の内面のこと。自分が向上できたかどうか。

その内面を磨くのです。

自分の感じ方を、、、磨くのです。




私、じつは、中学高校と、数学の偏差値が高く、小学校のときの算数から好きでした。
意外でしょう???
計算しない人柄ややり方なのに、計算しないのに、、、数学???

じつは違うんです。

計算は、大っ嫌いなんす。暗記物も大っ嫌い。なのに偏差値が高く、好きでした。

トレーナーの数学教室。運動なのに数学。
ここでは先に、数学や算数の話をします。
その後、運動やトレーニングだけではなく、いろんなことに当てはめてみたい。


・・・・・

・・・・・


私が普通じゃないどこか感覚的で感性があって、やや芸術肌(笑)なのも、これと一致するのです。
私は、法則を暗記して、それを活かすタイプじゃなかったんです。
「・・・・・・・・・・」
いえ、だから、、、法則は、暗記するものじゃないの。

だってね、、、法則って、、、誰かが発明したもの、、、でしょう???
だったら、、、誰かが発見したのだったら、、、
ほかの人でも発見できたってことでしょう???

違います???

なかったものからつくりだしたんじゃなく、
初めからそれがあって、
あとから、、、誰かが発見した。。。それが法則。。。

だから俺は、、、学校の授業とかでも、、、
法則のもとになった考えや由来の話が好きだったの。。。

・・・・・

三角形の面積って、、、そう、、、そういう公式だよね。。。
でもそれ、、、暗記させられてません???
暗記を苦だとさえ感じずスルーして、指示待ち人間のようにしたがってません???

で、、、従えなかったら苦痛。質問しても教師が答えてくれなかったら苦痛。。。

で、その三角形の面積だけど。。。

平行四辺形の半分でしょう???知ってます???
平行四辺形が半分になるから、三角形なの。イメージしようね。。。
上下さかさまのふたつの三角形になるのね。。。平行四辺形って。。。。

で、その平行四辺形は、、、
両翼の片方を、もう片方にくっつけると、、、
ほら、、、長方形に!!

ついでだけど、、、一歩の線がいくつも連なったものが、長方形でしょう???
だから、、、
「たて×よこ」なんだね。。。

平行四辺形もそうでしょう。。。
底辺と高さってしてるのは、長方形のなごりじゃん。。。
長方形でいうたてとうよこを再現したの。。。

垂直でしょう。底辺にたいする高さが。たてに対するよこが。

三角形は、、、
その平行四辺形の半分でしょう???
さあ、、、公式はもう、、、出てきたでしょう???

・・・・・・・・・・・

このように紐解いていけば、、、
なんだか「楽しく」なってきませんか???
実感するっでしょう???

今を感じるっていう、そういう豊かさみたいでね。

でも、それにたいし、、、
「法則がこうだから、これを活かすために、繰り返し問題をやりなさい・・・・」
「暗記するためにも、癖づけしなさい・やりこみなさい」

そういうふうにされたら、、、算数が嫌いになるよ。
もし好きになったとしたら、「感受性」や「関心」からじゃなく「我慢が報われた高得点」かも。。。
さみしいね。。。

・・・・

・・・・

俺が、実感実感と言って、暗記じゃなく感じることだとトレーニング指導します。
実際は、指導じゃありません。
あなたに「発明させるきっかけ」を設けているのです。

動作法がいろいろある。それ自体を否定はしないし、理論自体を否定はしない。
でも、、、俺に言わせてもらえれば、、、



百個の法則の丸暗記よりも、
一個の根本を実感すること。




重さを感じます。
どう感じますか???どこで感じます???どうやったら心地よく動けますか???
形やフォームじゃありません。感じることを避けて我慢を課して力で戦うものでもありません。

公式の根本をさかのぼっていけば、、、

結局、、、

感受性や調和にたどりつくのではないのでしょうか???


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しなければいけない暗記じゃなく、
課されたノルマじゃなく、
人が活き活きと実感でき、暗記しなくても、ほら、、、こうなっていくじゃない???
という楽しさや心地よさ。

2600×340=  ゼロはいくつになるか???

2個と1個で3個でいいじゃない???じゃなく、
25の百倍と34の十倍が掛けられるのだから、
百倍が十倍されるから、千倍になるから、3個のゼロ。そういいたいのです。

繰り返します。

1個の根本から、すべてがはじまり、自然発生していくのです。



トレーニングに慣れてきた方にはなじみあるかもしれませんが、

たとえば100kgの重量を1回あげれるとしたら、80gkなら8回挙げられる、とか。
85kgで6回挙げれるなら、100kgで1回挙げれるかも?とか。
ようは、最大筋力に対する何パーセントか、というふうに、
その%で言われるのは「筋力」や「出力」を指す。

でもね。。。脱力にもね。。。そういうパーセントってあるんじゃないの???という話。


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やわらかいでしょう???

前回は硬い動きとやわらかい動きで比較しました。
動きが硬い強化。それはどういう意味か。何を意味するのか。
動きがやわらかい運動。それはどういう意味で何を意味するのか。

動きが違う。「ああそうなんだ」で終わるのか。
動きが違う。「あ!そうか!だからあんなこともこんなことも。。。」と光が差すのか。
これも、、、脱力度じゃないかって。。。

小刻みにジャンプしても、
両肩が上下に揺さぶられてしまう人。まったく固まって揺さぶられない人。
これも脱力度。

・・・・

足掻いてつくろったものは、硬いと思います。
でも、自然を受け止めて自然になれば、やわらかくなっていくのだと思う。

「ああ動きなさい。こう動かねば」

でもこれらはまやかしであって、
「ゼロか100か」となって重りから逃げるか戦うか、ではなく、
リラックスして、受け止めてみれば、かなうものだと思うし、受け止め方ひとつだと思う。

その脱力度ですが、仮に私が脱力度80とします。
初めてトレーニングを受ける方がいきなり80になるのは無理ですし、
80ではない自分は力んでいるんだ、と考えるのも早合点。

最初は脱力度が20でもいい。でもその20を最大限に。
その継続で、だんだん40になり50になっていくのです。
その脱力や動きに欠かせないのが、感じること。足掻かないこと。

わかりやすく「重り」というツールがあなたをリードしてくれます。

どう動かすか、と思考するのをやめ、どう感じるか、をつかむのです。
どう動かすか、という情報は後を絶ちません。そのためのトレーニングも後を絶ちません。
これらは結局、「ぜロか100か」の思考だと思います。

受け止めれば、、、自然と叶っていく。



どう受け止めるか、
どう感じるのか、
それだけなんです。

でもそれだけだと言ったことが、言葉では表現できないから、運動なんだ、と思う。



自分がおいかけてるものを、前回紹介しました。
次回記載するとしたら、「芯があって軸が通る」みたいなことを書く予定でした。
でもおいかけてみて、いろんなことがわかりました。

おいかけた動き。
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従来の動き。
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ひとことで、、、

上の動画は、動きが硬い。

それが結論です。



そういうことがわかったのです。



芯も軸も捨てて、感じるままに。



これが現時点での結論です。



中心もリラックスしたいものです。



2017.03.20 感じ方の開拓
これは、今では却下した内容です。
でもいろんなことがわかりました。
こういうのも、大きな収穫。
... 続きを読む
2017.03.18 温まる選択
私の考え出した動作は、やはり他にはないものかもしれません。
常識で「考えられる」ことを選択せず、本心で感じられる選択をしているから。
でも、「感じ方もどき」には注意を払う必要があるように思います。

つい世間に歩調を合わせ、それと照らし合わせるという答え合わせにあるのではなく、
先入観を捨てて、今を感じ、自分で感じることが重要です。
私の動画は、自分でいうのも何ですが、ストレスがないやわらかい動きだと思います。

論理で動きを作ることは、たしかにできます。
しかし、
感じ方で感ずることのほうが、正解に近いのではないか、

ウエイトトレーニング、ようは、おもり。これは、動きの先生です。そう思います。
我々に「感じる選択」をさせてくれるのです。
元は、どこで感じるのか、どう認め、尊重しあえばいいのか。
犠牲や我慢、あるいは支配、ではないと思います。

自然体。
それを教えてくれる「自然物」(おもり)
結局、それだけのような気が今ではしています。

感じるためにも、リラックス。
感じられれば、さらにリラックス。
意志もはぐくまれ、そうしたい、これが理想だ、となってくる。

それだけのような気がします。



マイノリティかもしれませんが、
だからこそ価値があるかもしれないし、
本当の意味で、運動を愛する人間として、つとめていきたいです。
いいえ、、、つとめます。